第363話 プレゼン

 ラクリマに向かい、馬車の長旅は続く。

 あの後も結局魔物の襲来は一度もなく、キルクルスを越え、俺達は塩湖を横切っていた──。


「残念だな。この天気じゃ、せっかくの絶景も台無しだ」


 前に、ハーモニーの住んでいた集落へと通じる道のある塩湖。

 いろんな意味で、思い出深い風景だ。


 普段は色鮮やかな青空を写し出す水面も、今日は曇り模様。


「本当におかしな天気ですよね~。……あの厚い雲のせいで、道中の植物達も元気が無かった気がします」


「あぁ……開拓村はドリアードさんが何とかしてくれてるから良いけど、これだけ曇り続きじゃ他所の食物は不作だろうな」


 グローリアからの難民が流れてきたら、さらに食料事情が圧迫しかねないか……。

 そうならないように、少しでも早く晴れてくれればいいんだけど。

 

 憂鬱ゆううつな気分のまま、塩湖を越えすぐの事だ──。


「んっ、あれは遺跡か?」


 遠目に、石で出来た建物が見える。

 所々崩れ、藻が生えており、外観を見てもかなり古い建造物だと見てとれた。


「あれ? 行きと同じルートだよな。あんな遺跡、見た記憶がないんだが……」


 記憶を探り、頭を悩ます。

 人工物の少ない特徴の無い道は、似たり寄ったりで忘れる事はあっても、こんなところにある建物を忘れる事なんて無いと思うけど……。


「──そりゃそうやろ。兄さん、気絶してたやないか」


 あぁ~そうだったな。ちょうど魔力を使い果たし、シンシの夢を見てたときか。


 それにしても……。 


「ルームが移動中に会話に入ってくるなんて珍しいな。何かあったのか?」


「だって遺跡やろ。神秘なんやで!? 興味持ったってもおかしくないやろ。兄さん兄さん、少しよってかへんか?」


 おぉ……普段マジックアイテム作りに没頭してて、荷台から顔も出さないくせに、引きこもりが、自ら外の世界に羽ばたこうとしてるぞ。


「──カナデさん。ルームさんはあの中にある、ある物が目当てなんですよ」


「あるもの?」


 ルームを見ると、露骨に視線を反らす。


 彼女欲しがりそうなもの? 貴重なアイテムや宝でも眠っているのだろうか。


「魔物ですよ~。ルームさんは、倒した素材が目的だと思いますよ」


 図星だったのだろう。

 ルームは塩湖を見つめながら、バツの悪そうに「ホンマ、一面雨雲やな!」っと誤魔化すように、一昔前の話題を振る。


「ったく……。じゃぁなんだ、あの遺跡には魔物が住み着いてて有名って事なのか?」


「少し解釈が違いますかね~。あそこは、ダンジョンの入り口なんですよ、この国が有している、入り口の一つ」


「なるほど……ダンジョンなのか」


 この世界に来て随分経つが、今さらその存在を聞かされるとは……。


 元の世界でも、その存在は多くの小説やマンガ、ゲームやアニメで題材とされている。

 だから、なんとなく理解は出来るけど……俺の想像と合致してるのか?


「カナデさん、その顔いまいちピンと来てませんね~?」


「流石ハーモニー、良くわかったな。聞いたことはあるけど、俺の認識と、同じものなのかな? って思ってな」


 俺の疑問を聞いて、チャンスだと思ったのだろう。


「ダンジョンっちゅう~のはな? 神さんによって、魔物が閉じ込められている牢獄、なんて言われてる場所やな。だから監獄ダンジョンなんて呼ばれてるらしいで? どや、ゾクゾクするやろ!」


 いや、しねぇよ。

 いい顔してるけど、それ完全にプレゼン失敗してるからな?


「世界各国に、無数にある謎の入り口。一説にはそれらすべては繋がっている、なんて話しも聞いたことがありますね~。他には魔物の誕生の地、なんて話しも」


「なるほどな。物騒な場所だって言うのは良く解かったよ」


 そう、だから言うまでもない。

 

「──ってことで、ハーモニー。まっすぐラクリマを目指してくれ。面倒事はごめんだ」


「はい~、だと思ってました」


 無情にも、馬車は遺跡を通りすぎて行く。

 ルームはそれを横目に「そんな、いけずせんといてやぁ……」っと手を伸ばし、涙を浮かべるのであった……。

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