441話 渾身
「死ねよ、カナデ!」
鎮より放たれた刃は、俺の胸を貫いた。
そう、思われたのだが……。
「カナデさんは殺らせません。それが響さんとの、約束ですから……」
目の前には手を広げ、庇うように立つ美しい白髪の女性がいた。
そして俺に刺さる筈だった刃を、変わりに胸に受けている。
「貴様は──あの時の!!」
あの時のって、もしかして鎮はこの女性を知っている?
まじまじ見ると、俺もその後ろ姿に見覚えがあった。
フィーデスの教会にあった勇者の像、その像の勇者と共にいた、精霊と瓜二つの女性の姿だ。
「……ミコなのか?」
俺の問いかけに、女性は首を回し横目に微笑んでみせた。
「大丈夫ですか、カナデさん? さぁ、今のうちに回復を」
口調や姿こそ違うが間違いない、やっぱりミコだ。
突然の状況に、頭がついてこない。一体どうなってるんだ?
『カナデ兄ちゃん、早く止めさせて。このままじゃ、ミコねぇちゃんが死んじゃう!!』
そうだ、俺は何を呆けている!
ミコは今、俺の変わりに刺されてるんだぞ!!
「ミコ、何をしてるんだよ。止めろよ痛いだろ!?」
俺は立ち上がり、歩き出そうとするものの目眩で膝をつく。
たった二歩、それだけ進めば手が届く距離なのに!
こうしてる間にも、ミコは──ミコは!!
そんな時だ、刺すだけで終わる訳もなく、鎮に動きがあったのだ。
「くっ、どうなってんだよ刃が抜けねぇ。これならどうだ!」
「ああぁぁぁぁ!!」
「──ミコォォォ!?」
ミコに突き立てられている刃は、更に奥にと深く刺さる。
鎮は抜くのを諦めたのか、刀をぐりぐりと動かし始めた。
「良い叫び声だ、これであの時の借りが返せるな!」
きっとミコは、自身のダメージ箇所を修復し、命を繋いでいるのだろう。
無銘が刺されている部分に魔力が集中しているのが分かる。
駄目だ、このペースで使っていたら、直ぐに切れて!?
「カナデよく見ろ、これがお前が選んだ選択の成の果てだ。今さら後悔しても、もう遅いがな?」
「やめろ──鎮やめてくれ。お前の相手は俺だろ!!」
落下時の当たり所が悪かったのか、体の自由が上手いこと効かない。それでも必死に、一歩、一歩と地面を這う。
そしてなんとか、俺の指先はミコに触れる事が出来た。
『カナデさん、私が隙を作ります。だから、その時の為に準備をしてください。そう長くは持ちません!』
「ミコ、何を!?」
彼女の想い、意思が俺の体に念話で伝わる。
彼女作り出そうとする隙、その意味と共に……。
「駄目だ。ミコ、そんなのは駄目だ!」
しかし彼女は、動こうとしない。
ただゆっくり、首を左右に振るだけ。
「二百年もの長い月日、戦うことでしか価値を生まない
「こんな時に何言ってんだよ! そんなのらしくないだろ? 大丈夫だから、俺が何とかするから!!」
頭の中では『ミコ姉ちゃんが、ミコ姉ちゃんが』っと、シンシの声が響く。
次第に声はかすれ、泣き声へと変わる。
「シンシ、今度は貴方がカナデさんを守るのです。後は頼みましたよ?」
『ミコ姉ちゃん……魔力が……』
先程までは傷口からのみ漏れていた魔力、それが全身からうっすらと出ている……。
「ふふっ、願わくば、また貴方が作る食事を食べたかったですね……。ごほっ!?」
「そんなの食べさせてやる、だからもうやめるんだ!!」
消える……このままではミコが消えてしまう!?
彼女の魔力は底をつきはじめ、体はうっすらと透る。
体から漏れ出す魔力が、命が、空へと昇ろうとしている。
『カナデ兄ちゃんお願い、ミコ姉ちゃんの思いを無駄にしないで……』
「シンシ、お前まで何を言って!?」
諦めるものか、諦めてたまるか!
俺は何のためにここに立っている──彼女を救うためだろ!?
『もうダメ。ミコ姉ちゃんは体が維持できないんだよ!』
黒のマジックバックが手元に開き、手の中にはポーションが握らされていた。
「くそ、くそぉぉぉ!」
瓶蓋を口に咥え、抜き、それを吐き出し中身を全て飲み干した。
そして俺は、無刃の柄を握る。
『カナデさん……──今カナ!!』
「──ミコぉぉぉ!!」
彼女は完全に透過し、光の粒となる。
失われつつあるミコの輝き、その中を抜け、鎮を討つために駆けた。
「やっと死にやがった。後に続かせてやるよ、カナデ!」
鎮は、ミコが光になったのと同時に無銘を引き抜き、上段へと構えていた。
そして真っ直ぐ、俺の額に向かい刃を振り下ろす──。
『カナデと出会えて、本当に楽しかったシ。元気でやるカナ、ボク一番の友逹……』
彼女の最後の念話が、俺の胸を刺す。
それはどんな刃より鋭く、深く、深くへと。
そして、鎮の振り下ろされた刃は俺に届くことはなかった。
これがミコが命を張って作ってくれた、最後の隙。
ミコと無銘は一心同体。鎮が振り下ろす最中、ミコ無き無銘も、同じように眩い光へと姿を変えたのだ。
「これで──終わりだぁぁぁぁ!!」
極限の集中状態に、俺の目には世界が時を止めたかの様に映る。
周囲はモノクロに染まり、不必要な情報が遮断された。
抜刀された刃のみが光を帯び、コマ送りのように時を進め、鎮の魔石へと吸い込まれていったのだ──。
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