第5話 戻る

川岸のこちら側で生き物を見たのは何度だろう。


上空を飛ぶ鳥は見た。

しかし、こうした川につきものの、水鳥を見ていない。


カモやコサギ等は季節的に居てもよいはずだ。


魚も見かけない。

川をまじまじと観察したわけではないので居ないと断言はできないのだが、直感では居ないと確信できる。


頭をよぎるのは、この川が三途の川なのではないかという考え。


禍々しいので頭から追い出そうとするも、気が付くとまた考えている。


頭の中が堂々巡りをしている。


あの老人も三途の川に入りかけた哀れな男を見ていたのではないのか。


対岸があの世というわけではない。

あくまで『川』

に入るという行為が問題なのではないか。


だから私は『川』

に入る事にこれほどの嫌悪感を感じているのではないか。


カヌーの二人も私と同じ境遇だったのではないか。

とすれば私は死にかけているのか。


もしかしたらこの川岸に入った時に階段を転がり落ちた時に頭かどこかを強く打って、今の私は実は霊体か何かなのではないのか。


怖い。


自分の境遇を確認する事が無性に怖い。


確認する事で、曖昧だった事が確定してしまうのではないか。

このまま曖昧なままの方が良いのではないか。


そういえば後頭部に鈍い痛みを感じる気がする。

もしかしたら背を伝う汗は汗ではないのかもしれないではないか。

手を後頭部に持ってゆけばすべてが明らかになるかもしれない。

しかし、その行為がどうしても実行できない。


勇気が出ない。

あの転落した場所に戻ってみるのはどうか。

もし、その悪い想像が当たっているなら、そこには私の意識を失った身体があるのかもしれない。


もしくは血痕があるかもしれない。

今の私は幽体離脱の様な状態なのかもしれない。


いやまて、その場所にはすでに2度も戻っているではないか。

3度だったかもしれない。

その時には何もないのは確認済みだ。


しかしあそこは背の高い草が生い茂っている。


見落としが無かったとは言い切れないではないか。

そうだ、しっかりと時間をかけて調査したとは言えない。


さらりと見える範囲だけ見たに過ぎないではないか。

こうしている間にも身体は本当に死に近づいているのかもしれない。


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