第12話:兄妹、城に行く

 それから数日後。

 当主様の元に、アサシンから手紙が届いた。

 一緒にお茶をしたいので是非にという、スール・ルクスリアへのお誘いである。

 もちろん当主様はこの手紙を見てたいそう喜んだ。狂喜乱舞ってやつだ。普段は物静かな奥方も、この時ばかりは嬉しそうにしていた。

 何せ王子様直々のお誘いである。

 娘に気があるのでは?玉の輿では?と思うのも仕方ないだろう。


 だが俺はキレた。

 謝罪する側が直接出向いてこないってのはどういう了見だ!

 この世界に電話やメールがあったら問いただしていたところである。

 しかし、そんなものはない。

 そして、無視するわけにもいかない。

 俺は釈然としないものを感じながら、当日妹ともに馬車に乗って城へと赴いた。


 ちなみに当の妹は、やばい目にあわされそうになったことに対してもうケロッとしていた。

 お前もうちょっと気にしろよ!とお兄ちゃんは主張したが、「同じ立場になった時にお兄ちゃんはシリアスを維持できるの?」と言われてぐうの音も出なかった。

 うん、無理だわ。数日後にはケロッとなっている気がする。

 転生しても、兄妹揃って人間がシリアスにできていない。



 さて、話は変わるが。

 前世の記憶を取り戻してからの一年。

 お嬢様付きメイドとして、妹とともにルクスリア家と懇意にしている貴族の家に赴いた回数は両手で数え切れないほどある。メイド長や前任が手取り足取り作法を教えてくれたおかげで(どっちも厳しかったので役得感はなかった)とんでもない失敗はせず、我ながらスマートにお付きがこなせていたと思う。

 だから、王城だろうと平気だと高をくくっていたのだが。


「…………でっか」


 城についた時、化けの皮が剥がれかかった。

 えっ、でっか。

 市場から見た時も大きいと思ったけど、近くで見るとなおでかいな!


「……」


 呆然とする俺の横で、妹も同じようにぽかんとしていた。

 転生生活も一年たつが、十数年培われた庶民根性は今世の記憶を保持したままでも簡単になくなるものではない。くそっ、王子二人は平気だったのに、これが建築物の力ってやつか。城のカリスマが半端なさすぎる。


「スール・ルクスリア様でいらっしゃいますか?」

「っ」

「ぅぉっ」


 仲良く呆気にとられていた俺達だったが、いきなり声をかけられて仲良くびっくりした。

 やべ、思い切り男のリアクションしちゃったよ。

 慌てて唇を引き結び、にっこりと女の子スマイルを浮かべることでごまかす。こういう表情筋の使い方は自己嫌悪に陥りそうになるからあまりやりたくないんだけど、状況が状況なので致し方ない。ごまかされてくれ。

 そう思いながら声をかけてきた誰かに顔を向けたところで、また男のリアクションが飛び出そうになった。


 いつのまにか俺達の傍に立っていたのは、執事服を着た長身の執事さんだった。

 執事さんは執事さんでも、ウルトラとかアルティメットとかそういうのが形容詞につきそうな、イケメンすぎる執事さんだったが。

 アサシンといい義弟といい、この世界には国宝レベルのイケメン何人いるの?

 ……いや待てよ?

 今までの傾向からすると、世界レベルのイケメンってことは。


「わたくし、執事長のイーラと申します。ジャン王子のご命令を受け、スール様をお迎えにあがりました」


 やっぱり攻略キャラだったよ!いたもんな、執事長!

 念のため妹に目配せをすれば、悲しげな様子で目を伏せられた。

 一年平和だったのに、アサシンがルクスリア家にやってきてからやたらとエンカウント率高くなったな。アサシン周りの人間関係を考えると自然っちゃ自然なのかもしれないが。


「スール様、どうぞこちらへ」

「……はい。ありがとうございます」


 丁重な言い方に、お嬢様の皮を被り直した妹はスカートの裾を軽く持ち上げて頭を下げる。俺の存在にはとことん触れられていないが、付き人とかメイドとかはいて当たり前みたいなもんらしいから今さら気にもならない。

 俺も同じように頭を下げてから、歩き出す執事長と妹に続く形で歩き出した。


「……」

「?」


 一瞬だけ、執事長の目が俺の方を見る。

 感情が読み取れない視線に首を傾げていると、すぐに顔を逸らされた。



 オーラ漂う城の中を進むこと十分。

 城の広さに対する辟易が城に圧倒されていた気持ちを上回ったころ、執事長の足がある扉の前で止まった。


「ジャン王子達が、こちらでお待ちです」


 そう言って、まずは扉をノックする。


「誰だ」


「イーラでございます。スール様をお連れしました」

「ん、入れ」

「失礼いたします」


 部屋の中から聞こえてきた偉そうな声に一礼してから、執事長は恭しい仕草で扉を開けた。

 通されたのは、おしゃれなティールームっぽい感じの部屋だった。

 紅茶と焼き菓子のおいしそうな匂いが漂う中、部屋の真ん中にあるテーブルに義兄弟王子が座っている。兄の方は気安い感じで片手を上げ、弟の方は丁寧に頭を下げた。


「立っていないで早く入るがいい」


 兄ことアサシンが、偉そうに言いながら手招きをする。

 まずは妹が入り、その後ろから俺が続く。

 そして執事長が殿につこうとしたが、それはアサシンが制した。


「あとはそこのフレールに支度をさせる。イーラ、お前は別の仕事に戻れ」

「しかし」

「イーラ」


 仕事を取り上げられた執事長は怪訝そうな様子だったが、アサシンに名前を呼ばれるとそれ以上は何も言わず、了承するように頭を下げた。


「では、失礼いたします。ご用の際はベルでお呼びください」


 そう言って、執事長はくるりと踵を返した。


「……」

「?」


 また、一瞬だけ執事長が俺を見る。

 えっ、何。いやほんと何。

 まさかろくに話してもいないのにルートフラグが立つわけもないだろうし……立たないよな?立たないよね?この平凡顔だよ?

 二度目ともなると、不安で意図を問いただしたくなる。

 しかし質問する暇もなく、執事長はティールームを出て行ってしまった。

 ほんとなんだったんだろう……。


「フレール、スール嬢」


 思わず執事長が出て行った方を見ていると、またアサシンが声をかけてきた。今度は少し拗ねたような感じで、お前もうちょっと堪え性ってもんをな。

 っていうか人に貴族界の暗黙のルールだなんだって言っていたくせに、さらっと俺の方を先に呼ぶな!逆だろ逆!隣の義弟も不思議そうな顔してんじゃん!

 妹とアサシンだけなら口で直接言ってやるのだが、残念なことに義弟がいる。

 さすがに気安く男らしく振る舞ってもいい状況でもないので(飛び蹴りをかまして今さらでは?とはちょっと思ったけど)、軽い咳払いで抗議の意を示した。


「スールお嬢様、こちらへ」


 そして妹のために用意されたっぽい場所に近づくと、メイドらしくそっと椅子を引く。お嬢様ムーブが板についてきた妹は、上品な仕草で腰かけた。

 椅子は四つ用意されていたけど、もちろんそれには座らない。

 アサシンが不満そうな視線を向けてきたけど、全力で素知らぬ顔をした。

 もう少し俺の身分を慮ってくれ。メイドが王族や主人と同じテーブルにつくとか、スールの中身が妹じゃなかったらクビになるわ。



「……スール嬢」


 アサシンに念を飛ばしていると、黙っていた義弟が口を開いた。

 おずおずと、という言葉がこれ以上ないくらい似合っている。この前とはまるで別人みたいだなと思っていると(多分妹も同じことを考えている)、椅子から立ち上がった義弟は腰を直角に曲げんばかりの勢いで頭を下げた。


「先日は誠に申し訳ありませんでした……!」

「えっ」


 妹こらっ。

 えっ、はないだろ!えっ、は!

 ケロッとしすぎて何に対しての謝罪かわからなかったらしく、妹は美少女顔をきょとんとさせている。さすがに焦ったが、当の義弟は気づかず謝罪の言葉を続けた。


「無礼な訪問をしたばかりか、あのような礼を欠いた振る舞い。悋気に当てられるという我が身未熟さで、私は貴方に酷いことをしてしまった」


 さらっと悋気って言ったなこいつ……。

 これお義兄ちゃん的にどうなんです?

 そう思いながらちらっとアサシンの方を見たら、複雑そうな顔をしていた。嬉しい半分微妙さ半分みたいな感じだ。気持ちはわからんでもない。下の子が異性なら嬉しいだけですむけど、同性だと素直に喜べなさそうだもんな。


「こんな謝罪の言葉だけで許していただけるなど思い上がってはおりませんが、それでもこのジャン=ジャック、誠心誠意お詫び申し上げる所存です……!」


 当の義弟はやっぱり周囲の様子に気づいた風もなく、さらに深く頭を下げた。よく頭から倒れずにいるなと、変なところで感心してしまう。


「……」


 さて謝罪されている妹はといえば、ぽかんとしていた。

 ケロッとしてしまったのもあるんだろうけど、妹の場合はそれだけじゃなく、悪役令嬢役の自分が攻略キャラに謝罪されるって状況が現実味ないんだろうな。

 悪役令嬢云々はともかく、曲解や言いがかりをされていたのは事実だし。

 しかし、それはそれとしてこれはちょっと義弟が可哀想である。俺は全面的に妹の味方なのであいつが悪いのは当然なんだが、ぽかんとされるのはさすがにちょっと……。

 王子義兄弟にばれないよう、そっと妹を小突く。

 それで我に返った妹は、軽く深呼吸をしてから口を開いた。


「顔を上げてください、ジャック王子」

「……」

「僭越ながら申し上げますと、確かにあの日ジャック王子がとられた行動は、王族らしからぬものでしょう。……ですが」


 気遣いに溢れた接続詞に、顔を伏せたままだった義弟が思わず顔を上げた。

 顔を上げてくれた義弟に安心したように笑うと、妹はさらに言葉を続ける。


「私も兄を持つ身です。大事な兄が、思わぬ形で距離をとってしまう。しかもそれが、自分が知らぬ誰かのため。そうなった時、知らぬ誰かに愚かな悋気を抱いてしまう気持ちはよくわかります」

「スール嬢……」

「ですから、私は気にしていません。恐れがなかったといえば嘘になりますが、それ以上に貴方様の家族に対する情の深さに共感いたします」


 そう言って、妹はにっこりと美少女スマイルを浮かべた。

 我が妹ながら完璧なムーブすぎる。

 どこでそういうの覚えてきたのかお兄ちゃんは心配になるぞ。あ、乙女ゲームで覚えたとかならちっとも心配じゃないです。ってかその可能性のほうが高いな。


 ところでその兄って、スールの兄じゃなくて俺だよね?

 そうじゃなかったらお前の兄ちゃんは悲しいんだけど。


「……」

「…ヒュウ」


 妹のムーブに、義弟は呆気にとられ、アサシンは感心したように口笛を吹く。

 どうです!うちの!妹は!

 お前らが変な曲解をしたり変な言いがかりをしたりした妹ですよ!

 口に出して言いたいけどさすがにできないので、全力で心の中でドヤ顔をする。


「……っ」


 だが、ドヤ顔でいられたのも最初のうち。

 ぽかんとしていた義弟が頬を赤らめ、妹からそっと目を逸らしたのだ。明らかに美少女だから気後れしたとかそういう感じじゃなく、甘酸っぱさが口の中に広がる感じで。


 ……おいこら!

 その手のひら返しは兄として見過ごせないんだが!?


「……あ、ありがとうございます、スール嬢」

「スールで結構ですよ、ジャック王子。同じ兄を持つ者、仲良くできれば嬉しいです」


 妹は妹で下の子シンパシーを感じたのか、義弟に気さくな感じで話しかけている。その横顔は、自分にフラグが立つなんてわけないという自信に満ち溢れていた。

 だが、ここはゲームの世界かもしれないがゲームそのものじゃない。

 好感度が上がるムーブをすれば、そりゃあ自然に好意を持たれるってもんで。


「う、うむ。わかった、スール」


 妹の言葉にどぎまぎした様子で返事をする義弟は、明らかに妹への好感度が上がっていた。

 ちょっと妹さん!こんなところで乙女ゲームで培った攻略テク発揮しないで!?


「……思わぬ形でライバルが減ったな」


 アサシンが何か呟いたような気もするが、思わぬ形でのフラグ建設に俺はそれどころではなかった。



 そういや今回は、化けの皮がどうとか言われなかったな。

 言われても素になるわけにはいかないんだけど、どういう心境の変化なんだか。


「素の顔は独占したいってことね……」


 そんなことを帰宅後妹に零すと、妹は小声で何かを言った。

 聞こえなかったので聞き返したら、ジャック王子の前では良い義兄ぶっているからそれじゃないかと言われて納得する。下の子の前だと見栄張りたいもんな、お兄ちゃんは。

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