第78話 ローナの企み! 脳ある鷹は角隠す?


「は~~気持ち良かった♪ 明日もお願いね♪」


 十五分程で肩揉みは終了。両手を持ち上げ気持ち良さそうにノビをする。


「お、おう! ウチで良ければ」


 疲れたのか両腕を振りながら少し恥ずかしそうに答えた。


「こればかりは人力でないとね〜♪ 上達したら全身お願いしようかね♪」

「う、うぇ⁈ そ、それは……」


 と言われて驚く。ただ以前までとは違って嫌がっているようには見えない。


「…………」


 無言の笑みを向けるローナ。

 ローナの笑みには今まで何かしらの「圧」を帯びているような気がしていたが、今のこの笑みにはそれが感じられない。


「よ、喜んで‼︎」


 直感に従い「素直に」返事をする。


「宜しい。あの子が戻って来るまでの間だから安心なさい♪」

「そ、そうけ? それなら」

「でも貴方マッサージの才能あるわよ♪」

「ほ、ホンマ……に?」

「私が嘘をつくとでも?」

「いいいい、いやそないなこと一切思ってない!」

「あのね、貴方に足りないのは自信♩ 希有な才能を持っているんだから自分に自信を持ちなさい♪」


 諭すように優しく言う。


「お、おう!」


 すると褒められたのが嬉しかったらしく少し照れながら返事をした。


「……マリや、良かった、な」


 聞いていないようでちゃっかり聞いていたミア。

 ローナの思惑に気付いているので援護を出した。


「まだ時間もあるし、これから私と軽い運動をしに行くわよ♪」

「う、運動?」

「そう。外でストレス発散♩」


 単に運動するだけなら艦に乗る必要はないが今回は外に出ると。

 探索者が外と言ったらそれは真空空間を指す。

 探索者が真空空間に出るなら当然艦に乗る。

 しかも今回は一人ではなくローナ自ら引率すると。

 で運動の目的はストレス発散。でそのストレスの元となっているのは現状。


「…………」

「嫌?」

「そ、そないなことない。因みに何処行くの?」

「……知りたい?」

「う、うん」

「……修羅の道、だな」


「へ? 修羅⁈」


 嫌な予感が確信に変わる。


「流石ミアね♪」

「…………」

「ヒーローになりたいんでしょ?」

「うううう……」

「今のままでは私と同じ操艦レベルでヒーローどころか足手まとい♩」

「…………」


 上げ下げの激しいやり取りに心が折れかけるが「ヒーロー」との単語を聞いて何とか踏みとどまる。


「ミア、私とマリの武装は済んでる?」

「…………今、終わった、ぞ」

「相変わらず手際がいいわ~♪ それじゃちょっと出掛けてくるから皆が戻り次第、武装を積んでおいて♪」


「……ルイスとルークも、か?」


 楽をさせてしまわないかい?


「内緒でね♪ 本人達にはまだ教えなくていい♩ 特にルークはね」

「……りょうか~い。もう一つ。リンはどこぞ、や?」

「え? いない? ……また遊びに出たのね~♩ 仕方ない、リンも後でね♪」

「……はい、な。ではマリ、ぐっどら~く~。生きて帰るんだ、ぞ~」


 笑顔で手を振るミア。


「み、ミアは行かんの?」

「……百m走で僕に勝ててから誘って、ね」


 項垂れるマリ。体力差を知っているからか「ぐうの音」も出ないようだ。


「ほれ、行くわよ♩」

「……はい」


 ヒーローになるにはローナの指示に従うしかない。

 早々に諦め搭乗準備に取り掛かった。




 母星がある銀河系から三百万光年離れた宇宙空間。そこにノア&ミアにより魔改造、隠蔽迷彩を施された探索艦が二つ、漆黒の球体型で漂っていた。

 その二艦の先には三千艦程が収まる規模の調査艦の基地が見える……筈なのだが。


 その基地がある筈の区域の周りには無数の調査艦が艦先を基地とは逆方面、つまり外向きで覆い尽くし、一つの球体を形成していた。

 見るからに何かの襲撃を恐れているかの雰囲気。


『す、凄い!』

「あらあらヤル気満々だわ~♩ それじゃ私は此処で見ているから潰してきて♪」

『え、ええの? ホンマに?』

「大丈夫~♪  先に手を出してきたのは調査部やつらだからこれは立派な自衛行為~♪ 証人もしっかりいるから心配しなさんな~♪」


『わ、分かった』


 取り敢えず頷く。


「そうその調子♪ それと今回は制限時間は三十分♪」

『え、えーー無理やわ!』

「シェリーなら三分♪」

『うう……』

「マリなら~出来る~♪」

『う、うああああ!』

「基地も残さず潰すのよ~行ってらっしゃ~い♪」


 泣きながらマリが突撃していく。

 この作戦作業は先日、Cエリアが調査艦の大群に襲われた直後からルイス&ルークの兄弟により開始され、現在に至るまでほぼ二十四時間体制で行われている、探索部にとっての自衛行為。


 ローナは昔、際に当面の障害は整合部になると考えた。

 圧倒的な物量を誇る調査艦。こちらは対応策を講じた上で兆候を見逃さなければ対処は可能。だが惑星を瞬時に溶かす程の威力の武装を持った整合部の艦は無視は出来ない。

 但し整合部は部の方針により、を超えない限りは手出しは出来ない。

 とはいえその段階を判断を下すのは「人」である以上、予想を覆す行動を取るかもしれない。

 ならばその段階をコントロール出来ないかと考えた。


 そこで思いついたのは「探索者特権」を使った作戦。


 先ずはレベル5対策。我々の相手ラスボスはレベル5。そこまでは知っている。

 レベル5といえばこの世のほぼ全てのAIに干渉が可能、勿論大抵の艦の乗っ取りハッキングも可能だ。

 整合部の艦は除くとして、探索艦を含めたほぼ全ての艦はいつ制御権を奪われてもおかしくはない。

 先ずはこの問題を片付けないと、最後の最後のあと一歩という場面で大どんでん返しを食らいかねない。


 ならばいっそのこと「乗っ取りをさせてしまえ」と。


 機密の塊である探索艦AI。どのパターンでどの様に乗っ取りハッキングが行われるのか、対策は取れる。

 その対策として世間から能力をひた隠し続けてきた「秘密兵器」であるミア&ノアを呼び寄せ、Bエリアの全艦AIに真の目的がに細工を施した上で「その時」が来るのをひたすら待つことにした。


 次に自分達探索部に直接の「物理的脅威」となるの存在への対策。

「椿達」の思惑を考慮すると探索艦に物理的に手を出すにはリスクが高い。なにせ探索艦を害せる物は探索艦のみ。一歩間違えれば搭乗者が傷つく。

 だから余程追い込まれない限り「椿」は探索艦を使った攻撃は仕掛けてこないだろうと警戒度を低く設定。


 そして探索艦とは違った意味で危険な存在である整合部の艦だが、部の立場上「椿の思惑」には乗れないし「縛り」があるので身動きが取り辛い。

 逆に整合部のような「縛り」は一切ない調査部は、かなりの高確率で「思惑」に駆り出され敵となるだろう。


 但し調査艦の出番は「ストーリー」の大詰めで序盤や中盤ではない。

 まだ事態が進展し始めたばかりで何も起きていない状態では(こちらからは)手を出せない。だが敵となるのが分かっていながら手を打たないのは愚の骨頂。


 この問題は良い解決法が思い浮かばなかったので、妙案が思いつくまでは保留とした。



 そしてつい最近、Bエリアで半数以上の艦に対し、待ちに待った乗っ取りハッキングが行われた。

 そのお陰でプログラム解析、さらにワクチンの開発に成功。レベル5対策が一気に進んだ。


 これで「最悪の状況」は回避できると関係者が勢いづく。

 だが同時にローナや情報部にとって新たなる問題が発覚する。


 そう、AIのが判明したのだ。

 この予想していなかった「存在」はプログラムパターン解析に成功した喜びをいとも簡単に打ち消してしまう程の衝撃ではあったが、同時に「ある条件下」でないと機能しないことも判明した。


<これは対処は不可能>


 なので残念ながら一時保留と蓋をした。



 もう一つの「物理的な脅威」である調査艦。一番の問題をその数。

 その数を減らすため、自分達が行方不明になったのを機に椿を焦らす作戦に打って出た。


 まず救出したリンにを与えた上で自由気まま・不定期に「放牧」し、椿と無期限の「追いかけっこ」をする様にお願いする。

 リンには「これは広大な宇宙空間を使った鬼ごっこ。相手の艦にバレずに触れることが出来たらリンの勝ち」と彼女の心を擽る文句で説得しゲーム嫌がらせを開始した。

 その際の注意事項として「リンの勝ちが確定するまでランとの『繋がりリンク』は使用中止。もし使ったらリンの負け』と念を押しておく。


 相手である「椿」にしてみれば、迷彩を掛けながら無言で迫りくる相手の正体と目的が分からず、しかも何故自分の居場所がバレているのかと、かなり神経をすり減らしただろう。


 そしてエスパー顔負けのリンの「天性」の活躍により、ゲーム開始から数日で思惑通り椿は行動を早めてエマ獲得に動きだした。予想だが己の研究所にでも連れ帰り、姉妹纏めて「覚醒」させ、予定ストーリーを早めるつもりだったのだろう。


 そこで役立ったのは、事前にミアノアが艦AIの改造が可能だぞという実績(表向きは人格付与の件)。

 ローナの思惑通り、特にミアを警戒していた為に単機乗り込みはせずに使い捨ての調査艦大群を引き連れてきてくれたのだ。

 そしてその交戦の様子を、いち早く察知した中立の立場のへと仕立て上げた。



 ここであの「探索者特権」がやっと効力を発揮する。

 つまり調査部は、


『探索部及び探索者に害をなす者、又はなす恐れがある者』


 に見事当てはまり、無事思惑通り対象となったのだ。


 この調査艦との交戦は多少イレギュラーではあったが「ストーリー」に沿った行動でもある。そのため整合部は事の成り行きを静観する筈。

 まして探索艦の性能を目の当たりにしたからには初動を遅らせる、又はこちら側につく、最悪でも手を出すのにかなり躊躇する状況に持ち込めた。


 この時点でローナは方針を変更。今までの「待ち」の姿勢から最後のダメ押しを兼ねた積極的攻勢へと転じる。


 統率が取れた状態で攻められれば脅威。だが相手が纏まらずに防御に回った場合、調査艦は脅威になりえない。

「探索部の敵」となった調査部に対し、少数の探索艦での調査艦の各個撃破を決めた。


 勿論、襲撃前に情報部ネットワークを使いCエリアでの出来事を脚色した上で、それとなーく全ての調査部基地に「基本的には艦の殲滅で済ますつもりだが、抵抗する場合には例え人が居ても基地も殲滅対象となるぞ~」と映像付きで報復通告はしたし、同じものを整合部にも届けておいた。


 その襲撃には「軟禁」していたルイス&ルークを使っている。彼らの「矯正」も兼ねたこの作戦。作戦行為の意味合いから一切の隠蔽工作はせず、白色卵型にて昼夜を問わず「強制的に」ひっきりなしに襲わせている。


 ここまで念を押しておけば大丈夫だろう。

 もともと整合部は「椿の思惑」に直接は関わっていない。口を出す理由もなくなったことで両者はwin-winの関係になり整合部の排除に成功した。


 ルイス達(艦AI)から得た情報によれば大半の基地は無抵抗で、自分達の艦がなされるがまま状態で嵐が過ぎるのをジッと見守っているそうだ。だがここのように抵抗してくる基地もちょくちょくあるとのこと。

 この一貫性に欠ける対応は調査部内部の現状を良く表している、のかもしれない。


 そしてマリが向かっている基地の者達は愚かにも抵抗を選択してしまった。

 ローナとしては、事前に降伏の意思さえ示していれば、宣言通り艦の殲滅だけで済ますつもりだが、少しでも抵抗の意思を見せた場合には今回の様に容赦するつもりは毛頭無く、完膚なきまで徹底的に叩くことにしている。


 敵となり得る者は潰せる時に潰しておきたい。

 その方針はマリを含めこの作戦に参加している全員にも伝えてあるし、妥協する・させるつもりは毛頭無い。

 その決意は仲間を守り、最終的には大切な者を守ることに繋がるから。



 四十八分後。

 基地があった区域には無数の残骸が散らばっていた。

 これはマリ一人の成果でローナは一切手を貸していない。


 先程まで降伏するやら命乞いやらの通信が入っていたが全て無視。今では何処からも発せられてはいない。

 出ているのは「避難艇」が発する救難信号のみ。


 マリが戻ってきたので手を繋ぐ。すると球体モニターに泣いているマリの顔が映し出された。


「初仕事、お疲れ様♪ さあ次に行くわよ♪」

『う、ウチ……とうとう』

「とうとう?」

『うう……』


 泣いている理由は想像がつくし、言いたいことも分かる。

 一番の問題はその優しさが心の成長を阻害していると本人が気付けていない。

 時には己を捨てて非情にならないと。

 人は優しさだけでは生きてゆけない。それに気付かないといつかは行き詰まる。


「大丈夫♪ 誰一人として死んでないから♪」

『ほ、ホンマか⁈』


 縋るような眼差し。


「奴らは逃げ足だけは超一流だからね♩」

『良かったわーー』

「避難艇が設置してある場所は決まっているから、次はそこを避けて攻撃するよう心掛けて♪」

『わ、分かった!』


 我ながら甘いと思う。

 甘さついでに方針変更。


「良い返事♪ 次は私も参加しようかな~♪」

『あ、あねさんが?』

「見ているだけじゃ退屈でしょ?」

『そ、そうけ?』

「そうだ! 次は私と競走ね♪」

『お、おう! う、受けて立つ……』

「なんで語尾が弱気になるの?」

『そ、そやかて姉さんとウチでは勝負には……』


 もう一押し必要かね?


「まあいい。それと今日は新武装の使用は禁止ね♪」

『な、なして?』

「諸事情♪」


 マリのため、とは言わない。


『わ、分かった。それと姉さん』

「な~に~?」

『あいつらはどないする?』


 避難艇をチラ見するマリ。


「あんな奴ら乗せたくはないわー♩ 放っておくに決まってるじゃん♩」

『ええの?』

「ええのって……もしや殲滅がご希望? なら私がトドメを」

『ヤーーちゃう! そやない!』

「フフ分かってる、三日は持つでしょ♪ その間に調査部本部から救助が来るって♪」

『そうか! それならええ!』

「さあ次に行くわよ♪」


 時計を見ると予定していた時刻を若干オーバーしていた。

 自分の未熟さを痛感しつつその場から離脱した。




 ローナ達と別れてからもローナ専用の部屋にて研究していたミア。

 そろそろお腹が空いたな〜と思い始めたその時、二人は帰ってきた。


「ただいま~♪」

「……お? おかえり、だな。で成果はどうだった、かな?」

「成果? かなり良かったわよ♪」

「……それは良ございました、ね」


 マリの表情を見れば一目瞭然。


「ミア聞いてーな! ウチ、あの姉さんに撃墜数で勝ったんよ!」

「……ほう、それはそれは大したもん、やな」

「そやろ? ウチもやれば出来る子やったん!」

「……脳ある鷹は隠す、や?」

「それちゃうって! 角やのうて爪やろ!」

「……それはしっつれ~い! 一本取られた、わ!」


 違うような……は口にしない。


 今のマリは出掛ける前と同一人物とは思えないほど生き生きとした良い表情をしている。

 一体どんな魔法を使ったのだろう……は口にしない。


 ローナにチラリと目を向けるとこちらに向け微笑を浮かべ、そのまま何も言わずに隣の部屋に向かって行く。


「……あ、ローちゃん!」

「な~に~?」

「……リンが戻ってきてる、ぞ~」

「あら予想より早いこと♪」

「……もう寝てる、けど」

「そうなの? 私も疲れたわ♩」


 ワザとらしく疲れた仕草をして見せる。


「姉さん!」

「今度は貴方? 何かしら?」

「肩、揉もうか?」

「ホント~? 折角だから肩だけでなく腰もお願いしようかな~♪」

「任せとき! まとめて面倒みちゃる!」

「フフ、ならお礼に取っておきのボトルを二人に振舞おうかね♪」

「ひゃっほーー!」

「あ、それとミア。シェリーが戻り次第、例の作戦を私とマリと貴方とシェリーで始めるからそのつもりでいてね♪」

「……ひゃっほーー、と。待ってました~」



 この時のローナは体力的に疲れていた。

 マリが予想外の成長を遂げ、それに付いてゆくのに精一杯で余裕がなくなってしまったのだ。

 ただマリの成長も見れたし、ミアの気遣いフォローも嬉しかった。なので精神的には疲れてはいない。


 残るはもう一人。


 《シェリーも帰還が遅れた分、今日のマリこの子と同じく一回り成長していたら良いのだけれど……ね♪》


 心の中でそう呟きながらマリを引き連れてベットへと向かった。

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