417話 祈り
マジックアイテム作成から三日後。
俺は茶の間で茶をすすりながら、例の品の完成を心待ちにしていた。
すると──。
「兄さん出来たで、要望の品や!」
っと、自室に引きこもっていたルームが、食卓テーブルに出来上がったばかりの待望の品、マジックアイテムの小槌を一本、大槌を二本置いたのだ。
「おぉ、待ちわびたぞ! でもルーム、テーブルの上はやめような? 壊れる、壊れるから……」
鍛金で、先手と呼ばれる担当が振るう大槌は約六キロ。
そして横座と呼ばれる呼ばれる、鋼を操作する担当が振るう小槌は、大きさによって一キロちょい~二キロちょいある。
つまり、大槌二本と小槌一本で十三キロ前後の物体が、テーブルの上に乗っているのだ。
「兄さん……こんな時やっちゅうのに、えらい落ち着いてんな?」
「いや……まぁあれから三日立ってる訳だし、一周回って冷静にならないとな~って」
鉄は熱いうちに打てとは言うが、時間も材料にも限りがある。あまり何度も失敗は出来ない。
非常に集中力を使う金属加工、テンションが上がったまま勢いで叩くわけにもいかないのだ。
「まぁ、こっちはこっちでそれなりに準備は終わってるよ。ガイアのおっさんからの事前説明も受けたし、作る刀の打ち合わせも終わった。後は着手するだけだな」
俺は膝に手を着き「よっこいしょ!」っと立ち上がる。
「あの、カナデ様。今しがた、シバ様からお荷物が。例の物が仕上がたみたいですが、どういたしましょうか?」
立ち上がったタイミングで、早速ティアに水を差された。
言わずと知れた、人生に置いて重要な局面のはずなんだけど……。なんて言うか、そんな所も俺達らしいな。
「え~っと、例の物って何だっけ?」
「お忘れですか? こちらですよ」
そう言いながらティアが手渡してきたのは、真っ白な折り畳まれた布。
それを手に取り広げてみると、一切の穢れの無い、新品の白装束だった。
「おっ、これは良いタイミングだな」
以前、シバ君に頼んでおいた衣装だ。
俺はそれに、袖を通す。
「真っ白? 変わったお召し物なのね」
「あぁ、刀作りは先ず気持ちからってね。伝統的にこう言った風習があるんだよ、穢れを寄せ付けない白装束を身に纏い、鋼を無心に打てってね」
未だに日本では、刃物を打つ催し物の際は鍛冶師が伝統的に身に纏う。
そもそも刀は、神への捧げものとして、時には神そのものとして扱われる事のある神聖な物。
その為、今の恰好は刀を扱う意味で適したものと言えるのだ。
「悪くない風習じゃな、主ら刀鍛冶とやらが、どれだけ真剣に鋼と向き合ってるか、良く分かる伝統じゃ」
流石ガイアのおっさんだ。職人だけあって、粋って言うのを理解している。
さて……。
「それじゃ、ちょっとだけ席をはずすな」
「カナデさん、どこに行くんですか~?」
今度はハーモニーだ。どうも皆、他意は無いのだろうがすんなりとは作業に移らせてくれない。まぁでも、俺も説明不足か。
「打ち初め、仕事始めってやつかな。この世界で祈る神様が分からないから、今回は母さんの墓に手を合わせてくるよ。見守っていて下さいってね」
それだけ伝えると、俺は家の外へと出て行った。
気を使ったのだろうか?
振り返ると、珍しく後を着いてくる者は誰もいなかった。
これはこれで、若干寂しいものがある……。
そんな事を考えながらも、俺は家の裏手にある池へと足を運んだ。
◇
「──あれ、キサラギさん?」
池のほとりにしゃがみ込む、見覚えのある和服美人の姿が見えた。
俯いていた彼女は、俺の声に気付きこちらを見る。
「……ん、奏か。なんじゃ、妙な格好をしおって。とうとう禊でもする気になったのかの?」
「禊って……。えっと、墓石が増えてる?」
古びた母さんの墓石。そのすぐ隣に見覚えの無い、真新しい墓石がポツリと立っていた。
「うむ、響の墓じゃ。わっちもあやつの供養をしてやりたくての。勝手に建てさせてもらったが、駄目……だったかの?」
俺の表情をうかがう様に、キサラギさんが尋ねて来る。
まったく。そんな悲しそうな表情、あなたらしくない。
「いえ、駄目じゃないです。きっと、じいちゃんも喜んでると思いますよ」
自分を愛する人が、自分を想い建てた物だ。
それをじいちゃんが喜ばないわけがない。
「では俺も、隣失礼します」
俺も彼女に習い、隣にしゃがみ込み手を合わせた。
せっかくの機会だ。じいちゃんにも、見守ってもらおう──。
「母さん。上手く行くよう、あの世から見守っていていてくれ。後じいちゃん。今から俺は、貴方を越えてみせるからな? 楽しみにしておいてくれよ」
こんな時だけ、神頼みは都合がいいと思う。
でもそれが家族なら、別にいいよな?
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