第54話 面倒くさい奴? 愚か者め!

 新たにソニアを加えたエマ達は現在Cエリアに向かい跳躍中。


「次はCエリアよね?」

「ああ、サッサと済ましてAエリアに向かうとしよう」


 サラは発言の後に何度か頷く。珍しく真剣な面持ちで。


「どしたの? 何か気になる?」


 違和感を覚えたので聞いてみた。


「いや何でもない。……エマ、先に言っておく。次のエリア主任はかなり特殊だ。決して奴のペースに巻き込まれないよう常に気を配れ」

「サラよりも特殊?」

「あいつの性格からして、基地に一歩でも踏み入れたら最後、容易に解放してくれないだろう。その場合、Aエリアに向かうのは明日になる」


 およよ? 折角ツッコミ入れたのに華麗にスルーされた。


「……危険な人?」

「お前らに……特にエマ、今のお前にとってはな。私は慣れているからまだいいが……」


 Dエリアに向かっていた時とは段違いのテンション。


 私にとって?

 何が?

 だってエリア主任でしょ?

 部下から見て危険な上司って……いらないんじゃない?

 もしかしたら容姿も……と思い空間モニターにCエリア主任の情報を呼び出す。

 するとそこには「サラ級」の美人が現れた。


 名は「天探女あめのさぐめ


 とても珍しい名前。

 若干黄色掛かった肌、茶色い瞳、髪は黒色で後頭部で纏めている、着物が似合いそうな容姿。


 あれ? どこかで会ったことあるような……と思い浮かんだのはラングの神無月さん。彼女に雰囲気が似ていた。

 ただ似ているのは雰囲気だけで……

 身長はこちらの方が高くサラと同じ。

 そして首から下も……サラと同じ……だと⁈

 ってかサラ以外にもこんなふざけた体型いたんだ。

 えーーとついでに年齢は…………なんだこれ? 「秘密じゃ♡」だと?

 どういうこっちゃ!


「ね~サラ。ちょっと聞いていい?」


 見れば検索している間にアルテミスに昼食を用意させ澄まし顔で「寿司」を行儀よく頬張っていた。

 美味しそうに一口ずつ味わいながら。

 自分は少し前に栄養ドリンク片手にホットドックで済ませたと言うのに。

 その時に「サラも食べる?」って気を利かせて誘ったのに「私の事は気にしなくていい。お前はしっかり食べておけ」とか言ってたから、逆に気を使ってくれてるのかと思ってたよ。

 食べ終えてから旨そうな物食べるなんて卑怯だわさ。

 いやそれよりいつの間に「寿司」なんぞ積み込んだんだ? あたしゃ記憶にないぞ?

 でもまあ、このくらいならちょっと駄々捏ねれば必要経費で落とせるし、私も次からは遠慮しないで美味しい物食ーべよーと。


「ん? 何だ?」


 海老の尻尾を口から出しながら返事をしてくる。

 この程度の行儀作法は長い付き合いなのでお互い全く気にならないし遠慮もない。


「Cエリアの天探女あめのさぐめ主任なんだけど、年齢が秘密になってるよ? しかもハートマークつき」

「ん? どれ」


 私が見ている空間モニターを手でサラの前まで「移動」する。

 サラは箸を一旦置き、茶を口に含んでからモニターを覗き込む。


「フ……小賢しい真似を」


 鼻で笑う。

 そのまま使モニターをこちらへと戻すと、再び食事を再開した。


「こんなことあり得るの? 秘密って」


 この類いの情報は全て所属元の探索部本部が作成している。

 勿論政府も絡んでいることなので、ここに表示されている情報に私情が入り込む余地はない。

 この平和なご時世、昔の様な情報操作等も意味がない。ましてや一般人の目に触れる機会がない政府特殊機関所属の個人情報を改竄するなど全くの無意味だ。


 だがサラは気にした様子もなく食事をしながら話しを続けた。


「まあ気にするな。あーそれと向こうに着いたらそいつの前では必要以上に喋るな。後でシャーリーとソニアにも言っておくんだぞ」


 箸でモニターを指しながら指示をしてきた。


「何故に?」

「あいつのペースになるからだ。行けば直ぐに分かる。とにかく面倒くさい奴なのは覚えておけ」

「面倒くさいの? ……サラくらい?」

「私とは比べ物にならない」


 この話題になってから全くノッて来ない。

 てか面白くない。



 ──というか自分が「面倒くさい人」という自覚はあるんだね……



「そろそろ到着します」


 アルからの報告。サラも一旦食事を止め箸を置く。

 直後、跳躍が終了し全方位モニターが宇宙そとの空間を映し出す。

 それに伴い球体内コックピットが数秒だけだが暗くなる。


 進行方向の壁面モニターにはCエリア基地が小さく見えた。

 基地とのやり取りが始まる前にシャーリーとソニアにサラからの指示を伝えた。

 その間にも艦と基地との情報連結は正常に行われている。


「こちらBエリア所属六番艦のエマです。Cエリアの方、応答願います」


『…………』


「ねえ、反応ないよ?」


 情報は双方向遅延無く行われているので問い掛けも間違いなく届いている筈。なので基地側から何かしらのアプローチがあっても良さげだが……みんなで社員旅行にでも出かけたのかな?


「……全くしょうがない。、そこにいるんだろ?」


 サラが音声のみでの通信を始めると今度は即、応答が。


『……その声はノラか?』


 澄んだ声。どこか無邪気にも聞こえる女性の声。


「……サラだ」

『……タラ?』

「…………」

『……ベラ? メラ?』

天探女あめのさぐめ

『おおサラか! 誰かと思うたわ〜』

「フン、わざとらしい」


『いや~サラならわらわの名を間違える筈がないからの~はははは』


 声の主はケラケラと笑った。


「お前の名前は言いづらい」

『相変わらずの恥ずかしがり屋よの~。わらわとお主は身も心も愛し合った仲じゃろうに。今更どうしたのじゃ?』

「そんな事実は全くない」


 淡々と、そして力強く否定する。


『フ、つらまん奴じゃ。して今日は何用じゃ?』

「本部から通達が来てるだろう? その確認と今後の打ち合わせとお前の基地の状態を見に来た」

『通達? 何のことじゃ?』

「届いてないならいい。それなら本部に報告しておく」

『……つれないの~サラは』

「遊んでいる暇はない。もう一度聞くが通達は届いているな?」


『誰からの通達じゃ?』


 淡々と応じていたサラの片眉がピクリと反応する。


「……本部だ」

『本部じゃと! 本部なら今年に入ってから……』


『はいストーップ。主任、その辺で止めください』


 ここで天探女あめのさぐめ主任以外の女性の声が聞こえてきた。


『そちも面白くないの~』

『いやいやあなたを楽しませる為にみんな仕事してるわけじゃないから!』

『そうなのか⁇ 世の中わらわの為に伊達や酔狂で成り立っていると思うていたがの~だからもちっと楽しまんとの~』

『はいはい、ちょっとあっちに行ってて下さいね…………こちらここの探索者の菜緒なおです。えーとサラ主任でよろしいでしょうか?』


「お? 久しぶりだな菜緒。元気だったか?」


 菜緒に変わると眉間の皺が消え去り、表情も晴れやかとなった。


『はいお陰様で。サラ主任も大変だったみたいですね? そちらはもう落ち着いたので?』

「ああ、大変なのはむしろこれからだ」

『そうですか。手伝えることがあったら遠慮なく仰って下さい。ところで今日はどういったご用件でしょう?』

「ここ数日内で本部から連絡は来ているな?」

『はい、一昨日……だったかな? うちの主任宛てに』

「そうか、ならいい。それと最近基地に変化は起きたか?」

『基地ですか? 基地自体には問題ないのですが……』

「ですが?」

『えーとですね……実はちょっと困った事態になっておりまして……』

「どうした?」

『昨日からうちの探索艦全艦が動かなくなっておりまして……』

「なんだと? 十四艦全てがか?」

『はい。搭乗も繋がりリンクも問題無いのですが、どのもドックから出ようとしてくれないんです」


 サラとエマはお互いに見合う。


「今から特製ワクチンを送る。それを艦AIに使ってみろ」

『はい…………受け取りました。少々お待ちを』


 と言い残し通信が途切れた。


『ここもハッキングされているんですかね?』


 やり取りを聞いていたシャーリーが心配そうに聞いてくる。


「そうかも……サラはどう思う?」

「ハッキングならまだいいんだがな」

「どういうこと?」


 額に手を当て何か考え込むサラ。その横に浮いていた「寿司」が偶然目に入る。

 まだ半分は手付かずの状態で残っている。

 そこに大物を発見、さりげな~く手を伸ばし目的の「大トロ」を摘むと急いで口の中へ放り込む……


「んーーーーーー!」


 咀嚼した瞬間口の中で大火災が発生! 大粒の涙と冷や汗が止めど無く溢れ出てくる。


アルー水ーあ゛うーみじゅー


 壁面に穴が開き、そこからコップに入った水が出てきた。

 それをつかむと一気に飲み干す。


「はひーーーー舌が痛いーー! 何だこれ⁈」


 残りの寿司の中から「こはだ」の握りのネタをめくると、シャリの中央が大きく窪んでおり、その部分に大量の山葵ワサビが詰め込まれていた。


 所謂山葵が七でシャリが三の絶望状態。

 山葵をシャリが包んでいる感じだ。


「さ、サラ、これどーゆーこと? 何の罰ゲーム?」


 痛みも涙も止まらない。


「ん? 何だ食べたのか……愚か者め」


 額に手を当てたまま横目で私を見てニヤケている。その仕草はどこかの雀士を彷彿させる。


「(サラは)何ともないの?」

「当たり前だ。もう少し多くしてもいいくらいだ」


 ドヤ顔の味覚障害と思われる上司を見て固まる。


「この程度で泣きを入れている様ではまだまだ私には勝てないぞ」

「何が⁈ 何がなの⁈ 何がまだまだなの⁈」

「フ……いずれ分かる」


 いやいやそんなもん分かりたくもないわ‼


 そのやり取りを眺めていたソニア。声に出すまいと口元を手で隠しながら笑っていた。


『主任、基地から通信入ってますよ?』


 眉間にシワを寄せ変人を見る目付きでサラを見るシャーリーがモニター越しに教えてくれた。


「で、どうだ? 効果あったか?」

『……駄目です。変化ありません』


「そうか……アルテミス?」

「多分ですが、エマが行けば解決するかと」

「へ? なんで私?」

「やはり……相変わらずの気まぐれだな」


 サラは目を瞑り大きなため息を一つつく。

 ってか二人で何を話している?


「仕方ない。中に入るか」

「行くの?」

「放っておく訳にもいくまい?」

「そりゃそうだけど……いいの?」


 入ったら時間が掛るんじゃなかったっけ?


「シャーリーとソニア、これから基地に入る。私は天探女アメの相手をする。お前達は着替えたら直ぐにエマと合流。基地ではエマから絶対に離れずに常に行動を共にしろ。それとエマを守れ! いいな?」


 私の問い掛けを無視し二人に命令を出した。


『『りょ、了解』』

「エマ、お前は出来るだけ素早く艦を復旧させろ。私は天探女アメを長時間、抑えておく自信がない」

「え? ん、ん~分かった、いや分かんないけど頑張る」

「アルテミス、フォローしてやれ」

「了解」

「それと一つ言い忘れていた。ここでは制服着用だ。全員持ってきてるな?」

「そうなの? なんで?」

「ここでの決まりだ。というかお前忘れてるな。本来勤務中は制服着用義務があることを。まあ私は堅苦しい事は大嫌いだし、ハンクは子煩悩親バカだし全く気にはしないがな」

「……了解。二人とも問題ない?」

『『はい』』


「よし。菜緒、聞いていたな?」

『はい』

「これからそちらに行く。因みに天探女あめは隔離出来るか?」

『無理です。可能ならとっくにやっています』


 即答だ。サラはまたため息をつく。


「分かった。とにかくドック入りする。(ドックを)指定してくれ」

『了解しました』



 アル艦を中心に三艦はお互いに目視可能な距離を保ちながら連絡を待つ。


「ここはあいつのエリアだからな……しょうがない。根回しは終えてあるしも大丈夫だろう」


 サラが基地を見ながらボソリと呟く。


「ん? 何、大丈夫って?」


 私に話し掛けたのか判断付かなかったので、とりあえず聞いてみた。


「そのうち教えてやる。今は気にしなくていい。それと天探女あめは致し方ないが、自分から「お前のこと」をここの探索者に積極的に話すんじゃないぞ。ここの基地の状況が分かるまでは」

「え? うん。でも何でそんなに警戒? してるの?」

「この基地は天探女あめのテリトリー。何を仕掛けてくるか全く予想がつかん」


「…………はい?」


 さっきから何言ってんの?


 と思っていると入港許可が出た。


「いいか、絶対にシャーリー達と離れるなよ。よし行けアルテミス」

「了解、入港開始します」


 三艦は横並びのドックに入港を開始した。

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