第72話 かんぱ〜い!

「の、ノア?」

「……は~い、ノアちゃん、!」


 そ、そんなに語尾強調しなくても……


「いつ来たの?」

「……ちょっと前、!」


 まだやってる……


「全く気付かんかったわ~」

「来たなら来たで教えてくれればいいのに」


 ノアを周りに集まり次々と声を掛けてゆく。


 そんな皆をチラッとだけ見してから「……そんなに注目されると照れる、ぜ」と呟くと、どこかの幼稚園児みたいに顔を赤らめソッポを向く。


 うーーノアちゃん相変わらず可愛いーー♡


「でも急にどうしたの? 伝令来なかったから心配で来ちゃたの?」


 今残っているは艦の無いワイズ一人と小型の連絡艦のみ。仮に今基地が襲われたら自衛は可能だろうが、紙切れ同然の防御力と平均的な推進力しか持たない連絡艦程度では外に出した途端に破壊されてしまうだろう。なのであちらで何か起きた場合、こちらへの伝達手段は無いに等しい。

 ノアはそれを承知の上でここへとやって来た。


「……おう! 溜まってた仕事がやっと終わったんで、な」

「ん? 仕事とは?」

「……実はな、ミアが帰って来たんだ、ぞっと」


「「「ミアが⁈」」」


 その場にいたBエリア探索者がハモる。


基地ホームに? 一人で?」

「……おう」

「そ、それで?」

「……原稿仕上げてまた旅に出た、よ〜」

「……はい?」


 何故に?


「……旅、だよ? 旅!」

「それだけ? 他は?」

「……え~と、久しぶりに一緒に温泉浸かった、かな〜?」

「うん、それで?」

「…………?」

「…………」


「……フッ」


「他は?」


 フッで胡麻化そうとしない。


「……ほ、他? です、か~? ……あ、忘れてた、ぞ。ちゃんと仕事はしていったから、ね。安心してくれ、たまゑちゃん」

「仕事? ……ということは」

「……基地は既になんこうふらく~、かもかも?」

「……難攻不落」


 確かノアが作った防衛システムをミアが帰ってきたらどうのこうのと聞いた記憶が……


「……そう「これどうやっても落とせなくね~? いやいや近づくことすら無理っぽくね~?」ってな感じ~、かな?」

「だからここに来たのね?」

「……いえ~い。ワイズにも説明してあるし、ね。それとお待ちかねの特製武装を五艦分持ってきた、ぜ」


「特製⁉︎」


 ワクワク顔のシャーリーが身を乗り出して聞いてくる。


「……おう! 今、正にの艦に積み込みをしてる、ぞ」


 その時、シェリーが素っ気ない態度で聞いてきた。


「わ、我の……分は?」


「……家出娘の分はまた来週~、ね」


 返答を聞き肩を落とす。


 ノアは「Cエリアが襲われた」との連絡をラーナ達と一緒に受けたが、その後は伝令が来なかったのでシェリーの滞在は知らないなっている。

 なので用意しておいた中から確定している人数分のみ持ってきたので、シェリーの分は


「それと菜奈っ子、や。お主から天探女あーちゃん渡してくれんか、の~」

「ん? ……分かった……渡せばいいのね」

「……頼む、ぜよ。菜緒ラーでも良いのだが一応、な。ではアシ2号早速頼んだ、ぞ」

「了解デス」


「何を?」


 何かを渡す様子は見られなかったのでノアに聞いてみた。


「ここの基地用防衛機構プログラムだ、ぜ」

「へ?」

「……ミアに託された、ぞ。それを基地AIにカンスト……じゃなかった、インストすれば要塞化&探索艦の武装をコソコソっと勝手にやってくれるんだな、っと」

「へーー凄い!」


「……ふっ照れる、ぜ」


 またまたそっぽを向いて照れる先生。


「いや、ノアが照れんでも」

「……姉妹合作だから、ね」


 言われてみればそうか。


「それならDエリア基地もなの?」


 今度はソニアが身を乗り出して聞いてくる。


「……抜かりない、っす! ここに来る前に寄って渡してきたからもーまんたい、よ」

「流石~ノアちゃん!」

「……あとは各エリアの主任任せになるけど~ま~なんくるない、さ~。で、どうした、の?」

「ん? 何が?」


 何故か私をジっと見つめる先生。


「……その髪。イメチェン、かい?」


 そっちか。


「うーん」

「……ま、まさか……勝手に遺跡探検なんぞしてないよ、ね? ね?」


 答えずにいたら片眉上げて睨んできた。


「してないしてない! ま~説明すっと長くなるから後でね」


 手振り身振りで否定しておく。

 ノアとは遺跡に行く時は必ず隊員として同行する約束。

 約束破ったら一生口聞いてくれないみたいだから破る気はない。


「……分かった。後で、な」


 ヤケに素直だな、っと。


「終わったか?」


 マキの声。

 見ればみな行儀良く座りジョッキやらグラス片手にソワソワしながらこちらを見ていた。



 ──いつの間に……



「はいはい。では先ずはかんぱいすっかね!」


 奈菜とクレアが手招きをしていたので二人の間に移動。テーブルに用意してあったジョッキ片手に皆を見回す。


「お待たせ! それではかんぱーい!」


 只の夕食が宴会へと変わっちゃってるし……ま、いいか!

 あっ……とシェリーは……マキの隣で談話中。もう少しだけ宜しくね、マキ。



「は~やっと終わった~」


 皆がデキ上がり始めたころにCエリアの探索者と職員がガヤガヤと入って来た。


「みんな……こっちだよ!」


 菜奈が声を掛ける。すると声を聞きつけゾロゾロと入ってくる。

 数を数えたら菜緒と主任以外の全員。多分奈菜が召集を掛けたのだろう。


「お疲れ様~」「お疲れ~」


 みな笑顔で挨拶を交わしながら空いている席や、座っている者の隙間にと気兼ねなく座っていく。

 この雰囲気は探索部特有のもので、こういう場に誘われた場合、誘う側も誘われた側も同じエリアの探索者として、仲間として気兼ねなく接するよう心がけていた。


 昔々の大昔の船乗り達は、例え敵であっても海で溺れていたり漂流している者を見かけたら全力で助けたという。決して見捨てることは無かったという。

 そこで助けなければ広い海の中では生き残れる確率はほぼ0なのを知っている。

 そして自分達もいつどこで難破や遭難するかなんて誰にも分からない。

 目の前で漂っている奴は明日の我が身かもしれない。

 孤独の中で野垂れ死ぬのは何ごとにも耐え難い。


 それは今の自分達の事にも当てはまる。

 探索任務中は基本スタンドアローン状態。

 完全無欠の探索艦に守られているとはいえ、探索に出たら周囲何万・何十万光年以内には誰もいない真っ暗な空間に唯一人。

 そこで「もし繋がりリンクが切れてしまったら」「もし艦が故障して動かなくなったら」「もし帰れなくなってしまったら」と皆、口には出さないが頭の片隅に常に抱いている。

 もしその状態になったら自分に出来る事は何もなく、その場で死を待つことに。


 だが仲間がいる、いざという時は絶対に救助に来てくれる。逆もまた然り。

 皆が皆、仲間を家族同然に信頼しているからこそこの仕事を続けてこれた。


 そして信頼は一朝一夕では成し得ない。

 遠慮ばかりしていたら本音は見えてこない。

 だからこういう場では遠慮はしない。

 勿論、仲が良いとか馬が合うといった相性もあるが、反りが合わないからと相手を拒否するような真似はしない。

 親しくなり仲が深まれば情が湧く。湧けば湧くほど結束は強くなる。


 まあBエリアは少々特殊で纏まりは無いが基本は他エリア同様、飲み会等は全員参加にして親睦を深める努力はしている。


「みんな~来たところで……もう一回~」


 菜奈が私の肩を使っていきなり立ち上がる。

 そしてフラつきながら真っ赤でジョッキを掲げて音頭をとりだす。


 おいおい、目が据わった菜奈さんや。かなりフラついてないかい? 手滑らせて私にビールぶっかけないでね。


「おお⁉︎ 菜奈が音頭を?」


 Cエリアの探索者が嬉々としてヤジを飛ばす。


 うん、何となく分かるよその気持ち。

 私も初めて会った頃の菜奈からは想像もつかないはっちゃけた姿。

 今のヤジから察するに皆、菜奈を気に掛けて見守っていてくれてたんだろうな~と。

 私の事ではないんだけど凄く嬉しいよね!


「皆さんもご一緒に」


 と新しいジョッキが回されてきた。


「お疲れ~」


「「「お疲れ様~~」」」



「で何の仕事をしてたの?」


 一番近くに座っているCエリア探索者に聞いてみた。


「え、あーー基地の外装交換がやっと終わったんだよね~」


 そういえばまだ飛来物が飛んできている筈だが、衝突音は聞こえなくなってるね。


「皆さんのおかげで全艦動けるようになったんで、速攻外装交換しろってウチの主任が珍しく張り切っちゃって。それで交換が終わるまで外で弾除けする為、全員で駆けずり回ってたんすよ~」

「そうだったんだ」

「しっかし〜あれ凄いよね~!」

「うん、半端ないっす!」

「何が?」

「いや交換後の外装。あれって艦と同じ素材じゃない?」

「え? マジ?」

「ホントだって! 見た目、これもう基地じゃなくて巨大な探索艦! てな感じだよね!」

「黒玉が銀玉になっちった!」


 ほほーーそりゃ凄いわ!



「皆の者~待たせたのじゃ~」



 突然聞いた事のある声が店内に響き渡ると喧騒が一瞬で静まり、声がした入口の方へと全員の視線が一斉に向けられた。


「おお~~~~この視線、たまらんの!」


 そこには浮かれた変態が一人。悶絶寸前状態でクネクネしていた。

 するとそこら中から「誰も待ってないぞー!」とか「給料分の仕事しろ〜」などのヤジが次々に上がる。


「止めんか」


 隣にいたサラが天探女あめのさぐめ主任のお尻を手で叩く。


「んん~~~~も、もっと~~~~~」


 お尻をサラに突き出し、更に激しく悶え始めた。

 そのやり取りを見て何故かヤジがピタリと止まる。


「主任! 邪魔だからサッサと入って下さい!」


 二人の後ろから恥ずかしそうな声が。そこには菜緒がおり、天探女を後ろから小突いているのが見てとれた。だが天探女はサラや菜緒の注意をモノともせずに腰をくねらし続ける。


「みんな~邪魔よ~」


 さらに奥からラーナの声が。一番遠い位置にいる筈なのに三人よりもハッキリと聞き取れた。



 ──ん? ちょっと苛ついてるにゃ。早よ入らんとドつかれるで~



 と眺めていたらラーナの「気配」を背に浴びた主任二人は真顔で入って来る。その後を呆れ顔の菜緒、そしてニコニコ笑顔のラーナが入って来た。


「「「ラーナさん、お疲れ様です」」」


 ラーナが姿を現した途端、あちらこちらから声が上がる。

 それに対して爽やか笑顔で手を振るラーナ。


「姉さん此処では何故か人気者?」

「意外ですぅ~」


 うん、私もそう思う。


「皆さんご存じないんですか?」


「知らん」「はい?」「知らないなの」


 Bエリア探索者の視線が交差する。


「ラーナさんとローナさんは……」「えーー皆の者、聞くのじゃ~」


 そこで天探女主任に遮られてしまう。主任はどうやら皆に話があるようで右も左も傾聴体制に入ってしまう。


 サラ・天探女・菜緒の三名は全員が見渡せる位置に移動しており横並びで話を始めた。


「皆のお蔭で基地の外装に関しては無事改造が終わったのじゃ。それとそこでコソコソしておる小娘共のお蔭で現在探索艦と基地の武装製造と装備が勝手に行われておるところじゃ。これらが完成した暁には……」


 中央にて堂々とした態度で演説を続ける天探女。全員真剣に聞き入っている。

 因みにラーナは三名にはついてゆかず私の対面に来ると割り込んで座った。

 始めは私の隣を狙ったようだが、両隣には真っ赤になり私の太ももの上で気持ちよさそうに寝ているクレアと、こちらも真っ赤になりながらも楽しそうに? 飲み食いしている菜奈がおり、その二人を押し除けてまで割り込む気は無かったらしく対面の席に決めたようだ。


「……なので菜緒と菜奈は暫く出張してもらうのじゃ!」


「「「了解!」」」


 Cエリアの面々から息の合った返事。


 えーーと何が了解? 聞いてなかったよ……


「というわけで皆の者、今日はサラのおごりじゃて、好きなだけ飲み食いするがよいぞよ!」


「……へ?」


 間抜けな声を出すサラ。呆気に取られている。


「「「あざ~す!!」」」


 先程以上に揃った声。


「き、貴様‼︎」


 鬼の形相。


「何を怒っておる~?」

「私は今、エリアマスターの肩書はエマに預けているから給料が少ない……」

貰っておるだろう?」

「ちっ……知っていたか。なら半分はお前が持て!」

「何故わらわが……」

「フッ……いいんだな? なら……」

「わ、分かったのじゃ! 上司といい部下といい、Bエリアの者は鬼畜ばかりじゃて」


 どうやら二人で奢ってくれるらしい。

 ここぞとばかりに高そうな銘柄の酒の名が飛び交う。

 因みにこのような場合も探索者は遠慮はしない。

 理由は先程と同じなのと、折角の行為を無にしないため。


「はいはい、お二方とも仲の良いことで。ではお二人には「主任様専用席」を設けてあるのでそちらで語り合って下さいね」


 微妙に離れた、向かい合わせで座る席を指差す。二人がその席に目を向けたところでさり気なくその場から離脱。和気藹々と盛り上がる輪に入ってしまう。


 天探女は部下の気遣いに満足げな笑顔で。サラは余計な事をと眉間にシワを寄せお互いを見やるが、早々に天探女に腕をホールドされそのまま大人しく主任専用席へと向かっていった。


「ラーたん、菜緒達何がどうなったの?」


 グラスにビールを注いであげなから、先程の演説の補足をお願いする。


「ん〜? 主任のお話〜?」


 頷く。


「ん〜準備が整った、ってところかな〜」

「何の?」

「色々〜。シェリーちゃんとミアちゃんが戻ったことでだいぶ動き易くなったし〜天探女主任はサラちゃんと会えて〜ヤル気が出たみたいだから〜菜緒ちゃんの役割が減って〜自由に動けるようになれたってところかな〜」

「おお〜、それは喜ばしいことで」

「シェリーちゃんと〜お話ししたんだけど〜嬉しい情報いっぱい聞けたからね〜」

「へーー例えば?」

「……えへ♡」

「えへ♡ じゃない! どんな話?」

「お〜? エマちゃん目が怖い〜。それは野獣の目〜。お姉ちゃん襲われちゃうかも〜」

「誤魔化すのは止め! ちゃんと教えて!」

「あらあら〜ん〜どうしようかな〜」

「…………」


「ん〜それじゃあ〜こうしましょう〜。今晩みんなが寝た後に〜エマちゃん一人で〜私に〜夜這いをかけてね〜♡ そしたらお姉ちゃんが色々と〜教えて……あ・げ・る♡」


「はい?」


「お姉ちゃんの初めてを〜……」


「分かった」


「やった〜〜〜〜……え?」


「必ず行く。その時にラーたんの正体教えてね」


「あ、あらあら〜失敗したかしら〜」


 焦っている様子は見られない。むしろ嬉しそうに見える。


「それとシェリーだけど……」

「ん〜? シェリーちゃんがどうかしたの〜?」

「後でいじるから」

「……何で〜?」

「このままだとヤバいかも」

「どんな風に〜?」

「何か知らんけど気負い過ぎだわさ」

「そう〜?」

「うん。ラーたん何でか知ってる?」

「う〜ん、多分……シスコンだからかな〜。心配なんじゃな〜い?」

「シャーリーよね。それなら今後は付きっきりで守ってあげればいいじゃん」

「シェリーちゃんは〜姉さんの指示で動いているみたいなの〜。だから〜直ぐにでも戻らなくちゃならないみたい〜。だから〜また離れ離れとなり〜守ってあげられない〜。そばにいてあげれない〜。だから〜自分の替わりに〜エマちゃんに任せて〜安心して行きたいんじゃないのかな〜?」

「……はーーそういうことか。そんな事言われなくても誰一人として見捨てるようなことはしないって。大体私の性格は知ってるだろうに、面倒くさい性格だな」

「ううん、そうじゃなくて〜シェリーちゃん自身が無事でいられるか分からないから〜もしもの時、残ったシャーリーちゃんが一人で悲しんでいたら可哀想だから〜一番信頼しているエマちゃんに後を任せる〜て思ったんじゃないのかな〜?」

「何だそれ。それならそうと言えばいいのにってあの性格じゃ難しいか……」

「うふふ」

「うん、分かった。そういう事なら……」

「弄るの止める?」

「止めない。むしろやらなければ」

「そうなの?」

「妹が大事なのは良く分かる。ただ大事なだけだと心が持たない」

「ふむふむ」

「何切羽詰まってるのかは知らないけど、妹と体を鍛えること以外の楽しみが増えたら少しは気が楽になるんじゃない?」

「例えば〜?」

「……男とか?」

「いいかも〜!」


「「ふふふ」」


 二人して悪い子の顔になり横目でシェリーを眺めた。

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