第15話:兄、ピンチになる
前回までのあらすじ。
殺されそうなう。
(なんでだよ!!)
おかしいだろ!!
そう叫びたかったが、口を塞がれているのでむがむがという声にしかならなかった。
むがむが言う俺を、執事長は憐れむような目で見下ろす。いや、憐れまなくてもいいんで状況説明を、状況説明をしてくれ!
どういう心積もりでこういうことしているんですかお前!
「とはいえ、よくわからないままも嫌でしょう。冥土の土産として教えて差し上げます」
必死に念を飛ばしているのが通じたのだろう。
執事長はまるで悪の中ボスみたいなことを口にした。
RPGとかにいるよね、こういうやつ。紳士的な見た目で、主人公達に知識マウントとろうとしてプレイヤーが知らない情報を教えてくれるやつ。
まさかリアルでお目にかかるとは……。
「……なんだか失礼なことを思われている気がしますね」
「むーっ、むーっ!」
俺は必死に首を横に振った。
鋭いなこいつ!
「まあ、いいでしょう」
幸いそれ以上追及を受けることはなく、執事長は小さく息をついてから俺を改めて見た。
「ジャン=クリストフ様は、いずれこの国の王になる方です。そんなお方が、貴き身分を持たないメイドに入れ込むなどあってはならないこと」
うん、それは俺もすごくそう思う。
こくこくと頷いた。
「これが遊びならばよいでしょう。英雄色を好むとも言いますからね。監督が届きやすい城のメイドではなく貴族の側仕えに手を出すのはいただけませんが、そこはまあ、なんとかなりますしね」
なんとかなるのか?
本当か?
トラブルになる前にやめさせた方がいいんじゃないのか?
「ですが、本気はいけません。道ならぬ恋に落ちるなど、未来の王にあってはならないこと。……クリストフ様を幼少の砌より見守ってきた執事長イーラ、かのお方の道行きに悪影響が与える存在を見過ごすことはできません」
精神衛生上聞かなかったことにしたい発言があったのはスルーするとして。
それ、本当に俺を始末しないといけない案件か!?
直接本人に言えばいいじゃんよ!
「頑固なあのお方のこと。直接進言したところでより意固地になるのは目に見えています。その結果、貴方と駆け落ちなどされてはたまりませんからね」
俺の考えを汲んだのか、執事長は溜息混じりにそんなことを言った。
そうだね、やりかねないね。
「むしろ進言しなくてもやりかねないところがあります。先日、ジャン=ジャック様に「お前が王になっても問題ないよな」などと零しておられましたからね」
アサシン!!
おいこらてめえ!お前の迂闊な発言のせいで俺がピンチになっているぞ!
キレ散らかしたい気分だったが、悲しいことにもごもごという声にしかならなかった。
「貴方にクリストフ様を拒むように言っても意味はないでしょうからね。私がそのような進言をしたと密告されても困りますから、実力行使をとらせていただく所存なのです。わかりましたか?」
ちっともわからないわボケ!
いや、言えよ!拒むかもしれないだろ!拒むよ俺!
なんでこの世界の奴らは報連相できないんだよ!もっと人に相談しろ!あとなんでも暴力で解決しようとするな!平和的に話し合え!
思い込みが激しいにもほどがないかと思ったが、イケメン王子から駆け落ちしようなんて持ちかけられて断る方がレアケースなんだろう。これを拒む女の子なんて、既に好きな相手がいるか、イケメンが嫌いかのどっちかだ。
俺が女だったらいちにもなく頷いていた。
まあ心が男なので、全力でお断りなんだけどな!
「何人かに貴方といるところを目撃されましたが……。私は王子付きの執事長ですからね。物取りの犯行に見せかければ、まさか私が殺したとは思わないでしょう」
そんなことを言いながら、執事長はナイフを持つ手を掲げた。
やばいやばいやばい!
どうすっかなこのデッドオアアライブ!
俺は頭をフル回転させて考えた。
幸い、俺をか弱い女の子と思っているのか、俺を抑える力はあまり強くない。多分一回くらいなら、口を塞ぐ手をどかすことができるだろう。
とはいえ本当に一回きりのチャンスだ。
一言二言ですぐに塞がれるだろうし、次はもっと力を入れられるに違いない。
助けを呼ぶ?
却下だ。聞こえたところで助けはすぐ来ないだろうし、そんなの叫んだ直後に首を掻っ切られてもおかしくない。
アサシンにはもう近づかないと言う?
これも駄目。執事長が信じない可能性は高いし、今さらそんなことで思いとどまってくれるならそもそも俺はこういう目にあってない。
命乞いをする?
同上の理由でこれもアウト。俺が国宝級の美少女なら効果てきめんかもしれないが、あいにくと俺ことフレールちゃんは平凡フェイスの平凡な女の子である。
お色気作戦?
却下。繰り返すがフレールちゃんは平凡な女の子だ。おっぱい育ったら自分のでも揉むの楽しくなるかなと思っていた時期があったが、Cカップおっぱいの成長はここ一年まるでないので望み薄である。
あれも駄目、これも駄目。
八方塞がり……ではないのだな、これが。
一番この執事長にクリティカルヒットする手札を、俺は持っている。
これを切ると後々面倒なことになるのが火を見るよりも明らかだから後回しにしておいたが、正直そんなことも言っていられない。命あっての物種だ。
そんなことを考えている間にも、話は終わったとばかりに執事長が短剣を構えた。
やばいやばいやばい。
なりふり構っていられない。
俺は渾身の力で口を塞いでいた手を引き剥がすと、息を大きく吸い込んだ。
「いー兄さん、やめてっ!」
ぴたっと。
俺に短剣を振り下ろそうとしていた手が止まった。
よかった、この呼び方に反応した!
あっちが俺のことを忘れている可能性は十分にあったので(何せこうして殺そうとしているくらいなので、昔のフレールと顔が一致していないか忘れているだろうし)、めちゃくちゃヒヤヒヤしていた。
だが、リアクションはあった。
ひとまずはそれに安心して、執事長の出方を窺う。
「……」
そのままの体勢で黙った執事長は、再び俺の口を塞ぐこともなく、ジッと観察するように俺の顔を見ている。
一瞬金的をかまして逃げてやろうかと思ったが、それで下手に記憶が飛んでも困るのでやめておいた。あとやっぱりこう、同じ男としてその攻撃は、うん。最終手段だよな。
男として命拾いしたとは露知らず、執事長は俺を見つめ続ける。
イケメンの見つめる攻撃に、俺が耐えられなくなってきたところで。
「……フー?フーなんですか?」
孤児院時代の俺の呼称を、信じられないと言いたげに口にした。
こくこくと、俺は必死に首を縦に振る。ここでそれを疑わられたら大変まずいので、そりゃあもう必死だった。
ヘッドバンキング並みの首振りが通じたらしい。執事長改めいー兄さんは俺から体を離すと、短剣をしまう。そしてまた、まじまじと俺のことを見た。
「……大きくなりましたね、フー」
「そりゃあ、いー兄さんとおわかれしたのは六年以上も前のことだから」
「それもそうですね。六年。そうですか、もう六年も」
感慨深そうに息をついてから、いー兄さんは俺の方に手を伸ばす。
さっきまで絶賛命の危機だったので、つい身構えてしまう。けれどその手はぽんと頭の上に置かれて、そのまま左右に動いただけだった。
「久しぶりです。フー」
「うん」
目を細めて笑ういー兄さんに、俺も小さく頷いた。
ところでお兄さん、懐かしむのもいいんだけど俺に何か言うことない?
そんな気持ちが顔に出ていたらしい。いー兄さんはいったんいたたまれなさそうに目を逸らした後、すまなさそうに視線を戻した。
「その。フー。……すみませんでした」
「わかればよろしい」
ふんすと鼻を鳴らす。
男口調で喋ったら不審の目を向けられかねないのでそっちは要封印だが、いわゆる幼馴染というやつである。普段よりは気さくな口調を使った。
今なら、こっちの言い分もちゃんと聞いてくれるだろう。
そう思い、あのね、と口を開く。
「私はクリス様のことが好きじゃないし、駆け落ちとか言われてもい……スール様を放っておいて頷かないから」
「……フー」
「ん?」
「フーはもしかして、異性を恋愛対象に見られないのですか?」
「は?」
「そうでもなければクリストフ様に懸想されて平然としているとは思えない……まさか、先ほどの私の発言を気にしてそんな嘘を?」
「違うからね!?」
どうしてアサシンが好きじゃないってだけでレズになるんだよ!
そりゃあ心は男だから女の子の方が好きだけどさ!
「しかし、クリストフ様に懸想しない女子がいるとは……」
いー兄さんはまだ信じられないという顔をしている。
この人、義弟に負けず劣らずアサシンのこと大好きだな?
どうしてあいつの周りにはあいつに極大感情を向ける野郎しかいないんだ。そういうのはホモゲームでやれ、乙女ゲームでするな!
「ちゃんと異性が好きだし、嘘もついてない。かっこいいとは思うけどそれだけで、王子様を恋愛対象として見るなんてそんな恐れ多い」
「ふむ…」
弁明すれば、いー兄さんは考え込むように顎をさする。
これ、女の子が好きですって正直に答えた方がよかったのでは。今さらそんなことを思うが、今それを言っても逆効果だろう。返事をミスったなと反省しながら、黙りこくるいー兄さんの反応を待った。
「……フーは鈍いから、クリストフ様に懸想されている自覚がないのか」
「はい?」
「いえ、なんでもないです」
なんなんだよ。小声だったから聞こえなかったし。
なんか馬鹿にされたような気がしたが、突っつくとやぶ蛇になる予感がしたので懸命な俺は追及しなかった。
「しかし、フーの方はそれでいいとして、問題はクリストフ様をどうするか……」
とりあえず俺の言い分は納得してくれたらしい。
そんなことを言いながら、いー兄さんは腕を組んだ。
悩むのはお任せするけどさ、時と場所を選んでくれない?
「あのー。そろそろ帰らないとスール様が心配するんだけど……」
「おっと、そうでしたね」
声をかければ、すぐに思考から戻ってきてくれた。
「屋敷まで送りますよ、今度はちゃんとね」
そう言って、お嬢様をエスコートする執事よろしく手を差し出してくる。
「いや、もう子供じゃないから」
俺はそれを丁重にお断りした。野郎と手を繋ぐなんて嫌です。
残念そうな顔をしたいー兄さんを無視して、さっさと歩き出す。
はー、やれやれ。今回のこと、妹にどう説明すっかなあ……。
「子供扱いは嫌、と。なるほど」
後ろから不穏な言葉が聞こえた気がしたが、一連のやりとりでだいぶ参っていた俺のメンタルは何も聞かなかったことにした。
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