第54話:兄、会いに行…けない

 あっぶねー!

 司教の助言を聞いた時、真っ先のその言葉が浮かんだ。


 そうだわ、俺だけの問題じゃないわ。

 クリスは俺のことす……好きでいてくれるけど、だからって妹が言ったみたいに即決するとは限らないんだった。それくらい、結婚というのは人生にとってでかい命題だ。

 どうするか悩むにしても、とりあえずあいつの意志を確認しないことには始まらない。

 そんな当たり前を、司教に言われるまですっかり失念していた。

 あいつに相談しに行ってよかったな……。


 さて、そうとわかれば実行あるのみ。

 俺は報連相ができる人間なので、ちゃんと妹に相談してからクリスに会いに行く。

 ……行こうとしたのだが。




「今お城には行っちゃダメよ、お兄ちゃん」

「えっ、なんで」

「だって今、舞踏会の準備中なのよ?自分の娘を王子二人のダンス相手にあてがおうと色んな人達が画策している中で、お城でお兄ちゃんとクリス様が会うのはちょっと……」

「あー、なるほどな。じゃあ手紙出してこっち呼ぶか?」

「えーっと、それもちょっと……」

「なんでだ?」

「舞踏会ってその、フレール暗殺未遂イベントとスール断罪イベントが起きるから……」

「えっ」


 パードゥン?

 思わぬ言葉に首を傾げる俺。

 そんな俺を見ながら、妹は沈鬱な顔で話を始めた。


「ゲームだとジャックくん……第二王子十八才の誕生日を祝うイベントだから、まさかとは思ったんだけど……。レッスン先で令嬢仲間に色々と話を聞いた結果、どうもそのイベントと同じ舞踏会っぽくて……」

「えっ、第二王子って俺と同い年だろ?」


 なんで十八才の誕生日を一年前倒しでやるんだよ。

 俺のもっともな疑問に、妹は沈鬱な顔で答えた。


「舞踏会の裏目的が王子のお嫁探しだからよ……。で、第一王子であるクリストフ様がもうすぐ十八才。この国だと結婚できる年齢になるってわけ」

「あー……」


 正規ルートだと行方知れずだからお祝いの舞踏会なんて開きようがないが、クリスが第一王子としてしっかり働いているなら先にそっちを祝うってわけか。

 っていうかあいつ、もうすぐ誕生日なのかよ!去年教えてもらった覚えないんだけど!

 瞬間的に憤ったが、そういや去年の今ごろまで付き合ってないわと冷静になった。


 ちなみに俺の誕生日はない。というか知らない。なぜなら孤児なので。

 強いて言うなら孤児院の院長に拾われた日がバースデーか?まあそれも覚えてないんだけどねHAHAHA。

 クリスに聞かれた時にそう言ったらめちゃくちゃ申し訳なさそうにされた。軽いブラックジョークのつもりだっただけに、あの時はすまなかったと思っている。

 ……って話がそれた。


「暗殺イベントってあれだろ?アサシンクリスがスールに依頼されて、俺を殺しに来るやつ。依頼人も暗殺者もいないなら起きようがないんじゃ」

「悪のフレールが虎視眈々とお兄ちゃんを狙ってるなら、そんな楽観視できないわよ。クリス様もジャックくんもモテモテなんだから、想いを寄せてる令嬢なんていっぱいいるだろうし。スールみたいに素でトチ狂ったことする人はいなくても、世界そのものにそそのかされたらどうなるかわからないわ」

「それは確かに……」

「変な飛び火しても嫌だから、ジャックくんにはもう、舞踏会終わるまで来ないでって手紙出したわ。あっちもめちゃくちゃ忙しいだから、無理に来ないでしょう」

「行動早いな」

「だって破滅したくないし……」


 思わず感想を零せば真顔で返された。

 そりゃあそうである。俺だって可愛い妹に破滅してもらいたくない。


「というわけだから、お兄ちゃんも舞踏会中は大人しくしててほしいというか、できれば司教様のところ以外には行かないでほしいんだけど……」

「そりゃあ、俺だっていきなり暗殺者に狙われたくないし、お前に濡れ衣が着せられるのもまっぴらだからな。でも、司教のとこはいいんだ?」

「教会ルートには暗殺者出ないからね。特に牧師は舞踏会とも全く縁がないし。ないものには手が出せないってことなら、悪のフレールでも介入できないかなって」

「あー、なるほど…?」


 確かに、プリンの作り方を教えに行って、それを労ってもらっているだけで殺されるほどの妬みを買うとは思えない。というかそんなことで殺意混じりの嫉妬を抱く女の子とか存在してほしくない。

 さておき。


「とりあえず、舞踏会終わるまでは行動起こさないのが賢明か……」

「それがいいわね。私が舞踏会の準備で忙しいって話はジャックくん経由で伝わってるだろうから、クリス様の方も終わるまでは顔出さないと思うし」

「あー、じゃあこっちから無理に来ないでくれって手紙とか出さなくても平気か」

「そうね。まあ、お兄ちゃんがお手紙出すのはあまりおすすめしないんだけど」

「えっ、なんでだ?」

「王族への手紙って、基本検閲されちゃうからね。検閲してくれるのが今の執事長なら問題ないと思うけど、普通の郵便屋さんに任せたら他の人に検閲される可能性あるし……」

「えっ、そうなんだ。こわ」

「そりゃあ、変なものが仕込まれてたら大変だからね。これくらいの時代だと普通でしょ」

「それもそうか……」


 毒とか手に入りやすそうだしな……(偏見)。

 プライバシーの概念とかもなさそうだし、大変なんだなあ。

 あっ、そうだ。


「なら、俺がいー兄さんに手紙渡しに行けばいいんじゃね?」

「それでお兄ちゃんがお城に行ったら本末転倒でしょ!」

「はい……」


 そうじゃん。

 名案閃いたみたいなテンションだった数秒前の自分を張り倒したい。


「まあ、クリス様のことだから、一回くらいは無理やり時間作って来そうだし。そしたら結婚のことも含めてお話すればいいんじゃないかしら」

「それもそうだなー」


 妹の言葉に頷く。

 前回クリスが来た時から、なんだかんだ三週間以上経っている。そろそろ、ようやく時間が捻出できたと全身で主張するクリスが屋敷に来る頃だろう。



 しかし。

 そんな俺達の予想とは裏腹に、クリスは次の安息日を過ぎても屋敷に来なかった。


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