第61話:舞踏会 3

 きらびやかなホールに響く、ムーディーなクラシック。

 そのBGMに合わせて踊る、着飾った人々。

 シチュエーションだけ並べれば、ゲームやアニメというよりは海外映画のワンシーンみたいな光景だ。水面下で打算という名前の火花がバチバチに飛んでいるあたりも、実にそれっぽい感じだと思う。


 本来なら、前世でも今世でも俺には縁がない世界。

 だというのに、俺は今、よりにもよってホールの真ん中らへんでダンスを踊っていた。


 ダンスなんて小学校の林間学校でフォークダンスを踊ったくらいで、ド素人もいいところだ。今にも足がもつれて転ぶんじゃないかとヒヤヒヤしながら動いている。それでも辛うじてさまになっているのは、リードしている奴がべらぼうにうまいからだろう。

 王子って万能職業か何かなんだろうか。

 そんなことを現実逃避気味に思いながら、俺は至近距離にある国宝級イケメンを見た。


 透き通る白い肌に金髪がよく映える、甘いマスクのイケメン王子ことジャックは、大抵の女の子なら容易くノックアウトできそうな微笑みを浮かべながら、転びそうになる俺を支えてステップを踏む。俺達がそうやって(一見)優雅に踊るたび、周囲で踊る女の子の視線が痛いほど刺さるのを感じた。怖すぎる。

 別の女の子と踊っているクリスはこっちのことめっちゃ横目で見てくるわりに怒っている様子はないし、壁際にいる妹はなんか表情がよくわからないことになっているし、どうなっているんだこれ。頼みの綱のセザール様は押しが強い女の子にとっつかまって踊っているし!


 っていうかクリス!お前!

 自分勝手すぎるから詳細は言わないけどお前!

 そのムーブは俺のメンタルによくないからやめてほしいな!


 混乱したり情緒が乱れたりする俺をよそに、メロディに合わせてくるりと体を回される。

 そのまま後ろに倒される。怖い怖い怖い!背中支えられているけど怖い!


「……貴方はフレールですね?」


 顔が引きつりそうなのを堪えていると、耳元でそんな言葉が囁かれた。

 えっ、お前にもバレてんの!?マジで!?


「図星……というよりはショックを受けていますね」


 やめろ、俺の顔色から心を読むんじゃない。


「安心してください。兄上にそうと言われるまでは、別人だと思っていましたよ」

「そ、そうですか……ぁっ」


 続いた言葉にホッと安心していると、体をぐいっと起こされた。さっきといい今といい、声を荒げなかった自分を心底褒めてやりたい。


 頼む、俺はダンス技能1%なんだ。

 もっと腫物みたいに扱ってください。

 そんな思いは察してもらえず、どんどん振り回され始める。

 いかん、このままだと解放されるころには目が回っているかもしれない。


「えーっとジャック様、スールお嬢様をお誘いしなくてもいいんでしょうか?」


 そうなる前に、少しでも色々聞き出しておかねば。

 そんな考えのもと、俺は第二王子に質問を投げかけた。


 こいつが妹と踊っているところは見たいか見たくないかで言えば後者だけど、それはそれとして先に俺を誘うというのは意味がわからない。俺が舞踏会に参加したからいきなり惚れたとか本当にやめろよ?ぶっとばすからな?


「ああ、もちろん声をかけるつもりですよ。本命と最初に踊っては、後のダンスが色あせてしまいますから」

「あ、そうなんですね……」

「ふふっ。貴方からそんな質問をされるということは、スールは私と踊るのを少しは楽しみにしていてくれていたのですかね?」

「ははは……」


 笑ってごまかした。

 さあどうだろうなー。わかんねえなー。

 一年前ならめちゃくちゃ嫌がっていて、何なら仮病使ってたまにサボっていたダンスの稽古を一度も休まなかったけど、当主様に甘い顔されなかったからだろうしなー!

 ……ちくしょう、お兄ちゃんは許さないからな!


「まあ、最初に貴方に声をかけたのは兄上のお力になりたかったからですが」


 内心歯噛みしている間に、第二王子はさらっと聞き流せないことを言った。


「クリス……トフ様の?」

「貴方が他の男性にエスコートされていたのを見て、心乱されていたようですから。私はさながら、兄上の心に平穏が戻るまでの繋ぎ。そして、貴方をダンスに誘う男性を減らす虫除けのようなものです」


 そう言って微笑む第二王子。

 顔と声で騙されそうになるけど、しれっと湿度が高いというか粘度があるというか。イケメンなツラでイケメンっぽく言えば許されると思うなよお前。


 まあ、血迷った心変わりはしていないようなら何よりだ。

 こいつの恋路は応援したくないが、ここでフレールに乗り換えられたら恋愛感情云々抜きにしたって妹はショック受けるだろうからな。

 俺があいつの立場なら、世界の強制力やら補正やらに負けず、悪役令嬢である自分スールと仲良くしてくれていた男がルートの力で心変わりしているのを見たら普通にへこむ。

 そして俺がそう感じるなら、妹だって似たようなことを思うはずだ。兄妹だから、そこらへんの沸点は似ているのである。


 …………ん?

 ちょっと待てよ?


 無性に嫌な予感がした。

 第二王子のリードを無視して足を止めると、首を大きく動かして辺りを見渡す。急に止まった俺達を怪訝そうに見る人、ダンスや食事に夢中な人。似たり寄ったりの人が視界に映る中、目当ての人物だけは見つけることができない。

 嫌な予感が跳ね上がった。


「スール、どこだ……!?」

「――――えっ?」


 思わず声に出した俺に、第二王子も顔色を変えた。


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