14 「あ~、セオドアを捕まえに?」


 中庭に出るには明るいところを抜ける必要がある。靴音を響かせたくなくて慎重に歩いた。

 泥棒にでもなった気分だった。一応自分は伯爵家の人間であるのに。

 路頭に迷ったコネのない貴族が、生き延びるために賊と化す話はよく耳にする。王都に落ち延びたら自分もそうなってしまうのだろうか。

 アニー達と合流できたらそんなことはないだろう。しかし合流出来なかった時を考えると背筋が寒くなった。たった一人で生きられる自信なんてない。


「早くしろ!」


 考え事をしていたからか、焦れったそうな声が間に入りハッとし足を進める。


「中庭は障害物が多いから隠れられるところが一杯あっていいな」


 安心したように口元を緩ませるリリヤの言葉に首を縦に振り、中庭への境目ギリギリまで辿り着く。

 ここは中庭と礼拝堂に挟まれた場所で、少し歩けば階段がある廊下だ。

 中庭から射し込む光もある。いつまでもここにいたらすぐに誰かに見付かってしまうだろう。

 壁を背中に中庭の様子を窺うと、リリヤが言っていた通り女中が二人喋り込んでいるのが見えた。

 顔を見たことがある気がする程度の人に、なぜか少しほっとした。

 二人が話し込んでいる隙を窺って壁から中庭に移り、一番近くにある林檎の木の陰に隠れる。


 土いじりの好きなアニーが、領の食料を少しでも増やすべく中庭を畑にしつつあるため、中庭の空気は微かに青臭い。

 柔らかい風が頬を撫で、僅かに肩の力が抜けた。同時に女中達の会話が耳に飛び込んでくる。


「今誰か通った? 金髪の」


 三十代くらいの女性の声に、手で直接握られたかみたいに心臓が跳ねた。


「え? アニーじゃない?」


 突然話を振られたとばかりに困惑した女性の声が返す。


「アニーだったらいいのだけど……外があんな状況だから、人が侵入してきたのかと思って」

「あ~、セオドアを捕まえに?」


 自分の名前を出され眉間に皺を寄せる。

 使用人同士の会話というのはこう言う物なのだろうが、領主の息子を呼び捨てとは自分も相当嫌われているようだ。


「みんな畑があってユユラングから離れられないものね……それに寒いけど、木と水には困らない所だし。セオドアを売ってクオナと統合するしか生きられる道がないもの」

「売るって……」


 嗜めが混じった声だった。敵だらけだと思っていたが、どうやら城内にもまだ味方がいるらしい。


「だってそうじゃない。他に道があると思っているの?」

「うーん。セオドア様が領を継げば状況も変わるんじゃないかしら……」

「もう、そんなわけないでしょ! 甘やかされて育った次男坊なんかにユユラングを任せたら、クオナに頼る前に終わるわよ!」


 女性は厳しい声でまくし立てる。木を挟んだだけの至近距離で自分の話題を出されて、落ち着けるわけがない。

 かといって反論もできない。女性の言う通りだと思うし、この女中に見付かったら反論する前にクオナに引き渡されそうだ。


「だから早くセオドアを売っちゃえばいいのよ。じゃないとユユラングは終わるわ」


 どうやらこの女中は自分の意見に絶対の自信を持っているようだ。声の調子からもそれが窺えた。


「でもそれをすると、アニーやアレックスが止めるじゃない。あの二人はどうするのよ?」

「あの二人は乳母兄弟だからたしかに厄介だけど、女子供であることに違いないわ。押さえつけでもしたら大丈夫よ。なんなら牢屋を使えばいい」


 話題は自分からアニー達に移ったようだった。二人を軽視したような女性の言葉に眉を顰め、リリヤに視線を向けようとする。

 いつも不敵な表情を浮かべている少女を見たら、溜飲が下がる気がしたのだ。

 しかし現実は違った。

 隣にいると思っていたリリヤはどこにもいなかった。起きがけに冷水を顔にかけられたような気分だ。

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