第53話 補給! ざーます!

 ・・・・・・




 少しだけ時間を巻き戻し、クレア達が二日目の訓練を開始した頃の基地の輸送艦用ドックのタラップの上。


「……予定よりも随分早く着いた、ね~♩」


 ノアの前では「探索部の制服」を着た大柄な女性二人が敬礼をしている。

 相手であるノアは搬入物資のリストが載った空間モニターを見ながら軽い敬礼で返す。

 この百九十cm越えとハンク並みの背の高さがある「双子」の姉妹は制服からも分かるように探索部本部付の輸送担当の職員。

 この時代の女性の平均身長は約百六十cm。ノアとは頭二個分の身長差。なので彼女らの視線の先にノアの顔はない。


 この二人は実は探索者の素質を持っている職員。二人とも候補生育成施設を卒業した「元候補生」で、卒業後はこの道を選んだ。

 以前にも説明したが育成施設を卒業したにも拘らず、招聘されなかった者は探索部の職員として残るか、もしくは記憶を改竄された後に一般市民として暮らすかのどちらかを選択できる。

 これらのことから彼女らは探索部を去らずに残る選択をし、本人たちの希望を部として最大限考慮した結果、この輸送担当となったのだ。


 彼女らが乗ってきたこの巨大な艦は形状こそ似ているが、探索艦のような形状変化や隠蔽迷彩等の機能は一切ない。さらに艦AIも輸送に必要な機能しか組み込まれていないので会話も融通が効かない。

 仕方ないとはいえ一度でも探索艦を経験した者からしてみれば物足りなさを感じていることだろう。

 ……だが彼女らからは悲壮感は感じられず、寧ろ生き生きとしていた。


 二人の身なりだが探索部の規則では「探索艦に乗る探索者」を除き、輸送艦や連絡艦に任務で乗り込む場合は制服着用が原則となっている。

 というのもこの時代の宇宙船は危険な因子を徹底的に排除しつくしたか、又は危険領域(代表的なのは大質量星)を外した航路を進むので外的要因による破損や遭難などはあり得ない。内的要因も同様なので宇宙服を着る意味がない。

 ましてや通常の宇宙船に比べたら遥かに強固に造られた艦。コップに並々と注いだ水を溢すことなく進む船に宇宙服は要らない。なので今の彼女達は制服姿。


 そしてラーナ姉妹よりも年上と思われる二人だが、年下・小柄で「学生服を着た」ノアに対して敬礼をしている。

 これは挨拶的な意味合いで、ではなく彼女らの階級がノアよりも下だから。

 ただ立場の違いによる「蟠り」は全くないらしく、ノアに対してハツラツとした表情で応対している。




 ここで探索部の組織と階級について。

 探索部には情報部のような細かな階級・名称は存在しない。

 所属している者は大まかに分けると第一位トップに「おさ」がおり、その直下に「各基地主任エリアマスター」の四名と探索者以外の全職員が所属している各科長の纏め役である部門長(通称本部長)の計五名が第二位としている。

 この五名は階級・立ち位置ともに「同格」である。なお情報レベルは四。


 その一つ下の第三位は「探索者」と本部所属の各科の長で情報レベルは三。


 その下の第四位は基地勤務の「各班長」で情報レベルは三。


 底辺となる第五位は支部勤務を含めたその他の職員となる。因みに「候補生」は一番下でレベルは二となる。

(余談だが一般市民はレベル1。星系政府の役人はレベル2)


 探索部は情報部の様な巨大な組織ではなく、所属部員もかなり少ない。なので階級を表す言葉も数種類しか存在しない。


 人事の任命権は「各職員」←「本部長」←「おさ」→「基地主任」→「各探索者・各候補生」であり、探索者と職員それ以外という風に独立している。

 それにより探索者候補生の育成・選抜は基地主任エリアマスターが行い、職員の育成・選抜等は本部長の管轄となる(幹部候補生の研修所も本部長の管轄だがエリアマスターへの任命権は「長」となる。また探索者候補生のスカウトは本部長の管轄)


 ただしそれはあくまでも人事権での話。実施の現場での「指揮権や裁量権」は探索部本部直轄施設では「本部長」だが、各エリアでは基地主任エリアマスターとなる。


 各エリアでの最高権力者はエリアマスターだが、だからといって好き放題は出来ない。

 広大なエリアには基地を始め候補生育成施設や各支部が点在しており、それをエリアマスター一人で纏めきれるものでもない。

 その手助けをするために各班長がおり、各支部に職員が配置されている。


 さらに人や物を動かすにはどうしても「金」が掛かる。

 その「金」を握っているは探索部本部長であり、エリアマスターは本部長が決めた予算内で運営をしていかなければならない。

 とある理由からこのような「面倒くさい方法」を採用している為に、エリアマスターは本部長に対し折衝を行わなければならない。


 例えばサラが「昇給交渉で苦労した」といっていたのは対等な相手となる「本部長」との交渉を行ったからだ。


 部長の立場は簡単に言えば「探索部運営責任者」にあたる。

 部を任された以上、当然だが無茶なお願いを聞けない。

 探索部も政府組織の一員だし年間予算も決まっているのだ。

 それを知った上でサラは昇給交渉で莫大な額を要求をしたのだ。

 エマの「適合者手当」や「適合者に伴う昇給等」は部設立当時からのでそれについては特に問題とはならなかった。

 だが打ち合わせに無かった手当てや出向情報部員を探索者として受け入れるから、そいつの給料まで面倒見ろと言い出した。


 予算担当の科長と本部長は絶対に首を縦に振らない。

 当然だ。無い袖は振れない。

 探索部内の人件費関連の予算だけではもう賄いきれない。


 サラと本部長達との昇給交渉が決裂しかかった時に運良く? 現れた「長」の一言で政府が追加予算を認め、要求の満額分の予算を即日通してくれたので今回は事なきを得たが。


 何かと肩身の狭いエリアマスターだが、一つだけ特権が認められている。

 それは部を通さずに管轄エリア内で活動している情報部との接触。

 サラは他の「伝手」があるにも関わらず、普段からこの権利をいかんなく発揮していた。




 実はこの二人、先日サラが言った「正規の客」であり記念すべきお客様第一号。


 今回の客の用事は物資の搬入。

 基地で一番広い物資搬入用ドックに収まっているのは探索艦の二回りほどの大きさの巨大な輸送艦。

 この艦は探索艦のような「分厚い外装」では無いので外壁付近まで物を積み込めるような構造となっている。

 勿論内部の殆どは「圧縮倉庫」であり、見た目の数万倍は物を積める。


 現在巨大な輸送艦とドックの壁とは巨大なパイプ(パイプの中はさらに大小さまざまなパイプ)が繋がっており物資の搬入作業を速やかに行っている最中だ。

 物資の搬入方法も基本的に探索艦と同じで、圧縮・流体化された原材料を直径五mくらいありそうなバカ太いチューブ数十本で基地に


「はい、珍しく上が迅速に手配してくれたので運搬がスムーズに済みました」


 ……それで予定が早まったのね。


「……そりゃ良か、ね。さんきゅー、です。でこの後は他エリアに行く、の?」

「いえ。今回運んだ物資は、今現在の本部在庫の全てであり、全てBエリア行きとなっております。ですので今、本部の倉庫には運ぶ荷物が一つもありません。現在、フル稼働中の工場で生産されている物資はAエリアを除き明日以降順次、他の職員が担当エリアに運び込む予定で他エリアが終えた後で、最後になりますが私達がもう一度こちらに物資を搬入して任務は終了となります。なので私達の出番は早くても明後日以降になるかと」

「……りょうかい~。なら急いで帰る必要はない、ね?」

「は? はい。今回の任務は本部に戻って終了です」

「……なら今から君たちはうちのお客さん、だ~。基地うちの温泉、入っていけ、ば~?」


「「‼︎ いいんですか?」」


 二人でハモった。


「……おう、ついでにエステもあるだで、よ。基地ここでも地上保養所でも好きな方、入れ~。なんならしちゃても、ええで~?」


「「キャーーーーー♡」」


 二人とも嬉しそうだ。抱き合って飛び跳ねてた。


「……とりあえず基地内でゆっくりしてて、ね。私は用事があるから、用があったらラーちゃんに聞いて〜、な」


「「了解です!」」


 二人は足早に転送装置に向かった。


「……さてさて、チャッチャと改造済ませて地上に行く、かの〜」



 サラは先日「正規の客には粗相のないように」と説明したが、聞かされた皆は「なんのこっちゃ?」と首を傾げた。

 ただしラーナだけはその意味を理解していたので内緒で聞いたところ、本部で何をしてきたかの説明をされた。

 そこで言われた探索部本部内に、Bエリアの基地と保養所の改装後の「温泉」が素晴らしいと噂を流したと。

 これはサラの策略で本部に行った際の探索部本部職員を含めた全職員の目をBエリアに向けさせるためにワザと広めるように仕向けたらしい。

 温泉の効能は特に美肌・冷え性・バストアップの効果があり、さらに探索部で唯一勧誘に成功した、Bエリアにしかない超有名ショップエステの名までを持ち出し「月一回までは無料で受けられるぞ」と、相手に自身のことさら胸を強調しながら宣伝しまくったそうだ。

 今回の輸送担当の者達の様子を見るに、どうやらその思惑は成功したようだった。


 因みにこの二人が上の命令を聞かずにノアの誘いに乗り滞在を決めたのは、本部管轄外で受けた「命令」だったから。


 ノアはラーナと共に夕方にはクレアたちと合流する予定なのでそれまで輸送任務の二名は基地で、夕方には彼女らを探索艦に乗せて一緒に保養施設に連れてゆくとこにした。




 ・・・・・・




「しんどかったの~」

『もうくたくたですぅ~』


 仲間の捜索に当たっているマキとラン。二人はそれぞれの艦で昼食を食べているが口数はとても少ない。さらに表情から明らかに疲れている様子が伺えた。

 そんな二人も今は昼食の真っ最中。

 マキはネギ増し牛丼で黄身二個のせの豚汁付き。

 ランはドーナツ二個とオニオンスープ。

 脇には食後のショートケーキが用意してあった。


「午前中で四ケ所か……今日中に十ケ所、何とか行けそうやな」

『はぁ……多分……』


 二人とも一口食べるごとにため息を一回つく。

 その一口も普段とは異なり咀嚼の基本と言われている三十回を守っている為、かなり時間を掛けながら。

 そして食事が半ばに差し掛かってきた頃。


「マキ、時間やで」

「ハナちゃんや、もうちょい休ませてーな」

「あかん! サッサと行くんや!」

「なしてそないかすんや?」

「早う帰らんと……先越されてまう~かも?」

「…………ラン! 行くで!」


 大事な事を思い出したのか、マキの目の色が変わる。

 豹変したマキの声にランは口の中の物を噴き出しそうになってしまう。


『ふへ? まだ食べ始めたばかりですよ?』

「食べながら行ったらええ! さあ、ハナちゃん次や次! シャルロット同調しいや」

『オホホ、いつでもどうぞ』


『え〜〜? そんな……』


 小さな口からドーナツがこぼれ落ちた……




「ねえ、マキさんの態度が変わった理由を知ってる?」


 お調子AIで覗きが得意なシャルロットに二個目のドーナッツを頬張りながら聞いてみた。


「……お嬢様。マキ様にもやっと「春」が訪れたのでございます!」

「春ぅ?  何のこと?」


 頭の上に「?」を浮かべながら可愛らしく首を傾げる。

 鼻の先にはドーナツの中に入っていたクリームがついていた。


「お嬢様と同じ「恋」に目覚めたのでございます‼︎」

「‼︎ マキさんが? お姉様に?」


 手と口が止まり目を見開いたまま固まる。

 またドーナツが口から落ちる。

 今度はボロボロと。


「へ? いえ違……」「大変だわ‼︎ 只でさえ四人もライバルがいるのにこれ以上増えたら私の存在感が‼︎」


 変なスイッチが入ってしまったようだ。

 ドーナツ片手にオロオロし始めた。


「ち、ちょっとお待ち……」

「シャルロット‼︎ 何か秘策は無いの⁈」

「ひ、秘策と申されましても……」

「やっぱり色仕掛けしかないのかしら……」

「…………」


 残りのドーナツを口に放り込み、腕を組んで考え始めた。


「お姉様最近クレアさんと一緒にいることが多いわよね。やはり胸が大きい女性が好みなのかしら」

「いや…………」

「毎朝牛乳を飲んでいるのに私のはちっとも大きくならないわ」


 ランは自分の胸をじっと見つめ始めた。


「そうだ‼︎ 確か胸を大きくするマッサージがあるって聞いたことある! シャルロット、早速調べて!」

「お、お嬢様……なんと健気な……」

「早く調べて!」

「了解しました! このシャルロット、お嬢様の為に絶対に大きくなる方法を見つけ出してみせます!」

「頼んだわよ!」

「頼まれましたでございます! ……ですがお嬢様は今のままでもバランスのとれた、とても魅力的な身体をされておられるかと! わたくしと致しましてはあまり大きくするとバランスが崩れないかが心配でございます!」

「……それは一理あるわね。だとしたら……お揃いがいいかしら」

「お揃いとは?」

「そう! 先ずはお姉様と同じ大きさにして、お姉様の反応を伺いましょう!」

「なるほど! 流石はお嬢様、ナイスな作戦です! このシャルロット、感服いたしました!」



 五ヵ所目の星系に到着。


「ほなら捜索始めっか?」

『マキさん‼︎』

「うぉ⁈ どないした?ラン」

『私、負けませんから‼︎』

「な、何がや?」

『(お姉様の)ハートを射止めるのは私です‼︎』

「は? はへ? ハートって……? ま、まさか⁇」

『私だって……いつかは大きくなって見せます‼︎』

「大きく⁈ 何がや?」

『はい! お姉様とお揃いの同じ大きさの胸が目標です‼︎』

「え、エマと同じ胸……」

『はい‼︎』

「マキや、ライバル出現とちゃうか! 不味いで?」

「ほ、ホンマかいな……」

『私、負けません! フンフン!』

『ううう……お嬢様……おいたわしや……』


 結局、最終十件目の星系で双方の誤解は解けた。


「えーーーーーーホンマでっか‼︎」

『ラン、そないに驚かんでも……可笑しいか?』

「いえいえ、そんなことは」

『ランはん、応援したってや』

「それはもちろん! ただ相手が悪いですね……」

「オーホホホホ! お嬢様がエマ様と結ばれれば何も問題ございません!!」

『そうやな、シャルロットもええこと言うの~』

「勿論でございます! ハナちゃんも応援ばかりではなく、マキ様の為に色々と行動を起こすべきですわ!」

『ほー例えばどんな風にや?』

「オホホ、まずは二十四時間監視でございます。おはようからお休みまで、着替えから食事、当然入浴もですが1秒たりとも相手から目を離さずにじっくりと観察するのです!」

『『ほうほう』』

「さらに、さりげな~く二人きりになれるよう邪魔者をさりげな~く排除するのです」

『『ほほ~う』』

「あとはマキ様が、二人きりになったのを見計らい相手を力ずくで押し倒してしまえば良いのです!」

『シャルロット、それって犯罪やないか?』

「オ〜ホホホホ!女性が押し倒す分には犯罪には当たりません!」

『そ、そうなん?』

「当然でございます。美しい女性に押し倒されたのに反抗するような○○ピー者は○○○○ピー○○○○ピーしてしまえばよろしいざます!」*ピーは自主規制の単語*

『しゃ、シャルロットや……過激やわ』


 マキとランは会話の内容に少し引き気味ながらも顔を赤らめ聞いている。


「それくらい強引の方が上手くいくとです! お嬢様も先日、勇気を振り絞り、やっと……やっと、添い遂げることが……」


『『!』』


 マキサイドの驚く音声が聞こえる


「しゃ、シャルロット‼︎ あなた何バラしてるの⁈」


 顔を真っ赤にしてかなりアタフタし出す。


「しかも二度もでございます! お嬢様は感動のあまり逝ってしまわれましたわ!」」


『『!』』


 マキサイドの動揺が伺える音声が聞こえる。


「し、しかもお約束の証の血まで流されて……」*血は血でも「鼻血」です*


『『‼︎』』


 マキサイドの最上級の驚く音声が聞こえる


 ランは頭から湯気を出し顔を真っ赤にして俯いている。

 耳まで真っ赤だ。


「……という訳で、マキ様達も努力するざーます!」


『『はい! 頑張ります!』』


 何か違う気がするが……



 ・・・・・・

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