第51話:兄、夢を見る

 そこは、至って普通の部屋だった。

 普通、といっても俺が今いる中世ヨーロッパ風の世界の普通じゃない。

 この世界じゃお目にかかれない製本がされた本、製造までに数百年はかかりそうな電子機器の数々。極めつけは棚にぎっしりと詰められた、ゲームのパッケージ。

 現代日本、その中でもいわゆるオタクと呼ばれる奴の部屋が、目の前に広がっている。


(あっ、これ夢だ)


 そんな光景を前にして、まず俺はそう思った。

 夢を見ている時に、ふと今の状況が夢だと気づく。いわゆる明晰夢というやつだ。

 明晰夢のプロになると夢の内容を自由に変えられるらしいが、素人には結構難しい。夢だと気づいた時に、明晰夢のことを都合よく思い出すのがまずハードルが高いし。


 だが、どんなプロでも、俺が今見ている夢をコントロールすることはできまい。

 なぜなら。


「どもども~♪お久しぶりですね、お兄さん♪」


 俺が見ているのは、自称神様プレゼンツだからだ。


 俺もといフレールと同じ顔で、でも髪だけは平凡な黒色からかけ離れた銀色。

 神秘的な髪の色と、その顔に浮かんだどこか蠱惑的な表情が平凡という印象を感じさせない。同じ顔をしているのにスールみたいな美少女のような錯覚を受けるのは、中身が(性悪という但し書きはつくが)神様という証拠のように思う。

 それはさておき。


「夢を見てる間に話すことってできないのか?」

「できなくはないですけど、言葉による伝達は覚醒時に消失しがちなんですよね。ほら、夢は起きた直後なら覚えているけど、どんどん忘れていってしまうでしょう?」

「あー…」


 普通に納得してしまった。

 夢あるあるすぎて反論の余地がねえ。

 仕方ない、大人しく夢を見るか……なんか日本語としておかしいけど。


「えー、どれどれ?」


 妹の奴は確か、誰かのプレイ画面を見たんだっけか。

 話を思い出しながら視線を動かせば、パソコンと、その前に座る大人の女が目についた。

 自分の体を動かすくらいの自由度はある。ふわふわと浮きながら、女の人の肩越しにそっとウインドウを覗き込む。……俺のこと見えていたら、即座に裏拳食らいそうだなこれ。

 ちなみに前世の実体験である。みんなは真似しないようにな!




 パソコンのウインドウには、案の定(というかそうじゃなかったら困るが)ゲームの画面が映っている。

 ジッと見れば、それがお城のバルコニーっぽい場所であることがわかる。

 そしてそこには、鏡でしょっちゅう見る黒髪の女の子と、しょっちゅう俺の前に顔を見せる浅黒肌三白眼のイケメンが立っていた。

 女の子の格好は下女の服でもなければメイド服でもなく、ましてやネグリジェでもない。

 綺麗な装飾が施され、けれど派手すぎない、お姫様みたいなという表現が似合う白いドレスである。


『クリストフ様……』


 そんなドレスを身に纏った女の子の顔が、クローズアップされる。

 前髪が極端に長いわけでもないのに、なぜか不自然なくらい目元に陰があり、どういう顔立ちなのかいまいちわかりづらい。そんな中でも、頬が嬉しそうに赤らんでいるのはありありと伝わってくる。


『本当に……。本当に、私でいいのでしょうか……?』

『くどい』


 嬉しいけど、だからこそ信じられない。

 そう言いたげな女の子に対し、イケメンは語気を強くする。それに合わせて、今度はイケメンの横顔が大写しにされた。


『幸せにしたい女は、俺が決める。父上にも、弟にも、まして大臣達や民草にも決めさせはしない。病める時も健やかなる時も、俺はお前と共にいたいんだ』


 俺の好きな奴と同じ顔をしたイケメンが、女の子を熱烈に口説く。その光景になんともいえない気持ちを抱きつつも、肩越しにイベントを眺め続ける。

 アングル、三度の変更。

 カメラは再び二人の姿を同時に映し出す。

 さっきの画面と違うのは、イケメンが女の子の左手をそっと持ち上げ、その薬指に指輪と思われるものをはめているということ。


『だからフレール――俺の伴侶になってくれ』

『……』


 そんなプロポーズに、沈黙すること数秒。


『……はいっ。どうか私を、幸せにしてください。クリストフ様』


 女の子は、笑顔で返事を返す。

 それに少し遅れて、いかにもハッピーエンドな曲が鳴り始めた。




「……なぁるほど」


 納得しながら、俺は涙を流す女の人からそっと離れる。

「やっとハッピーエンドにいけた」とか「苦行だった……」とか、そういう言葉が聞こえてきたが、それは聞かなかったことにする。なあ妹、やっぱりお前が遊んでいたゲームってクソゲーなのでは?


「これがクリスルートの終わりってことか?」


 俺の傍にいた自称神様に向けた呟きだったが、振り向いてもそこには誰もいなかった。

 ……独り言になったじゃん!

 いや、別にいいけど!

 でも消える時は消えるって一言言ってくれても!

 女神への不満を頭の中で羅列した後、俺はもう一度パソコンの方を見た。


「……」


 映るのはエンドロール。

 スタッフの名前が上から下に流れていき、その横にイラスト(妹曰く、イベントスチルというらしい)が順々に表示されていく。

 他のエンドのネタバレになるものはさすがにチョイスされないのか、パッと見る限り、不穏そうなイラストはない。イケメンと女の子……クリストフとフレールの、出会いから結ばれるまでのイラストが、結婚式のビデオ上映よろしく映し出されるばかりだ。


 悪のフレールに俺や妹、クリスが殺されないために。

 集合体とやらに世界が滅ぼされないために、俺が目指すべきものが、今見ているものには全部詰まっていた。

 過程はさっぱりだし、クリスにあんなプロポーズされるのかと思うと恥ずかしいやら照れくさいやら寒気がするやらで複雑極まりない。っていうかあのフレールの台詞、俺も言わないとダメ?


 だが、そんな複雑さ以上のもやもやが、俺の胸の中にはあった。


「……どうせ聞いてるんだろ、女神さんよ」


 世界の危機とかは正直スケールがでかすぎてピンとこないが、妹やクリスの命がかかっている以上、俺は物語とやらを終わらせないといけない。

 だからこのもやもやは、本当は誰かに打ち明けるつもりはないのだが。


 ここは夢の中で、そして聞いているのは自称神様だけ。

 ならせめて、ここでくらいぼやいたって許されるだろう。

 だってよ。


「俺達はハッピーエンドで終わるにしてもさ。それじゃあ、悪のフレールはどうなるんだよ」


 これだとあの子、ずっと救われないままじゃん。


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