第52話:兄妹、思案する
「――――という夢を見たんだ」
翌日の朝飯後。
妹の自室で、俺は昨日見た夢を大体伝えた。
しばらく考えるように押し黙っていた妹は、やがて大きな溜息をつく。
「隠しルートも結婚がハッピーエンドかあ……。駆け落ちじゃないだけマシだけど……」
「確かセザール様ルート以外は全部結婚オチなんだっけか」
「うん」
こくりと頷く妹。今日も眩しい美少女っぷりで何よりである。
「ずっと思ってたけど、結ばれる=結婚は階段を結構すっ飛ばしてね?」
「まあ、元ネタがシンデレラだからそこはね。おとぎ話の女の子って、王子様のお嫁さんになることが幸せの第一条件みたいなとこあるし」
「恋愛絡みだと百パーそういうオチだもんなあ」
ふたりはすえながくしあわせにくらしましたってやつ。
知識という名の現実を知るにつれて、いや末永くは無理じゃねえかなこれってなってしまうのが悲しいところだが。それはさておき。
「第一王子と結婚とか……無理では?」
現実的な(この世界でリアリティもへったくれもないと思うが)意見が俺の口から出た。
いやだって……第一王子じゃん?王位継承権のトップじゃん?
庶民の娘と結婚していいはずなくね?
いや、そういう意味なら第二王子だってアウトなんだけど。でも第二王子ルートって、アサシンクリスと第二王子が感動の再会をするわけだし。つまり王位継承権がクリスの方に移っている可能性が高いっていうか、国は俺が継ぐからお前は恋に生きろみたいなこと言うんだよな確か?だいぶ前すぎてかなりうろ覚えだけども。
まあ要するに、同じ無茶は無茶でも、無茶ができる土台が第二王子の方にはあるというか。
いや、そうは言ってもおとぎ話みたいになんとかなるもんなのか?具体的な身分差の蹴り方聞いてないからなんとも言えないけど。
「つーか、第二王子ってどうやって結婚にこぎつけたわけ?」
参考のためにと、改めて質問する。
駆け落ちRTAをしたセザール様は除外。
下級貴族に引き取られた(という設定らしい。今まで触れる機会がなかったので多分ここが初出)いー兄さんは、元々は俺(というかフレール)と同じ孤児院出身だし、家を継がせるために引き取られたわけでもないっぽいのでまあなんとかなると思う。
元中流貴族現高名な聖職者一家の元牧師現司教も、権力レースから脱落しているならまあなんとかなると思うパートツー。
第二王子だけが見当もつかない。
権力パワーでごり押しか?
「えーっとね。フレールは孤児でしょ?」
「おう。実はやんごとなき身の上かと思いきや、別にそんなことはない孤児だな」
この設定も結構わけわかんないよな。
実は隣国の姫だったとか、そういう設定にした方が結婚はしやすかったんじゃ?
いやまあ、それだと王子ルート以外が大変なんだろうけど。
「孤児なのを利用して、身分をでっちあげるのよね」
「……ん!?」
パードゥン!?
「その前に国王様を愛の力で説き伏せるってイベントがあるんだけど、その後、国王様にも協力してもらって隣国の貴族令嬢ってことにするのよね。それで大臣とか他の上級貴族を納得させるの」
「力技!!」
ごり押しが過ぎる。
何度も言うけど本当にそのゲーム良作だったのか!?
「今はちょっと自信がない」
「その自信は永遠に復活させなくていいと思うぞ」
閑話休題。
「じゃあ、最悪その手をクリスに吹きこめばなんとかなるわけか……」
「吹きこまなくてもとっくに手段として考えてそうなのよね、あの人」
「……実行する時はちゃんと俺に報連相してくれることを祈るか」
クリスならまあ大丈夫だろう。優しいし。
……大丈夫だよな?
とりあえず、無理ゲーじゃないってわかっただけでよしとしよう。
「しっかし予想外にわかりやすかったな、ヒント。もっとわけわかんないイベント見せられるかと思ってたから意外だわ」
「まあ、結婚って一朝一夕じゃできないしねえ。お兄ちゃん単独じゃ逆立ちしたって達成できないし。過程の難易度込みでヒント自体はわかりやすくしたんじゃないかしら」
「そんな、過程が簡単なら変なヒントがお出しされたみたいな」
いや、あの自称神様ならやりかねんという嫌な信頼はあるけど。
悪意こそ感じないけど、愉快犯の権化みたいなオーラはビシバシ漂っているからな……。
「とはいえ、難易度込みって言ってもランク付けるならハードくらいかなあ」
「ハードで済むのか?」
「だってあの人、お兄ちゃんのことめちゃくちゃ大好きじゃない。お兄ちゃんが「結婚しよ❤」って言ったら一二もなく頷くでしょ」
「あーあーあーあーあー!」
思わず声を上げた。
やめてくれ、そういう第三者視点からの好意判定は恥ずかしさで死ぬ。
顔を手のひらで覆うように悶える俺を見て、妹は呆れたように溜息をつく。そのまま、視界の端っこでベッドの上に寝転がった。
「こら、ドレスが皺になるだろ」
兄らしくメイドらしく、妹兼主人の行儀の悪さを注意する。
しかし。
「……お兄ちゃんがお嫁に行っちゃうのはやだなぁ」
「……」
聞こえてきた弱々しい呟きに、妹を引っ張り起こそうとした手が止まった。
その代わり、ベッドの縁に腰を下ろしてから、妹の頭をよしよしと撫でてやる。シーツに顔を埋めたまま、妹は器用に自分の頭を俺の手のひらにこすりつけてきた。
結婚……結婚なあ。
頭を撫でながら、難しい顔になる。
クリスと結婚すること自体は……………………ま、まあやぶさかでもない。
しかし、そうしないと世界が滅びるからって理由だと、正直微妙だ。いや、世界が滅んでもいいやとかそういう破滅的な理由では断じてなく。なんつーかこう、俺達二人の事情とは全く関係ないところからの圧でそうするのが嫌というか。
それに何より、妹を置いて嫁ぎたくない。
俺にとってのクリス、妹にとっての第二王子のように、俺達はこの世界でも絆的なものを育みつつある。最初は前世の延長としか思えなかった第二の人生は、正しく第二の人生として軌道に乗りつつある。
それでも、妹をひとりにしたくはないという思いは今も俺の中にある。
第二王子……ジャックのことを(兄としての複雑さとかを脇に置いても)いまいち信用しきれないというのもでかい。今でこそだいぶ妹にぞっこんだが、それだっていつ世界の強制力とやらでパーになるかわからないのだ。
世界が滅びるのにそんなこと言っている場合かよ!と思われるかもしれない。
だが、世界を救うということは、世界が、人生が続くということでもあるのだ。
この世界での結婚が現代日本以上に一生ものであることを考えると、「世界の滅亡には換えられないよな!」なんてあっさり割り切ることもできない。まあこれは、本当に世界滅びるのか?って疑問に思ってるのもでかいんだけど。
「……まあ、まだそれしか方法がないって決まったわけじゃないし」
「うん……」
「悪のフレールが今日明日やばいことをやらかすでもなし、司教に相談とかしながら他の方法も考えてみようぜ」
そんな案を出しながら、妹の頭をぽんぽんと優しく叩く。
しばらくしてから、こくりと小さな首肯が返った。
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