スーホ

第1話 すべり落ちる

川に目を向けると、階段を下った先に看板が立っているのを発見した。


橋の横手から川に降りられるような小さい階段がある。

看板はその階段の中程にあった。

階段の先は足の長い雑草に遮られていて川まで降りられるのかどうかわからない。

もしかしたら橋のメンテナンス用に作られたものかもしれない。


その看板にはなにも書かれておらず、不思議な違和感を感じた。


この道は犬の散歩でたまに通るのだが、今までその看板に気がつかなかった。

興味を引かれさらに近寄ってみたところ、何の事はない、看板が逆向きで立っているのだ。


それにしても看板自体は少し錆びも浮いていて、今日昨日に立てられたわけではなさそうだった。

なぜ今まで気づかなかったのかと疑問に思ったが、看板自体が道路より少し階段を下った所にあるため、普通に道を往来する分には見えない位置にあるのだ。



その川は郊外を流れており、川幅は10mもあるだろうか。

彼岸は岩の切り立った崖で、此岸は整備されていない背の高い植物が繁茂している。

川自体は深くなく、流れもゆるやかであり、ところどころ中洲もある。

夏などは、川遊びができればさぞかし気持ち良いだろうし、河川敷が整備されていれば犬の散歩ももっと楽しめるものになるだろうになどとよく思っていた。

川は右に左にくねりながら、住宅や田畑の間を通り延びている。

上流にはダムがあり、水量は調節されているため年間を通してそれほど変わらない。


今は真冬なので、とても川遊びがしたいとは思わないが、シロサギやマガモが魚を捕るのを見るのは好きだった。

犬に限らず生き物全般が好きなのだ。


柴犬がリードを引いている。

いつまでたっても引っ張り癖が治らない。

躾に失敗したかなと思うものの、言うことをあまり聞かない愛犬が、それほど嫌でもない。

愛犬は早く行きたそうにリードを引っ張るが、それでも看板がどうにも気になった。


リードを橋のたもとのガードレールに結わい付け、コンクリートの階段を降りていく。


階段は細くて歩きにくい。


五段ほど降りれば謎の裏向き看板があるのだが、その手前に別の大きい看板がある。

こちらはいたって普通で、上流にあるダムの放水時にはサイレンがなるので水位に注意せよと書いてあった。

1つめの看板をやりすごし、いよいよ謎の看板にたどり着いた。看板の表側に回り込み、覗きこむと書かれた文字が目に入ってきた。



赤い文字で


【キケンにつき立ち入り禁止】

【ここはあぶない】


と書かれてあり、その上、丁寧にもデフォルメされた子供が目をバツ印にして川で溺れている絵が書かれていた。


しかしそれだけではなかった。

看板の一番上にもっとも目立つ文字がポップな字体で踊っていた。


その文言を見た瞬間に強烈な違和感を感じ、もう一度ちゃんと見ようとしてもう一歩足を踏み出した。


足元の注意が疎かになっていた。

なにか足元がぐらつくような気がしたのは足の下にこぶし程の大きさの石を踏んでしまったからだ。

バランスを崩し、たたらを踏んだ拍子に階段を踏み外してしまった。


倒れこみながら、コンクリートに頭を強打してしまう事を避けるためにとっさに身を屈め衝撃に備える。

身体が二回転三回転し、河原まで転がり落ちた。

幸いにして倒れこんだのは胸まであるような背の高い雑草の中で、ちょっとした打ち身ですんだ。


痛む身体を抱えて起き上がる。

自分が落ちてきた方を見上げると、胸まである雑草や灌木が壁のようにそそり立っていて階段どころかどこから落ちてきたのかわからないくらいだった。

服についた土を払いながらどうしたものかと途方にくれた。


ふり仰ぎ、あの違和感を感じた看板を探す。

雑草に隠されてよく見えないが、看板の一部が見えた。

背伸びして確認する。

やはり、見間違いでは無かった。

看板には赤いポップな文字でこう書いてあった。



【このかわはでれません】



この川は出れません?


見間違いかと、何度か読み直すがやはり 出れないと書いてある。

どういう意味だろう。誤植だろうか。

なんにせよ不吉なものを感じる。


急にこの河原で突っ立っていることに不安を感じ始めた。

とりあえず道に戻ろう。


しかしさっき自分が落ちてきたのがどこかがわからない。

雑木が壁のようにそそり立ち、侵入を阻んでいる。

川沿いに目をやっても、楽に這い上がれそうな箇所が見つからない。


夏の日にあれほど降りたかった河原なのだが、今は一秒も居たくない。

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