418話 炉に熱を

「──ただいま。お待たせ、これで全ての準備が整った!」


 俺は家に帰るなり、気合を入れ皆に声を掛けた。


 とうとう待ち望んだ、この時が来たのだ。


 まったく、それにしても誰が思おうか? じいちゃんを超えたいって想いで続けてきた刀鍛冶が、異世界を救うきっかけになる大仕事になるだなんて……。


「本当、じいちゃんが偉大だと目標にしてる俺が困るんだよな」


 なんて頭を掻きながらぼやいてみるものの、胸の高鳴りは止むことを知らない。

 だってそうだろ? ついでとは言え世界を救うだぞ。人生でこんな大仕事、一度あるか無いか、なのだから──職人冥利に尽きるってもんだ!


「よし、そろそろシンシを起こす段取りを始めようか?」


 環境も揃い、仲間達に囲まれて、皆からは……多分信頼されている。

 今後、一波乱あるだろうが愛する女性が三人も傍に居るんだ。

 そんな今が大好きだ。例え相手が父さんだろうと、俺の幸せを奪わせはしない‼


「さぁ行こう──‼」


 俺は、食卓テーブルの上の小槌を手にする。

 その後に続く様に、ガイアのおっさんとオルデカが大槌を肩に担いだ。

 

 そして俺達は俺達の本来あるべき鍛冶屋せんじょうに向かい、歩き始めたのだった。



「──って、皆ついてくるのかよ!?」


 家を出て直ぐの事だ。

 背後からの視線を感じ振り向くと、何故かトゥナ、ハーモニー、ティアの三名が着いて来てたのだ。


「えっと……駄目かしら? カナデ君が剣を作る所、実際に見てみたくて……」


 駄目って訳じゃないけど、ギャラリーが居ると緊張するかもしれない。何より刀鍛冶は一時間、二時間で出来るものでは無い。むしろ今回は、数日間を予定している。

 火花が散ったりで見始めは良いが、同じことの繰り返しで見映えが……。


「フォルトゥナ様は『勇者様、誕生物語の冒頭と同じね!』って、楽しみにしておられましたからね」


 ティアが口元を手で隠し、満面の笑みで答えた。


 いや、知らないって……。

 なに? この世界の勇者の話の出だし、そんな風になってんの?


「いや、そんな大それた事じゃ……」


 横並びで歩き、小ささがより際立つハーモニーも何かを言いたそうだ。

 ハーモニーはトゥナと違い、勇者に憧れたりはしてないし余計に退屈なんじゃ?


「それに、妻なら夫の働く姿を見たいと思うのは必然ですよ~?」


「──って、誰が妻だよ‼」


 この子怖い! 最近は本当、迷いも躊躇ちゅうちょもなく自分の立ち位置を不動のものにしようとしてる!


「小僧よ。響きの奴もモテおったが、時と場合はわきまえておったぞ?」


「え? これ、俺のせいですか?」


 相変わらず、緊張感も無く皆が笑顔を見せた。

 でもシンシを起こしに向かうなら、きっとこんな雰囲気が正解なのだろう。 


 気づけば目の前には空に向かいそびえ立つ、一本の煙突が見えた。


 中に入ると職人達は中央に、ギャラリーは部屋の端に立つ。


「じゃ、火を着ける!」


 鍛冶場に着くなり俺は火炉ほどに、火を着けることにした。

 ここで灯す炎が、シンシに命の熱を与えるきっかけとなる。


 火打石火をカチン! っとこすり合わせると、削れた打ち金が熱を持ち火花へと変わった。

 何度も繰り返しているうちに、ドリアードさんが準備してくれた、杉の木から作り出した着火剤に火が移る。


「よし、火が着いた」


 生まれたばかりの小さな灯を徐々に大きくし、最終的に木炭に火を移す。

 鞴で空気を送り、炭は赤々と色味を帯びていく。


「な、なぁカナデさん」


 突然の事だ、向かいに居るガイアのおっさんの弟子、オルデカから俺は声を掛けられた。

 しかも彼は、とても不安そうな表情を浮かべている……。


「どうかしたのか?」


 どうもしない訳が無かった。何故なら目の前のオルデカの顔色は良くなく、いつしか手は震え、冷汗を流しているのだから……。


 

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