第13話:兄、相談する

「えっ、ジャック王子が私のこと好き?いやねえお兄ちゃん、そんなわけないでしょ?」





「そんなわけないだろ!」


 俺は叫んだ。

 好きでもない女の子のところに足しげく通う野郎がいてたまるか!

 お城訪問から三ヶ月。義兄に倣うようにルクスリア家に通うようになったジャックこと義弟は、どう考えても俺の妹に気があるようにしかみえなかった。

 同じ男だからわかる。あれは恋する野郎のツラだ。

 なんつー手のひらドリルをしやがるんだあのイケメンは。

 そりゃあ今世の俺の妹は美少女さんなので惚れる気持ちはわかるが、それとこれとは話が別である。自分になびくはずがないと思い込んでいる妹にアプローチを全スルーされているのは同じ男として可哀想だが、それとこれとは話が別である!大事なことなので二回言いました。


「なんとかジャック王子に諦めてほしいんだけど、どうすればいいと思う?」

「まずは俺がなぜそんな話に付き合わなくてはいけないかを説明しろ」


 向かいの椅子に座るアサシンは、あからさまに不機嫌そうな顔でそう言った。


「だって、こんなこと相談できるのお前しかいないし……だめ?」


 冗談めかして、小首を傾げてみる。

 うっわーないわーとやった直後に思ったけど、見た目の性別は女の子だしセーフ。セーフだということにしておく。

 他にこんなこと話せる相手がマジでいないので、こいつに拒否られると俺には一人脳内会議しか道がない。できればそんな悲しいことはしたくないから受け皿になってくれると助かるんだが……っておいこら!


「人がわりと真剣に頼んでるのに気持ち悪そうにするのやめてくんない!?」


 口元を手で覆って顔を逸らすとかどういう了見だこら!

 お前、仮にも俺に気があるならこれくらい笑って流せよ!


「気持ち悪くは思ってないが……お前、それを他の男の前でするなよ?」


 俺の抗議に対し、アサシンは顔を背けたままそう返す。

 言われなくても誰がやるか。冗談でも自主的に女の子っぽい仕草をするもんではない。


「くそ、可愛い……」

「あん?」

「なんでもない。……言ってやるのが癪だ」


 何やら小声でぶつくさ言っていたので、声を低くして聞き返す。

 アサシンはどこか気まずそうに首を振ってから、改めて俺の方を見た。後半もなんか小声でぶつぶつ言っていた気がするけど、嫌な予感がしたのでそっちはスルーした。


「しかしフレール、そうは言うが俺にどうしろと言うんだ?」

「できればなんとかしてほしいけど、無理そうなので俺の煩悶を聞いてほしい。俺の葦になってくれ」

「葦?……ああ、ミダス王の理髪師の話か。妙なことを知っているなお前は」


 ミダス王って誰だ。

 思わず首を傾げたが、理髪師という言葉で似たような童話がこの世界にあるんだなと察した。ロバの耳が生えた王様のことを、どの世界の美容師さんも草に言わずにはいられないらしい。


「クリス様もよく知ってんね。王子様でも童話とか読むんだ」

「様はいいと言っているだろうに。……小さい頃から本は読んでいたからな。もっとも、童話や寓話はイーラに読み聞かせてもらっていたのが大きいが」

「イーラって……執事長?」

「ああ。あいつは童話や寓話が好きでな、俺の世話係をしていたころは寝物語によく聞かせてくれたものだ。外聞が悪いからと、俺以外の前でこういう話をすることはないらしいが」

「男で童話寓話が好きって言いづらいもんなあ、わかるよ」


 俺も妹に読み聞かせしようと読んでいるうちに好きになったタチだが、そこそこレベルでも好きとは言いづらかったものだ。図書館でも借りるとちょっと意外そうな顔されるし。


「ところで執事長さんの秘密、そんなほいほい言っていいもんなの?」

「誰にでもはしない。義弟にだって話したことはないぞ。……こら、お前こそ人が真剣に言っているのに微妙そうな顔をするな」

「だって困るし……」


 お前が特別だって遠回しに言うのはマジでやめてほしい。

 反応に困る。


「意図が通じているのは何よりだが」

「そこで笑うのもやめてくんない?」

「もっと言ってやってもいいんだぞ?」

「やめてくんない!?」

「くくっ」


 笑うのもほんとやめてほしい。



 不服を隠しもせずに睨んでいると、話を戻すかとアサシンの方が話題を戻してくれた。


「無理そうだという判断は正しいな。俺にもルクスリア家にも利がない。スール嬢があの時のことを引きずってジャックを忌避しているのならやぶさかではないが、あの豪胆な娘は全く気にしていないようだしな。だからこそジャックの琴線に触れたとも言うが」

「あの手のひら返しを許してないからな」

「お前が許さないからなんだという話でもある。一介のメイドが、個人の私情でどちらにとっても望ましい関係を崩していいわけないだろう」

「ぐぅっ」


 思わず呻いてしまった。

 そうですよねはい。わかっていますとも。

 妹にその気がないけど、あれだって自分とフラグが立つわけがないっていう思い込みからだからなあ。思い込みが解けた上でないわーって感じでも、それならそれで妹側が拒否ってしまえばいいわけだし。


 つまりは俺のお兄ちゃんソウルが納得していないだけなのだ。

 いやまあ、この世界観で一生結婚しないとかシスターを志すしかないっぽいから、良縁があるならそれに越したことはないという兄心もあるにはあるんだが。俺とずっと一緒にいたいって言ってくれた妹の気持ちはめちゃくちゃ嬉しいが、それはそれ。

 でもなんかあいつはむかつく。俺の妹に変な言いがかりつけてきたし。

 手のひら返した後は本当に良い奴だけどさ!

 どこぞの義兄と違ってぴゅあっぴゅあっだし、礼儀正しいし、お土産だって持ってきてくれるし。妹と健全に距離を縮めようという姿勢は評価する。

 アサシンはもっと見習うべきでは?


「どうしてそこで俺に抗議の視線を向ける?」

「だってお前、弟と違ってお土産持ってこないし……」

「手ぶらではないだろう」

「砂糖とか香辛料とか食用油とか持ってこられてもさあ!」


 お菓子の数倍値が張るとわかっていても、未調理のものをお土産にされても困る。料理長は喜んでいるし、料理の質が上がるから当主様奥方様もご満悦だけど!


「そろそろ何か作れ。話は聞いてやるから」


 そう言って、アサシンは顎で部屋――厨房をしゃくった。

 ポテトチップスを食べさせて以来、俺の作るものに興味津々らしい王子様は、ルクスリア家に来るたびに俺をここに連れてくるようになった。なのですっかりここが話し場所として定着している。

 人様んちを訪ねてきて、何か作れと要求するとか何様だ?あ、王子様だったわ。


「しっかたねえなあ……」


 料理を要求しだすと、このわがまま王子はてこでも動かなくなる。

 俺は溜息をつきながら立ち上がると、エプロンをつけた。


「今日は何を作ってくれる?」

「クリス様がシナモンと砂糖持ってきたから、ドーナツ」

「ドーナツ?」

「んーと、揚げたパン?ケーキ?みたいな?」


 前世の俺だったら作らなかったものだが、料理長に親切に教えてもらったのもあってレパートリーもだいぶ広がっている。俺は慣れた手つきで小麦粉と卵、牛乳、砂糖、そして重曹を用意した。ベーキングパウダーってないらしいねこの時代。

 用意したものを順番に混ぜていき、少し硬めの生地を作る。

 生地を一部だけ取り置いてから、打ち粉をした台の上で細長い棒状に成型する。そしてそれを、熱しておいた油の中に入れた。

 火が通っていく生地が、甘い香りを漂わせる。


 鼻をひくつかせたアサシンが満足そうな顔をしているのにドヤ顔をしつつ、あいつが持ってきた砂糖とシナモンをバットに入れた。普段ならもったいなくてとてもじゃないけどできないが、出資が王子様なので気にすることなく贅沢に使っていく。

 バットを軽く前後左右に振って、砂糖とシナモンを混ざり合わせる。

 油に入れた生地が良い具合に色づいたところで引き上げると、網の上で油を切ってから揚げた生地をバットの上に転がした。

 表面にうまくまとわりつくよう、またバットを揺らす。砂糖とシナモンの混合物がいい感じにコーティングされたところで、それらを皿に移した。

 おいしそうにできた。やるじゃん俺。


「い……スールとジャック様の分も作るから、先に食べといてよ」


 できあがりにひとしきり満足してから、そう言って皿をアサシンに渡した。


「面白い味のつけ方だな」

「贅沢な使い方だからなあ」


 感心した風なアサシンにそう返して、第二弾を油に投入していく。


「……」


 アサシンはしばらくしげしげと皿にあるものを見た後、コーティングされたシナモンシュガーを落とさないよう、慎重な手つきでドーナツを口に運んだ。

 一口食べて目を見開き、それから食べる速度を速める。

 その姿に満足感を覚えながら、俺は油を泳ぐ生地の面倒に戻った。



「しかしお前は、ジャックの何が気に食わないんだ?危害を加えようとした女に一転して好意を示すというのが気に入らないというのは、わからんでもないが」


 指についたシナモンシュガーを舐めとりながら、アサシンがそんなことを問いかける。

 一瞬また言うの?と思ったが、そういやさっきの口には出してなかったな。


「スール様は妹……のようなものだからな、近づく男は良し悪しに関係なく嫌なんだよ。クリス様だって義弟に近づく女にそう思わない?」

「悪い虫ならいざ知らず、良縁に思う相手を邪険に扱おうとは思わないな。さっきも言っただろう?俺に利がないと」

「くぅっ、クリス様のくせに懐が大きい……!」

「お前は俺をなんだと?いやまあ、スール嬢を一時でも悪い虫と見てしまった前科があるのでそう堂々ともできないのだがな。彼女の本質を見誤ったことは俺の恥だ。それを気づかせてくれたお前には感謝しているよ」


 そう言って、ふっと笑うのがわかった。

 振り返ったらどえらいイケメンが微笑んでいるのを見てしまうので、断固として振り向かない。うっかりドキッとしたら自己嫌悪で死ねる。


「どーいたしまして……」


 それだけ返すと、第二弾のドーナツを網の上に上げた。

 第一弾と同じように油を切ってからシナモンシュガーをまとわせて、皿の上に置く。アサシンの手が伸びそうになったので、ぺしっと叩いた。


「こーらっ。これはスール様とジャック様の分」

「一つくらいいいじゃないか」

「だーめ。俺の分ちょっと分けてやるからそれで我慢しな」


 まったくと呆れながら、取り置いておいた生地が入ったボウルを手にとる。

 その中にバットに余ったシナモンシュガーを入れてこねた後、小さい粒模様が増えた生地を同じ棒状に成型を始めた。

 砂糖のしゃりっとした食感はなくなるけど、これならきっちり材料を使い切れる。りんごにかけて焼くのも考えたが、今朝生のを食べたから気分ではなかった。


「……あ、そうだ」


 途中でいいアイデアが閃く。途中まで成型した生地をいったんほったらかしにすると、エプロンで手を拭きながらいったん厨房の端に移動した。

 そこには扉があり、開ければ貯蔵庫が顔を出す。ひんやりとした石畳の倉庫の奥にしまってある木苺のジャムの瓶を一つ手にとると、踵を返して厨房に戻った。

 棒状にした生地をちぎり、丸めて伸ばす。その上にジャムを置いて、それが零れないように生地を再び丸めた。

 丸めたそれを油の中に投入し、きつね色になったところでぽいぽいと網の上に置く。

 油が切れるのを待って皿に載せれば、ジャム入りドーナツのできあがりだ。


「話聞いてくれたお礼な。スール様達には内緒だぞ」


 一個つまんで掲げながら、ニッと悪戯の共犯を持ちかけるように笑う。

 悩みは解決してないが、人に言うとすっきりするものだ。それにアサシンには、義弟を軽くディスるのを聞かせたみたいなもんだしな。これくらいのお礼は当然だろう。


「……」


 当のアサシンは、なぜかぽかんとした顔をしていた。

 まぬけな顔もイケメンだと様になるのが本当に腹立つな。そんなことを思いながら、つまんだままのドーナツを食べようと口を開ける。

 しかし、俺が口に運ぶよりも早く、アサシンが手首を掴んできた。


「あっ!」


 そのままぐいっと引き寄せられたかと思うと、指ごとドーナツを食べられる。

 挙げ句ぺろっと指先を舐められて、ぞわわっと背筋に悪寒が走った。


「指ごと食べたら怒るって俺この前言ったよな!?」


 勢いよく手をひっぺがし、結構真面目に叱りつける。

 イケメンだからって何をしても許されると思うなよ!いやほんと!

 うあー、まだぞわぞわする。エプロンで舐められた指を拭いていると、ドーナツを食べ終えたアサシンがジト目を向けて口を開いた。


「今のはフレールが悪い」

「はぁっ!?」

「お前、俺に構われたくないのか俺により惚れられたいのか、どっちなんだ」

「前者ですけど!?」


 何を言ってやがるんだこのイケメン。

 半ギレが全ギレになりそうな俺を後目に、なぜかアサシンは困ったように溜息をついた。溜息つきたいのは俺の方なんだが!

 怒った俺はドーナツを皿ごと取り上げると、妹達の分も持って大股で厨房を出て行った。


「くそ、可愛すぎる……」


 後ろの方でアサシンが何か言っていたようだが、怒りでろくに聞こえなかった。

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