第362話 震え

 俺達は数日を掛け、リベラティオを超え、龍を見た山岳……は怖かったので別山を越え通過した。


「いや……流石ハーモニ、見事なものだよ。あんな霧の中で、平然と御者が出来るんだからな」


 俺もリベラティオに向かう時は、御者をしたから分かる。

 ほぼ見えない視界で、皆の命を背負って馬車を動かすことがどれだけプレッシャーを感じるのか……。


「カナデさん、だからこそ平然としないと駄目なんですよ~? 馬は繊細な生き物です。手綱を通して些細な変化に気付き、不安を感じてしまいますからね」


「そう言うものなのか?」


「さぁ、本当の所はどうでしょう。ただ私は、そう思ってますけどね~」


 そう言って笑って見せるハーモニー。

 いや実際、大したものだよ……。俺には真似出来ない。


「それにしてもカナデさん、おかしいですよね~?」


「あぁ……そうだな」


 順調と思われる旅路。

 しかしそれでも、不測の事態に陥ることはある。

 環境や天候、事故や人災……。冒険とは、常にそう言った物と隣り合わせなのだから。


「やっぱりカナデさんも、お気付きになられましたか~?」


「あぁ、そのまま食べれる生の食材が、いつの間にか失くなっている! このままだと、帰りは食料がつきそうだ……」


「その事じゃ~ありませんよ──って! それも一大事じゃないですか!? 後で私がミコちゃんを問い詰めます!」


 推理するまでも無く、事件が解決してしまった。

 自業自得とはいえ、ミコのやつ可哀想に。ハーモニーを怒らせると怖いの知ってても、抑えられぬ食欲……哀れだ。 


「──ってそうじゃないです~! 魔物ですよ、魔物。これだけ長距離を移動してて、一度も出くわさないのは不自然です~!」


 開拓村を出てから、かなりの日数が経っている。

 今回は魔物の居場所を探知出来る者も居ない……それなのにまだ、一度の遭遇もなかったのだ。


「確かに、今まででは考えられないな……」


「カナデさん。実はエルフの集落から出た時は、かなりの頻度で魔物が現れてたんですよ~。しかも凄い興奮状態で……」


「そう言えば、俺がミスリンの島から帰って来た時も村が襲われてたな。村の周辺に魔物が出る事はまれなのに……」


 全く無かった訳ではないから、ただの偶然だと思ってたけど。


「それが急にぴったりと現れなく……何かおかしくないですか~?」


 ハーモニーの言う通りだ。魔物の習性とか良く分からないけど、確かに違和感は感じる。

 トラブル体質の俺が、何事も無くここまで来れる方が、何より不思議か……。


 考えられる可能性としては──。


「う~ん。冬眠……とか?」


 想像力に乏しいかもしれないが、可能性なんてそれぐらいしか思いつかないぞ……。


「でも普通、魔物が一斉に冬眠するものですかね~? 色んな種類が居ますよ、魔物」


「そうだよな~……。こんな時、ティアが居れば心当たりがあるかもしれないんだけど」


 一応確認だけでも取っておこう。

 問題事であれば、トラブルの芽はなるべく早くに摘み取っておいた方がいい……それに──。


「一応、ミコに頼んで伝鳥で確認を取ってみるよ。だからさハーモニー……一つ頼みがあるんだけど」


「んっ、頼みって何ですか~?」


 頬をかきながら、空を仰ぐ。

 俺も怒っていない……っと言う事は無いが少しばかり忍びない、助け船を出してやるか。


「ミコへ協力を頼むわけだしさ、説教……少しだけでいいから手加減してやってはくれないか? さっきからさ、マジックバック越しに震えてるのが分かって……」


 自業自得とはいえこの震えよう、少しばかり忍びなく感じたのだ。

 まぁ、本人も反省してるみたいだし……。


「構いませんが……私、どれだけ怖がられてるんですか~? ちょっとショックです」


「ミ、ミコも悪い事した自覚があるから震えてるんだよ。ハーモニーが怖いわけじゃ…………ぷっ」


 しまった! 落ち込むハーモニーがあまりにも可愛くて、つい笑って……。


「カナデさん~、何か可笑しい事でもありましたか? あ、そうだ。そろそろ馬を休めましょうか?」


 ハーモニーが手綱を引き、馬車はゆっくりと足を止める。

 これはこの後、ミコとそろって説教される未来は、火を見るより明らかだな……。


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