52 「領主になった気分はどうだ?」

 声を弾ませていた女性は、そう言い終えふっと目を伏せた。


「妾は祝宴の席で暗殺された。縁あって幽霊となり、永遠の美貌を手に入れたのはよかったが……一部の人にしか妾は見えぬ。己の美貌を疑うくらいに退屈していたのじゃ。セオドア様は妾のこと、どう思う?」


 いつの間にか側に来ていたエレオノーラが、感想を求めるように顔をこちらに突き出してくる。


「へっ!?」


 陶器人形のように整った顔が突然眼前に映り込み、自分でも笑ってしまうほど情けない声が零れた。足を動かすのも忘れてしまった。


「うふ、ふふふっ」


 その反応に目の前の幽霊は楽しそうに笑っている。

 この幽霊からしてみれば自分なんて赤子どころか胎児のようなものなのだろう。なんだか無性に自分が情けなくなって、エレオノーラからふいと顔を背けた。


「……あなたが美人だったから、僕はあなたが幽霊だと思わなかったんですよ」


 負け惜しみのように呟くと、白髪の女性は笑みを深め何も言わずに自分を先導するべく歩き出した。

 エレオノーラの後ろを歩き着いていった先は、二階にある一室だ。階段を登った時に思い出したが、クオナの館には二階に応接間があった。詳しい位置までは思い出せなかったが、おそらくそこに案内されたのだろう。

 壁を擦り抜けていくエレオノーラを追いかけるように、扉を二回叩いた。


「入れ」


 すぐにラウルの声が返ってきた。

 先程と同じような尊大な声だったが、機嫌は幾らかましになっているように思えた。


「失礼します」


 いつもアニー達がそうしてるように声をかけながら部屋に入る。

 そこは自分の記憶通り応接間だった。

 狭くはないがとびきり広いわけでもない部屋の中央にあるソファーには、ラウルが背もたれに体重を預けて座っていた。

 その隣には、隣で獅子が眠っているかのように強張った表情を浮かべ窓の外を見ているリリヤがいて、二人より少し離れた位置につまらなさそうな表情をしたエレオノーラが立っていた。

 これみよがしに手元に短剣が置かれているが、足が悪いラウルがそうそう振るえる物には思えなかった。


「座れ」


 机を挟んで向かいのソファーを顎で示され、黙ってそちらに向かった。

 ユユラング城の応接間にあるソファーよりも弾力のあるソファーに腰を下ろすと、間を置かずにラウルが尋ねてきた。


「領主になった気分はどうだ?」


 飲み物も何も置かれていない机を前に、目の前の伯爵を見据えながら答える。


「こんな世界があったとは思いませんでしたよ。どんな物語にもないことでしたから」

「だろうな。お前の父親は俺より早く当主になったから、随分と頭を抱えていたそうだ。臣下が増えたと思えばいいだけなのにな」


 エレオノーラの表情が見るからに強張った。臣下と言われて嫌だったのかもしれない。

 父の話題をこの男の口から出されると、自分も頬が強張ったように思えた。あまりいい話題ではなかったから余計にだ。


「お前もきっと、リリヤを前にさぞ動揺したんじゃないか?」


 しかし目の前の男は隣にいる少女を見ることに忙しかったようで、自分の表情が変わったことなど気付いてもいないようだった。

 膝の上で手を組み、自分はラウルを見ながら口を動かした。


「リリヤよりエレオノーラさんを先に見ましたからね。それはもう驚きました」

「……ふん」


 エレオノーラのことを言われ、男は不快そうに鼻を鳴らした。ようやくこちらに探るような視線を向けたが、口を動かそうとする気配はなかった。

 なんにも言おうとしないなら、こちらから聞くしかない。そう思い、ゆっくりと口を開いた。


「クオナ伯、話に入る前に一つ伺いたいことがあるのですが」

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