第56話 脱走! またおいで〜なのじゃ!
「それじゃ……私の艦に案内する」
お戯れが一段落したところで菜奈艦が収まっているドックへと移動を開始する。
着いた先のドックも作りは全く一緒で白い無機質の壁、バカでかい白い球体と代り映えしない空間だった。なので正直移動したという実感が全く湧いてこなかった。
それは他のドックでも言えることで、この艦が
今回は「奈菜の先導で」ここに迷わず来れたが、仮に奈菜が私たちを騙すつもりで他のドックに案内したら(何も対策を取らなければ)私達をコロッと騙せてしまう。
ただシステム上は可能でも、今はそんなことをする意味はないし、基地内で電波が使えなくなる事態は考え難い。ましてや我々探索者。仲間を信頼している。なので疑いすらしていない。
転送装置からデッキへ。このデッキも0.5Gと全く同じ。
デッキの端からから無重力空間へ「飛んで」行こうとしたところ「おお、其方がエマか?」と何処からか声が掛かる。それもつい最近、聞いたことのある声。
飛ぶのを中断し、辺りを見渡すが……誰もいない
「キャーーーーーーー!」
突然、一番後ろを歩いていたソニアから叫び声が。
全員の視線が一斉にソニアに向けられる。するとソニアの真後ろに天探女が
彼女はソニアの両肩の上に自分の山脈を起用に乗せ、片手はソニアの小さな丘をぷにぷにと、もう片手で全身を忙しなく
突然の
「ふむ~其方はあと二・三年の辛抱じゃな~」
と言ってから手を放し一歩下がる。そして両手をソニアの肩に乗せ満足そうな顔で頷いて見せた。
「いつの間に……」
そこに菜奈が素早く飛び掛かり、先程と同様に後手で拘束される。
「い、痛いのじゃ~菜奈はいつもわらわの楽しみを奪うのじゃ~」
今回も呆気なく捕まった。
あまりもの呆気なさに呆然と眺めるだけだった。
この人、逃げようとはするけど捕まったら抵抗はしないのね。個々の動作もなんか遅いし。
「ええええっエマ姉様ーーーー! 私汚されたなのーーーー!」
解放された途端、ソニアが泣きながら私に抱きついてきた。そのお陰で思考が回転しだす。
泣いているソニアを慰めようと、手を回し優しく抱き締めながら頭を撫でてあげる。
よしよし可哀想に。でも天探女主任が何故ここにいるの?
「さっきサラ達に連れてかれなかったっけ?」
撫でながら菜奈に疑問をぶつけた。すると済まなそうに? 理由を教えてくれた。
「ごめん……私達のミス。多分転送時を狙って……逃げた」
「はい? どーゆーこと?」
「行先……自分だけ違う場所に」
「……はい?」
「システム上は出来ないけど、この人なら……息をするのと同じで……造作もない」
「な、なら一緒に移動は出来ないってこと?」
「今なら……多分大丈夫」
「なんで?」
「満足……してるから」
「満足?」
「そう……この子の全身……撫でたから」
菜奈はソニアを見る。
「へ? 撫でる?」
「詳しい説明はあと……時間がない。とにかく……連れて行こう」
と三人を順に見て移動を促す。
「分かった。シャーリー行くよ!」
「は、はい!」
よく分からないけど急ぐ必要がある、と。
抱きついて泣いているソニアを脇に移動させ、先を歩く菜奈に続く。
「あ、居たよーー!」
転送先にいた探索者の一人が私たちを見るなり叫ぶ。
傍には菜緒とサラ。他に数人の探索者や職員が一斉にこちらへと顔を向けた。
そう、奈菜の言う通り今回は天探女主任も逃げずにちゃんといた。
「菜緒……ついでに捕まえたよ」
「ごめんね菜奈、ありがとう」
礼を言いながら主任の前へ。
「主任! お客様の前では大人しくしていて下さい!」
菜奈に後手をされている天探女主任の前まで来ると、両手を腰に当て仁王立ちのポーズをとって叱りつけた。
「やはりそちらに行っていたか……」
菜緒の後方で腕組をしながら呆れ顔のサラ。
「
「…………」
何のことやら? と「馬の耳に念仏」といった風貌で明後日の方を向き、サラと目を合わせようとしない。
「
「しかたないの〜ここはサラの顔を立てるとするかの〜」
名を言い直すと、爽やか笑顔をサラに向ける。
ここにきてから何度かあったが、彼女は自分の名を愛称で呼ばれるのは嫌なのだろうか? 特にサラからは。それとも……
「サラ主任。また逃げられても面倒なので急いで貴賓室の方へ」
「そうするか……貴賓室以外に
「一室、あることはあるのですが……」
「ですが?」
何故か目を細め顔を背ける。
「
「それで?」
「ただ……最低利用時間が決められていまして」
「何だそれは?」
「今は……
菜緒は天探女主任を見る。菜奈以外、その場にいる者は全員つられて主任を見る。
「
天探女主任はトボケ顔で明々後日の方を見ている。
「閉鎖時間は?」
「最低六時間からです」
「
躊躇う素振りすら見せずに即答する。「六時間」あればAエリアどころか、もう一度全エリアの基地を余裕で一周できてしまう程の長さ。はっきり言って時間が勿体ない。
「承知しました。申し訳ありません」
「いや、菜緒が悪い訳ではない。ただ穏便に済ませるのにもう一人連れて行く」
「どなたを?」
「
突然視線をこちらに向けてきた。
「へ、私? 何で?」
「コイツが逃げ出すからだ。お前が居る間は大人しくしている」
「……分かった」
はいはい、なんかそんな予感がしてたんだ。命令ならば仕方がない。
「菜緒、菜奈、すまんが探索艦は一時保留だ。あと、他の者達は解散させて構わない」
「「はい」」
「サラ、シャーリー達はどうするの?」
私の背に隠れて様子を見ていた二人。
「一緒に来い。エマは直ぐに解放するから扉の外で待て」
「「了解」」
「それでは全員に通達。通常業務に復帰せよ。では皆様、此方へ」
指示を伝えた菜緒は今回は転送装置には向かわずに通路に続く扉を選びそこへと向かう。これは逃げられるよりかは多少時間が掛かっても「歩く」という確実な方法を選択したからだろう。
その菜緒の後を、嬉しそうな顔をした天探女主任とその主任を捕まえている無表情な菜奈が、そしてため息をつきながらサラが続く。
私は左右にシャーリーとソニアを従え最後尾をついて行く。
通路に出たその時、誰にも悟られずに口角を上げる天探女だった……
五分も掛からず貴賓室へと到着。
菜緒が飲み物の準備をしてくれている間、サラは天探女とテーブルを挟み向かい合わせで座ると自分の隣へ座る様、私に目で促してきた。
ここの貴賓室の広さはDエリアより若干広い。Dエリアの貴賓室は木製品や絨毯などを多く用いており何処か温かみのある家庭的な雰囲気があった。
だがここCエリアでは、黒いレザー製の豪華な一人掛けのソファーが四脚、高さが人の膝位までしかない黒木目調の木製テーブルが一卓、部屋の中心に配置してあるだけ。後は壁側に物品用転送装置を兼ね備えた棚があるだけで貴賓室とは思えないほど物が少ない。
さらに天井や壁・床は真っ白ときてい
白と黒の反対色では目が痛いし精神的にも落ち着けない。
──本当に貴賓室? 天探女主任の好みなのだろうか?
因みに
「元貴賓室」だった部屋はあるが……
飲み物の準備を終えると菜緒・菜奈・シャーリー・ソニアの四人が敬礼をして部屋から出ていく。
すると主任達の……
サラは天探女を、天探女は私をジッと見ながらの脳内通信。多分だが「主任権限」を利用した秘匿通信にて話しているのだろう。
既に
その間、私はただ座っていただけだったが居心地がとても悪かった。
サラと話しているにも拘らず、興味津々といった眼差しを私に向けてくる天探女。
これ以上巻き込まれるのも嫌だったので目を合わせることはせず、目の前に出された紅茶や茶菓子に助けを求めた。
だが頼みの綱の紅茶も余り良い品ではなく、二級品のどこにでも売っているような味でどうしても集中出来ない。
茶菓子も甘ったるい物ばかりで、出されていた分は既に食べ尽くしてしまった。
紅茶も三杯目でお腹が一杯になってきていて、もうこれ以上は飲めない。
会話に割り込む訳にもいかず、サラを何度かチラ見する。すると「こめかみ」をピクピクさせていたり、手をピクピクと動いていたりと結構忙しそうだった。
対する天探女もサラの仕草に同調するの如く、僅かに体を動かしたりしている。
これは明らかに会話が盛り上がっている証拠なので割り込む雰囲気とは思えない。
ただこちらからアクションを起こさなければ巻き込まれることは無さそうなので、それならそれで良いと思うのだが、天探女は一時も視線を外そうとはしなかった。
「お前が原因か!」
突然サラが立ち上がり大声で怒鳴り出す。
変な意味での緊張していたところに突然の行動に思わずサラの顔をマジマジと見てしまう。
「そう怒ることもなかろうに~」
うん、マジで怒ってる。
「この忙しい時に! お前なら今がどんな時期かわかっているだろ?」
「だからじゃ。
怒るサラに合わせることなく
「くっ……まあいい。一つだけ確認しておく。お前は
「
「先日の本部からの通達の意味は当然分かっているな?」
「だからの~〜サラと同じじゃて」
「他に隠していることはないな?」
「サラはどうなのじゃ?」
「……分かった。ならいい。エマ、 もう行っていいぞ」
「え、いいの? もう大丈夫?」
「ああ。後は探索艦の方を頼む。それと艦を降りる間際に私が言った言葉は忘れるなよ?」
「え? あ、あーはい」
サッサと出よう! もうこんなとこ嫌だ!
立ち上がって二人に頭を下げる。
その時に天探女と目線が合ってしまう。
この時、初めて本人の顔を「間近」と言える距離からじっくりと見た。率直な感想はとても綺麗。
サラもそうだが二人とも黙ってさえいれば既知世界でも五本の指に入るほどの美人だと思う。
それは顔だけではない、抜群のスタイル、仕草、風格。
しかし目を合わせたことによって、この二人の明らかに一つだけ異なる部分も見つけてしまう。
そう、菜緒姉妹と同じで「目」が違う。
サラは断固とした決意を秘めている目。
どんな時でも振り返らずに前だけを向いて行動してやるという「目」だ。
そして
慈悲深い、優しそうな目をしていた……
──いったいどんな人なんだろう。
数秒、我を忘れて目に魅入られて眺めていると、天探女が先ほどまでとは打って変わった自然な笑顔で「どうしたのじゃ? 何か用かえ?」と言ってきた。
声色もサラや菜緒達と話していた時の口調ではなく、雨で濡れて怯えている迷子の子猫を見つけ、話しかける時のようなとても優しい声であった。
その声でハッと我に返る。
「い、いえ、なんでもありません!」
赤面しながらも慌てて部屋から出て行く。
「いつでも遊びにおいで~なのじゃ~」
扉が閉まる瞬間に後ろから声が聞こえた。
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