第48話:兄妹、世界のことを知る

「…………」

「…………」

「この世界が聖書の通り、数多の少女の上に成り立っているというのは女神から聞いているな?」


 ぽっかーんとしている俺達と後目に、司教はぐいぐいと話を進めていく。

 ちょっと待ってくれよ情報の整理をさせてくれ!

 そう叫びたくなったが、今の段階じゃいくら整理したって飲みこめないことに気づく。なんだよ世界を救えって。意味わかんねえわ。


「……おう」


 なので、さらなる情報を得るべく、こくりと奴の言葉に頷いた。

 それを確認してから、奴は改めて口を開く。


「こういった世界を、微小世界と呼ぶらしい。微小世界は魚や虫の産卵の如く生まれるだけならば無数にあるが、育つものは少なく、神の観測に足るほど続くものはさらに少ないそうだ。この世界は、そんな継続に足る世界の一つだと女神は言っていた」

「びしょーせかい……」

「頭が悪そうなおうむ返しを女神の顔でするな」

「うっせーわい!」


 お前の台詞が小難しすぎるんだよ!


「微小世界は洗練されればされるほど、より安定していく。そうした微小世界は神の住まう世界で聖書となり、絵物語となるそうだ。もっとも、中には洗練されたものとは程遠い、物珍しさや奇抜さでそうなっているものもあるそうだが……今は脇に置いておこう」

「なんか、ノベライズとか漫画化みたいな話ね」

「なんでもオタク文化で例えるんじゃない」


 余計な茶々を入れる妹をたしなめてから、司教の方を見る。

 意味不明な感想を言われただろうに、イケメンは気にした風もない。一拍置いてから、俺達と作風が違う話を続けた。


「問題は、僕達のいる世界が安定からは程遠いということだ」

「……えっと、つまり?」

「微小世界は基本的に、ベースとなった『原型』に依存する。世界そのものが安定していれば『原型』から逸脱しても多少問題はないが、そうでない場合、世界の強制力による印象操作や行動操作によって無理な軌道修正がたびたび入るんだよ。これはお前達こそ、身に覚えがあるだろう?」

「あー……」

「うん……」


 速攻で心当たりが思い浮かんだ俺と妹は、揃って遠い目になった。

 第二王子……いー兄さん……セザール様……うっ頭が。

 ひとしきり頭を痛めたところで、はて、と首を傾げる。


「でも、それは前に女神から聞いたぞ?それが世界を救ってくれなんてたいそうな言葉に繋がるなら、会った時に教えてくれそうなもんだけど」

「お前が女神と謁見した時から状況が変わったんだ。正確には、お前が女神と謁見したことで状況が変わったという方が正しいがな」

「パードゥン?」

「もう一人のフレールのことは覚えているな?」

「ああ、素フレールのこと?そりゃあもちろん」


 俺のために、体を俺に明け渡してくれた女の子だ。忘れるはずがない。しょっちゅう脳内でチアのボンボンを振りながらエールを送ってくるビジョンが浮かぶせいで存在感が薄れないというのもあるけど。


「改めて思うけど、お兄ちゃんネーミングセンスなさすぎじゃない?」

「やかましい」


 お前人のこと言えるネーミングセンスじゃないだろ。


「お前達兄妹は話の腰を折る趣味でもあるのか?」

「「ご、ごめんなさい……」」


 そんなやりとりをしていると、さすがに司教に怒られた。

 心底呆れたような眼差しに晒され、兄妹揃ってしゅんとなる。

 お叱りの言葉を重ねて話が脱線するのが嫌だったのか、それで許してくれたのか、司教は小さく溜息をついてから仕切り直すように体勢を変える。それに居住まいを正し、話を聞く姿勢をとった。


「ではそのフレールだが、お前達はあれをなんだと認識している?」

「何って……前世の記憶を取り戻す前のフレールの人格だろ?」


 司教の質問にそう答える。だって他ならぬ自称女神がそう言っていたし。

 それに返ってきたのは、首を横に振る動作だった。


「実は、違う」

「えっ、マジかよ。あいつ俺に嘘ついてたの?」

「あいつと呼ぶな、不敬だぞ」

「でも嘘じゃん!」

「あの時点で真実を伝えるには不都合があったんだよ。どういう選択をするにせよ、お前が女神の間に来た段階で神の観測は終わる予定だったんだ。観測が終わった後の世界では処理できない真実を口にすると、世界の継続に不都合が生じるようでな。表層の整合性だけを考えた虚偽も問題がないわけではないそうだが、『セッテイミカイシュウ』に比べれば影響は少ないとのことだ」

「つまり……どういうこと?」


 耳に馴染みのないイントネーションでなんか凄いことを言われた気がするが、また話の腰を折ったとも言われたくない。

 もっと簡潔にしてほしいという旨だけを伝えれば、なんか呆れた顔をされた。なんだよ!どっちかってとお前の方が場違いだろ!


「あの時点では真実を言う必要がなかったということだ。お前の魂が再転生した後、フレールという人間から「前世を思い出してからの記憶」が喪失するのは変わらないからな。わざわざ不要な風呂敷を広げる意味がなかった」

「それって、前世を思い出す前の人格になるのと何が違うの?」


 怒られるのを恐れず、そんな質問を投げかけたのは妹だった。

 ……うん、そこは気になるよな。

 俺から女神やフレールの話を聞かされた時、元のスールの人格はどうなったのか気にしていたんだよな、こいつ。いくら本来のスールが見た目全振りの性格最悪の女の子だからとはいえ、押しのけていいわけじゃないというのが妹の主張。……まあ、自分の中に不満たらたらな人格がいたら嫌だなってのもあるらしいが。

 そっちの人格の出し方も干渉の仕方もわからないから(階段から落ちるのを提案されたが即座に却下した。当たり前だ馬鹿)、気にしてもしゃあないと割り切っていたんだが。答えが出るなら聞いてみたいだろう。

 質問の意図というか、込められたものを察したのか。司教は怒ったりも呆れたりもせず、質問に答えるべく口を開く。


「大いに違う。そもそもの話、前世の記憶を思い出したからといって、それ以前の記憶が別人格として独立するわけじゃないぞ」

「えっ、そうなの?」

「僕に言わせれば、一つの結果が全ての類似事例に当てはまると思い込む方がナンセンスだがな」


 余計な一言を添えてから、司教は話を続ける。


「女神の受け売りではあるんだがな。前世を思い出した時に転生者の人格が強く出るのは、数十年分の記憶を一気に思い出すためだ。記憶の濁流で今までの人格が一時的に上書きされ、それが時間の経過で定着するに過ぎない。それだって結局は記憶が統合しただけで、前世と今世で人格が分裂することは基本的にないそうだ」

「あ、そうなんだ」

「お前が今のお前でいるのは、かつての性格でいることへの危機感があるのと、記憶を共有できる相手がいるからに他ならない。スールという人間の未来を潰したなどと思うのは、見当違いの気の回し方だ」

「……司教さん、口悪いけど良い人だよね」

「これでも日々、迷える子羊を導いているからな」


 そう言って肩をすくめる司教と、そっと頬をほころばせる妹。

 うーん。悔しいけどめちゃくちゃ絵になるな……じゃなくて!


「じゃあ、素フレールは一体何だって言うんだよ」


 至極まっとうな俺の疑問に、司教はやっと本題に入れるとばかりにもう一度肩をすくめてから口を開いた。


「あれは、この微小世界そのものだ」

「……はい?」


 同じ引きばかりになるが、これが最後になるので安心して欲しい。


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