第8話:兄妹、再び話し合う
アサシンが今度こそ帰った後。
俺と妹は、スールの部屋で頭を抱えていた。
「まさか無意識のうちに、ヒロインに嫌がらせをする悪役令嬢ムーブをしていただなんて……これが世界の既定路線だというの……?」
「単純にお前と俺が迂闊だっただけでは?」
折に触れて電波っぽい発言をしないでほしい。兄ちゃんはリアクションに困るぞ。
「お兄ちゃんが悪役令嬢フラグを折ってくれたのには感謝の言葉もないんだけど、それでがっつりクリストフ様とのフラグが立っちゃってるから複雑ね」
はあ、と小さく溜息をつく。メランコリックな表情はきゅんとするほど様になっていた。
今日も俺の妹の顔が美少女で辛い。
「会いに来るのを断るのは……無理よね、その状況だと」
「仕事がありますからって言ったら、頭突きのことバラすって遠回しに脅されたぞ」
「んー。クリストフ様、そんな俺様策士な感じじゃなかったんだけどなあ」
「あ、そうなの?」
「アサシン時代が寡黙キャラだったし、攻略ルートに入った時も台詞の文量は少なめだったわ。ギャップ狙いにしても腹黒成分は執事長と被っちゃうから、そういう味付けはしないと思ったんだけど」
執事長腹黒なんだ……。
お会いしたくねえなと思いながら、アサシンのことを考える。
インパクトが強い今のあいつに打ち消されないよう一年前のあいつを思い出してみるが、おぼろげながらも饒舌なイメージはない。というかろくに喋ってすらいない。だいぶ弱っていたからその気力もなかったんだろうけど、それを差し引いても今のあいつとはあまり重ならなかった。
こう、雰囲気というかオーラというか……。
とはいえマジでおぼろげだし、三十分もなかったから当てにはならないのだが。
「継母も自分の手で追い出したって言ってたしなあ」
妹が語るゲームキャラの設定と、実際の人物像がはっきり違ったのは今回が初めてな気がする。
設定とやらを鵜呑みにするわけにはいかないから、下女仲間や料理長にも話を聞いて現実とのすり合わせはちゃんとやっていたんですよ実は。設定と一致率が高すぎて、本当にこの世界はゲームなのか…?という思いに囚われることが多かったけど。
だが、ここにきてようやくの不一致。
やはりこの世界、別にゲームではないのでは?
「うーん……」
そんな考えを強める俺を、妹は小さく唸りながらジッと見つめる。
「お兄ちゃんはリンゴを食べさせたのよね?」
また疑っているのがバレたのかと一瞬ドキリとしたが、妹の口からは思わぬ質問が出た。
「は?……ああ、アサシンにか。食わせたけど、それが?」
「どうやって食べさせたのか聞いてなかったなって」
「割ったの差し出しても食べようとしなかったから、無理やり口に突っ込んだぞ」
我ながら強引だが、食べようとしなかったあいつが悪い。
そう言えば、妹は考え込むように押し黙る。
しばらく沈黙が続いた後、なんともいえない表情で妹が口を開いた。
「……ひょっとして、そこで強引に事を成すことを学んじゃったのでは?」
「まっさかあ。そんなんで性格に影響が出るか?」
「でもゲームだと、フレールはハンカチの上にリンゴを置いて去るのよ」
「……」
「お兄ちゃん、その手が!みたいな顔しないで」
呆れられてしまった。
だが、あの場で食べさせることしか頭になかったので何も言えない。
そうだよ俺。警戒して近づかない野良猫に手ずから餌食べさせようとしたってうまくいくわけないじゃん!餌置いてひとまず去った方が勝手に食べてくれそうじゃん!いや野良猫じゃなくて行き倒れた人間だったけど相手!
フレール頭良いな……。いや、今は俺がフレールなんだけど。
「……でも、それで寡黙が俺様になるとはやっぱり思えないんだけど」
「きっかけにはなったと思うなあ。暗殺者になれるくらいだから適応力ありそうだし」
「きっかけねえ……」
そう言われると、そうかもって気がしてくる。
風が吹いたら桶屋が儲かるって言うし。あとなんだっけ、バタフライ効果?
「しかし、世界の既定路線だなんだには反さないのかねそういうの」
「収束はしていくと思ってるけど、完全にゲーム通りになるとは私も思ってないわよ。それならまずお兄ちゃんが屋敷にいるのがおかしいし」
「……確かに」
既定路線だか修正力だかが絶対なら、俺や妹の意思に関係なく、フレールが屋敷にいられなくなる事情が発生してもおかしくない。
それを考えると、性格の変化くらいは些細なことか。いや本当か?
「時系列を無視しつつも大きなイベントはしっかり起きてるから、そこは外さないように世界が回ってるんだと思うんだけど……あっ」
急に声を上げたかと思うと、妹は一際シリアスな顔になって押し黙った。
おいこら、不穏な雰囲気を出すな。
「あっ、てなんだよ!おい!」
みるみるうちに青ざめていく妹の顔に不安を掻き立てられ、肩を掴んで軽く揺する。その拍子にぼろっと涙が零れたのを見て、俺は凍りついた。
えっ、なんで泣く!?
肩揺すられたのが痛かったか!?
「ご、ごめんなさい、お兄ちゃん……」
おろおろする俺を後目に、ぐすっと鼻を鳴らした妹が謝罪の言葉を口にする。
「今、思い出したの。このルートだと、選択肢を間違えたらお兄ちゃんが死んじゃう……!」
「――――」
ぱーどぅん?
アサシンルートの冒頭。
ハンカチとリンゴのお礼を伝えたアサシンは、フレールにこっそりもう一度会いたいと伝える。アサシンの願いを受けて町外れの大樹の下にやってきたフレールは、そこでアサシンと二度目の再会を果たした。
二人は短く、しかし温かなひと時を過ごす。
そしてアサシンはもう一度、会いたいと告げた。
他のルートと違ってフレールが屋敷から出ないため、こうやって逢瀬を交わしていくのだろうと妹はプレイ中思ったらしい。
しかし、次の逢瀬の時、大樹にいたのはアサシンではなく、彼の義弟であるジャン=ジャック・スペルビア、すなわち王子様だった。
険悪な雰囲気を漂わせる王子様は、矢継ぎ早にフレールへ質問をぶつける。
そういえば王子様は義兄のことが大好きだったなと。
メッセージウインドウを前に思い返しながら、妹は言葉に窮する選択肢を選んだ。
『答えられないということは、やましいということですね?』
そんな返事とともに、王子様の立ち絵がさらに剣呑なものになり――――
ざしゅっ。
王子様の剣が、フレールの首を刎ねた。
『兄をたぶらかす下賤な者には、死を』
血痕が飛び散ったメッセージウインドウとその台詞を見て、妹はこう呟いた。
「駄目かあ、これだとバッドエンドルートになっちゃう」
話を聞き終えた俺は、すぅっと深呼吸をする。
そして、渾身のツッコミを入れた。
「王子様になんでヤンデレ属性が生えてんだよ!!」
「ジャック様はクリストフ様のことが大好きだから……」
「大好きだからですませていいのかその刃傷沙汰!」
駄目だろう!こう、色々と!
俺の死亡ルートがあるという新事実におののくよりも、王子様の行動にツッコミを入れるのを優先するくらいインパクトがある話だった。
「っていうか大好きな義兄の恩人を殺すのはいいのか義弟!」
「クリストフ様、そのこと黙ってるみたいなのよ……」
「はぁ!?……あー、そうか」
そういやあいつ自身も言っていたな。
使者を送って片づけられるだろうから話せなかった、みたいなことを。
一年黙っていたことだ。いざ言い出そうとしてもなかなか難しいだろう。一度してしまった隠し事っていうのはそういうものだ。
いやでもアサシンさん、黙ったまま下女とデートするのはまずくない……?
そりゃあ義弟視点だとどこの馬の骨とも知れない下女が、大事な義兄といつの間にかデートをするようになったとしか見えないもんな。詰問したくもな……らねえよ!剣持ち出す前にお義兄ちゃんに一言聞くなりなんなりしろや!
悪役令嬢として勤勉なスールもそうだけど、どうしてこの世界には悪い意味で行動的な奴が多いんだよ!
「ごめん、お兄ちゃん。こんな大事なことを忘れてたなんて……」
「泣くな妹。お前のせいじゃないし、今のお前の顔で泣かれると罪悪感が跳ね上がる」
「一言余計よ……」
憎まれ口を叩くものの、頭を撫でてやればぎゅっと抱きついてくる。
可愛いもんだと思いながら、髪が乱れないようにしばらく後頭部を撫でてやった。
しかし、どうするかこれ。
死亡ルートあるなんて聞いてないんですけど。
「メインルートにはなかったのよ。このゲームブランド、隠しキャラルートになると殺意が上がるからプレイしてた時はやっぱりなって感じだったけど」
「やっぱり地雷ゲームブランドなのでは?」
どんだけ隠しキャラを攻略させたくないんだよスタッフ。
「あ、そうだ」
ぴこーんと閃いた。
フレールが義兄の恩人だと知らないから攻撃してくるわけで。
それならアサシンに頼んで、そのことを伝えてもらえばいいのでは?
「……そうね。その手があったわね」
「馬の骨じゃなくて恩人なら、さすがに義弟も俺を殺そうとはしないだろ」
というかそれでも俺に剣向けてきたらどうしようもないな。
向けられたらどうしよう。
もしもの時に備えて、剣の修業を積んで義弟(もう王子様と呼ぶのはやめた)とのチャンバラアクションに備えるしかないのか?
「……確か、お兄様の剣の指南役いたよな、おじいちゃんの」
「今クリストフ様に伝えてもらって刃傷沙汰回避しようって話してなかった?」
「備えあれば憂いなしって言うし……」
「こんな細腰細腕で勝てるわけないでしょ!」
「ひょわっ!?」
そんな言葉とともに腰をぎゅっと掴まれ、変な声が上がった。
「ほんとっ、ほんと何なのかしらねこの細い腰は……!」
「お、お前だって、そんな変わらな…ひゃはっ、ちょ、くすぐったいから!」
さわさわと触られて、くすぐったさに身をよじる。
いやマジでくすぐったいから!くすぐりに弱いの知っているだろお前!
「ひっ、ひはっ、やめ、ろっ、てぇ……!」
這い回る手を剥がそうとしながら、笑い声を堪える。
くすぐったさのあまり涙が滲んできたところで、ぴたりと手が止まった。
ホッと安堵の息をつく。あー、くすぐったかった。
「…………やっぱり誰にも渡せないわね」
「んあ?」
「相変わらずくすぐりに弱いなって」
「わかってんならくすぐるな」
べりっと妹の腕を引き剥がしながら、顔を顰める。
ごめんなさいと舌を出して謝る妹の美少女さに思わず胸を押さえると、呆れた顔をされた。お前の顔が美少女すぎるのが悪いんだ、俺は悪くない。
「さて」
こほんを咳払いをしてから、俺はグッと拳を握った。
「アサシンには今度来た時に話すとして、まずはおじいちゃんのところに顔出しだな!」
「剣、諦めてないんだ……」
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