第3話:兄妹、方針を決める
「さて、お兄ちゃんにはまず攻略対象について知ってもらいます」
紅茶とお菓子のおかわりをすませた後(今度のお菓子はマドレーヌだった。うまい)、妹は真面目くさった顔で教鞭を手にとった。
えっ、それどこから出したの?
そんな疑問が浮かんだが、脇に置く。質問しても意味がない気がしたので。
「よろしいか妹よ」
代わりに別の質問をすべく、挙手をした。
「なんでしょうか兄よ」
「攻略対象って何人?」
「四人+隠しキャラ」
「五人分覚えるのはちょっと無理……」
絶対忘れる。それか混ざる。
俺の主張に妹は若干不服そうだが、誓っていいがあいつも俺の立場に立った時に絶対俺と同じことを言う。幸い妹もその自覚はあったようで、納得してくれた。
「まあ、隠しキャラは私もやっとルートの入り方がわかったところだし。ややこしいから変に教えると混乱しそうだからやめとくわ。それに入る可能性低いと思うし」
そうだな、夜ふかししてまで探していたって言っていたもんな。
妹はまさか夜遅くまでやっていた知識がこんなところで生きようとはって顔をしているが、兄は夜遅くまでやっていたばかりに現実とゲームがごっちゃになってしまって……という思いだ。
「とりあえず、王子様とイケメンな方のお兄様について説明するね。残りの二人も見た目の特徴だけは後で教えるけど」
「イケメンな方ってつける必要あった?いやイケメンだけどさ!」
憤慨する俺を後目に、妹は説明を始めた。
まずは王子様。
ジャン=ジャック・スペルビア。通称ジャック。
王城ルートのメインキャラで、フレールを城の下女に雇うのもこの人。
幼いころから権力者につきもののドロドロ人間関係にいたせいか、軽い人間不信をわずらっているらしい。再婚なので父親にはうまく馴染めず、母親は権力に固執していて折り合いが悪いといったありさま。
そんな中、仲が良かった義兄には心を開いていたのだけど、父親とともに隣国にでかけている間にその義兄が継母、つまり王子様の実母の手によって城から追放されてしまった。
帰ってきてそのことを知った王子様は家来達の目を盗み、義兄を探しに城下町へと飛び出していく。だがその時、義兄からもらった大事なペンダントをうっかり落としてしまう。
それを拾って、自警団に届けたのがフレールだ。
見るからにみすぼらしい少女が、高価な落とし物を正直に届け出た。これを売れば今より生活がたいそう楽になるのは貧乏人の目から見ても明らかだろうに。
そんな清らかな性根に心打たれたジャックは、ペンダントを拾ってくれたお礼として、家から追い出されたフレールに城中下女の仕事を斡旋してくれるのだ。
城でも一生懸命働くフレールのひたむきさに、いつしかジャックは惹かれ始める。
フレールもまたジャックの寂しさに触れ、彼のことを想うようになる。
しかし、二人は身分の差に思い悩む。
次に俺じゃない方の兄。
セザール・ルクスリア。通称お兄様。
教会ルートのメインキャラで、王城ルートでも登場する。
ちなみにフレールが家を出ることになった遠因でもある。
なぜならこのお兄様がずっと前からフレールのことが好きで、それに気づいたためにスールはフレールへの風当たりを強くしていたからだ。
どちらのルートでも武者修行先でフレールが家を追い出されたことを知るのだけど、王城ルートだと王子様に保護されたのでなかなか介入することができず、行き先がわかっている教会ルートだと足繁く通ってくるらしい。
一度失いかけた好きな女の子を離すまいと、それはもう熱烈にアプローチをするお兄様。
最初は彼を兄のように慕っていたフレールも、次第に異性として恋い焦がれていく。
ここでも二人は身分の差に思い悩むことになる。
前者のルートだと王子様が身分差をはねのけて結婚、後者のルートだとお兄様と一緒に駆け落ちするのがハッピーエンドらしい。
そして肝心のライバルキャラ・スールだが、王子様ルートだと嫉妬に狂うあまりフレールに暗殺者を差し向けるもそれがばれて追放、お兄様ルートだと自分の手で仕留めようとするもそれが失敗して幽閉、という感じらしい。
スールさんちょっとアクティブすぎでは?
なんで暗殺者とコネクションがあるかも謎だけど、自分の手で殺しに行くのは行動的すぎる。どうしてその行動力を別のところに活かせなかったんだ。
「悪役令嬢っていうのはそういうものなのよ」
俺の疑問には、妹からそんなアンサーが返った。
女の嫉妬って怖いな……。
「こんな感じだけど、大丈夫?」
「とりあえず王子様がちょろいのと、お兄様がロリコンなのはわかった」
「言い方!」
「だってさ!」
ちょっと善性を見たくらいで仕事まで斡旋しちゃう王子様と、俺が孤児院から引き取られたあたりから恋しちゃってたお兄様はそう表現するしかないだろ!
というか、セザール様が俺のこと……いや正確にはフレールのことなんだけど、とにかくずっと前からそういう目で見ていたのは地味にショックだな……。
クッキーを頬張る俺を見ていた微笑ましい目が、今では全然違うニュアンスに思える。
もしあの人が帰ってきても、お菓子は受け取らないことにしよう。食べたくなったら妹に頼めばいいだろうし。
そんなことを思いながら、マドレーヌをつまむ。うまい。
「しかしなぜ、イケメンが揃いも揃ってこの平凡顔に恋を……」
「乙女ゲームの主人公はそういうものよ。どこにでもいる女の子じゃないと感情移入できないじゃない。といっても、『サンドリヨンに花束を』は主人公の顔が陰に隠れていたタイプだったけど」
「ふーん」
美男は美女とくっつくもんだと思っていたので、意外な事実である。
でも確かに、俺も誰かと付き合う妄想する時は可愛い女の子を想像しちゃうな。それと同じことなんだろうか。……うん、付き合う?
「お前の言葉を鵜呑みにするなら」
「鵜呑みじゃなくて信じてほしいんだけど」
「もとい信じるなら、落とし物を正直に届け出れば王子様の好感度が上がるんだよな?」
「ステータス的に言うとそうなるわね」
「なら、お前が拾って届け出れば王子様はお前のことを好きになるのでは?」
乙女ゲーム知識を利用して、スールが代わりにヒロインになればいいのではなかろうか。
おお、これは我ながら名案なのでは?
妹が嫁に行くのは悲しいが、一国の王子様なら相手として申し分あるまい。というか追放されたり幽閉されたりするくらいなら、いい相手と幸せになってほしい。
だが、浮き足立つ俺とは対照的に妹は浮かない顔だった。
「悪役令嬢の私が、王子様の形見を見つけられるとは思えないわ。目の前に落ちてても不思議な力で気づかない気がする」
「世界、悪役令嬢に厳しすぎない?」
「それに、ゲームで攻略する分にはいいけどリアルに付き合うには王族はちょっと……」
「なんでそういうとこだけ生々しく考えちゃうのお前」
ゲームの世界だと思っているならゲーム気分でいればいいのに。変なところで現実的だ。
「それに!」
ばんっ、とまた勢いよくテーブルが叩かれた。
だから紅茶が零れるからやめなさいって。
「あのな、テーブルを叩いたら」
「……王子様と結婚しちゃったら、お兄ちゃんと一緒にいられないじゃない」
いい加減注意しようとしたところで、しおらしく言われた台詞がそれに被さる。拗ねたように尖った唇から零れた言葉のせいで注意しようという気がいっぺんに消えた。
というより、きゅんとなった。
「お前……」
ちょいちょい辛辣なことを言うので忘れるけど、そういやこいつはお兄ちゃんっ子なのだ。
そして俺は、たまに甘えられるとめちゃくちゃ甘やかしたくなる兄バカである。
「どこへお嫁に行ったって、兄ちゃんはお前の傍にいてやるから安心しな」
「お兄ちゃん……」
そう言って胸を張れば、妹は目をうるっと潤ませた。
うむ、麗しき兄妹愛。
「じゃあお兄ちゃんを私付きのメイドにしてもいいよね?」
「うん。……うん?」
あれ、そんな話だっけ?
「お兄ちゃんが傍にいてくれた方が安心できるし、フラグ進行も見守れるし!」
「お前、今のメイドさんどうすんの」
「大丈夫大丈夫。スールはメイド長以外の使用人に好かれてないから!」
「……そうだな!」
本当に使用人勢には一部を除いて嫌われまくっているものなお前、もといスール。
「フレールの暗殺も、スール付きのメイドの口からばれちゃうしね」
「好かれていないにもほどがある……」
なんだか悲しくなるが、俺としても妹の傍にいられるのは安心するので、遺恨なくスール付きのメイドになれるにこしたことはない。
「でも一応、それなりの地位になるよう取り計らうんだぞ……?」
「それはもちろん。お兄ちゃんがいじめられても困るしね」
そうそう。新しいいじめ相手が生えても困る。
「フレールと仲良くなりたいけど素直になれなくて、ついいじめちゃってたみたいな筋書きにするわ。階段から落ちた時にそれを反省したから、もっと親睦を深めるために私付きのメイドにしたいってお父様にお願いしてみる」
「素直になれないの裏返しにしては陰湿だったような……」
「細かいことは言いっこなしよ!お父様達は私がフレールをいじめていたことはその告白で知るわけだし」
「そういえば猫かぶりだったなスール」
両親にとっては、兄同様優しい娘ということで通っているんだよなこいつ。
そんな娘が下女をいじめていたなんて知って、ショック受けないかな両親。特に当主様。
娘のことめちゃくちゃ溺愛しているしな……。いや、溺愛しているからこそ恥部を告白した娘をえらい!って褒めるかもしれないけど。
「お父様なら気軽にオッケーしてくれると思うから、問題はお母様ね……」
実の娘にもちょろい認定されていて、ちょっと可哀想になる。
「まあ、それはおいおい考えるとして。ひとまずお兄ちゃんの方針ね」
「えーっと、とりあえず落とし物は拾わない、お兄様と仲良くしない、って感じでいけばいいのか?」
「うん」
ルートとやらに入っても俺がなびかないなら大丈夫な気もするんだけどと思ったが、多分それを言っても「世界の修正力が!」とか言い出す気がしたので黙っておく。
まあ、俺も好き好んで野郎に口説かれたくないしな……。
「隠しキャラのこともあるから、うかつな行動はぜっっっっったいに!とらないこと」
「お、おう。わかったよ」
圧をかけてくる妹に素直に頷く。
正直まだ信じてないけど、俺が頷くことで妹の精神衛生が良好になるならいくらでも信じたふりをしよう。うん、俺はいいお兄ちゃんだな。
「……その時の俺はまだ気づいていなかった。まさか妹を信じなかったばかりに、あんな悲劇が起きてしまおうとは」
「なんで急にいい声で言った?」
「だってお兄ちゃん、完全に信じてなそうだし……」
……バレてた。
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