第25話:兄、困惑する
「今日はお引き取り下さいクリス様」
「だが」
「お引き取り下さい」
「さすがに気になるんだが」
「帰れ!」
「……」
お土産にはちみつクッキーをもたせたクリスを丁重に帰宅(帰城?)させた後、俺はぐずつく妹を宥めすかしながら彼女を部屋に連れて行った。
妹ことスールお嬢様が急に情緒不安定になるのには屋敷の人間もすっかり慣れたもので、道中ではあらあらフレールさん今日も大変ねえなんて生温かい眼差しを向けられた。まあ使用人の皆々様にしてみれば、三年前の性悪スールお嬢様よりはたまに奇行をとる心優しいスールお嬢様の方が何倍もマシなので仕方ないが。
前世の記憶をインストールする前の本性を知らないご当主様&奥様も今のスールにはそんなに不満もないようなので、隠していても滲み出ていたんだろうなあと密かに察するばかりである。
閑話休題。
「どうしたんだよ急に……」
「ぅぅ…っ。もぐもぐ…」
頭をぽんぽんと軽く叩きながら、泣きじゃくる口にクッキーを入れる。
妹はそれを咀嚼した後、口を開いた。
「あのね、かくかくしかじかで……」
その説明に、俺は思わずしかめっ面になった。
「……クリスが俺を監禁した挙句に殺しただあ?」
「女神様が見せてくれた光景だし、そういう分岐があるのは間違いないわ!」
「……」
うーん。
そんな馬鹿なことあるわけないだろはっはっはっと笑い飛ばしたいのはやまやまなのだが、情報ソースがあの自称神様とあっては難しい。
自称神様に対する信頼度ではなく、俺達が慌てふためくのを見たいがために真実を教えてくるキャラだろあいつという確信に似た何かだ。
だって百パー親切心なら、まずどんな選択肢を選んだらそのエンドに分岐するか教えてくれるよな!
なんで一番やべーとこしか見せねえんだよ!
ロードしたらその一番やべーところから始まったスーツのお姉さんの趣味もちょっと気になる所だが、関係ないので無視しておこう。というか好奇心で突いちゃいけない深淵な気がする。猫よろしく殺されたくない。
うーん、しかしなあ。
「あいつが俺を監禁のち殺害……」
信じられん。
素直な感想である。
だってクリス、俺が嫌がっているってわかったら引いてくれるだけの意志力は持っているのだ。その前段階で承諾なしのき、キスをされたけど、あれはまあ俺も断固としてあいつを拒否ってなかったのも悪かったし……。
そんな奴が、拉致監禁なんてやらかすだろうか?
「クリス王子って独占欲強そうだから、俺のものって意識になったらまた違うんじゃない?」
「うーん、どうだろうなあ」
そういう感じもしないんだよな、あいつ。
正直なとこ、あいつと付き合ったら一気に男女交際のABCとか駆け抜けてしまうもんだとばかり思っていた。
だが、俺が告白に返事をした後、感極まって長いき、キスをしながら抱きしめられたくらいで、それ以降は別に進展もない。まだ二ヶ月くらいしか経っていないというのもあるけど、さっきみたいなのがたまーにあるくらいだ。
自分の欲望をごり押しして、俺に無理強いをしてくるとは思えない。
俺様系王子様は、予想以上に紳士的だった。
ちなみにクリスが「待てのご褒美」をもらったことは一度もない。
今日みたいに邪魔が入ったりだとか、俺がガチガチに緊張しているのを見て笑って解放してくれたりだとか、まあそういうことが重なったわけだ。
つまりあの日以来、俺達はき…ああもう吹っ切れ俺!
とにかく、俺達はキス未満のことしかやっていなかった。未満もちょっと怪しい気がする。俺からは絶対にハグとかしないし、あーんも基本拒否ってるので。
……あれ、俺酷い奴じゃない?
っていうかクリス、聖人すぎない?
好きな女の子と相思相愛になれたってのにこんなにも我慢できるとか、あいつめちゃくちゃ凄い奴なのでは。俺だったら正直無理だと思う。
「……」
思い返して、ちょっとへこんだ。
俺、そんくらい我慢させてるんだよなあ、クリスに。
あいつは俺の中身に男が混じっているのを知っているから、そこまで切羽詰まってないのもあるのかもしれないけど。そういうのがあったとしても、やっぱ俺のことを気遣っているのが第一なんだろう、あれは。
いやあでも、うん。
へこみはするけどどうしようもないっていうか……。
だって俺、前世では男だったのよ?しかも結構ばっちりその時の意識とか価値観とか引き継いだ状態で人生の二周目をやっているわけで。
女の子としてあいつを好きになったとはいえ、そんないきなり切り替えられるほど俺も器用にはできていない。好きな野郎とちゅーしたいよなあなんて女の子の心が思ってはいるが、野郎とちゅーするなんてとんでもないぜと主張する男の心も健在なわけで。
「……」
「お兄ちゃん?」
「うおっ!?」
考え込んでいたら、いつの間にか目の前に美少女がいた。
びっくりした!あと睫毛ながっ!
毎日見ているはずなのにちっとも見飽きない美少女フェイスに、バクバク心臓が跳ね回った。今生のうちの妹、ほんと美少女すぎる。どうしてこんな美少女が悪役令嬢になるんだ?乙女ゲームスタッフの趣味はわからん。
俺もなあ、こんだけ美少女ならなあ。
妹の目に映る平凡フェイスとにらめっこしてから、心の中で小さく溜息。
……妹くらい美少女だったら、あいつも我慢とかしてないのかねえ。
あるいはこう、お色気むんむんなナイスバデーだったら。
――――って、いやいや。
不意によぎった思考を振り払うように、俺は頭を振った。
「どうしたのお兄ちゃん、いきなり百面相なんかはじめて」
「似た台詞さっきも聞いたな……いやまあ、なんでもないから気にすんな。それより問題はデッドエンドだデッドエンド」
首を傾げる妹の疑問は無視して、俺は強引に話を戻した。
「要するに、俺があいつに監禁されるような事態にならなきゃいいんだろ?」
「すっごく簡単そうに言ってるけど、そんな簡単にいくことかなあ」
「簡単にいってくれないと困るのはまず俺だからな……」
簡単な話じゃないのくらいわかっているが、無理ゲー認識はしたくない。だって詰んだらつまり俺が死ぬってことじゃん。
そんなやべー死に方はまっぴらごめんです。
つーかほんとこのルートどうなってんだよ!不意打ち即死選択肢があることは知っているけどさ!
「えーっと、画面端で死んでいた誰かさんがいたわけだよな?」
「うん」
「つまりだ。第三者に介入されることで、その分岐に入っちまうってことだろ?」
「そうなるわね。台詞的には、殺された人にクリス王子が嫉妬してたってことなんだろうけど……」
「なら、話は簡単だ。クリスに嫉妬させなきゃいい!」
嫉妬で人殺しをしてそのままフレールまで殺してしまうというなら、そもそも前提条件を発生させなければいいのだ。
我ながら完璧な案だな……だって俺、クリス以外の野郎好きになるわけがないし。
「……」
「えっ、なにその目」
俺が冴えわたる脳細胞に惚れ惚れしている一方で、妹が向けてきたのはなんとも複雑そうなジト目だった。
なんだよ。完璧だろこの案!
「……えーっと。すごーく言いづらいんだけどね?」
「おう」
「お兄ちゃん、クリス王子が嫉妬なんて感じないくらいあの人といちゃいちゃできる?」
「……えっと、それは」
「貴方以外の男を好きになるわけないだろって主張だけは多分無理だよ?主人公のそういう思いが攻略対象に伝わったゲーム、見たことないもん」
「…………よし!別の案だな!」
我ながら惚れ惚れするくらいの手のひら返しだった。
そこからさらに話はしたが、落としどころが完璧な名案なんて思いつくわけもなく。
その第三者っぽい奴が出てきたら考えようという結論に至り、俺達は少し遅くなったお茶の時間をすることにしたのだった。
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