第252話 また奴!

 な、なんでコイツがこんな所に居るんだよ……。

 さては、ティアのストーキングしてここに行き着いたのか?


「どうした、ほら金だ。その薬を渡してもらおうか?」


 ストーキングキングは手に何かを握り、それを俺に差し出してきた。


 実の所、どうしても客が出てこない時のために、ティアには偽客サクラとして、客の群れに紛れ込んで貰っていた。


 知り合い同士でリスクがあるため、自重してたのだが……まさか、最初に名乗りを上げた客がコイツだったとは。


 手渡しで渡された手の中身は、間違いなくこの世界の通貨であった。


「……た、確かに丁度です、ありがとうございました」


 しかし予想外に特に問題もなく、普通に支払いを済ませてきたのだ。

 何て言うか、かえって調子が狂うな。


 大量購入者に合わせ、事前に準備していた麻布袋に、目の前で薬を数分詰めた。

 そして、ストーキングキングに「ま、毎度あり」っと手渡したのだ。


 それを受けとるが否や、ヤツの様子が一変した──片手で顔を覆い、大きな声で、高笑いを始めたのだ。


「ふっふっふ、はっはっは。馬鹿め! 薬を手に入れたぞ! 女性の気を引ける薬を俺様に売るとは、敵に塩を送ったも同然だな!」


 ……えーっと、コイツは何を言ってるのだろうか?

 相変わらずの暴走を見せるストーキングキングを見て、どう返答したら言いか悩んだ。


「そ、そうなのか?」


「あぁ、そうさ! 貴様は指を咥えてソコで見てるがイイ!」


 指を咥えてって……。もしかして、何かやらかすんじゃ無いだろうな!?


 奴は右手を空に掲げ「追跡し紅蓮の炎……イグニート!」と公衆の面前で叫び声を上げ、手の上に蝋燭の火程の大きさの魔法を灯した。


 その火は、ゆらゆら揺れながらも他の客が居る一角へと向かっていくのだ……。


「──ティアさんはそっちか!」


 客は道を開けるように火から逃れると、偽客として紛れていたティアが現れた。──くっ、相変わらず見事なストーキングスキルだ。魔法もあんな使われ方したら……可愛そうに。


 俺の前から飛び出したストーキングキングは、ティアに向かい一目散へと駆け出した。


「──ティアさん、ご無沙汰しておりました! この前のトラブルのペナルティーを解消して、つい数日前に綺麗な身として解放されましたホムラです! 愛しのティアさん! 是非これを……」


 ──こ、こいつあの戦闘騒ぎで、何かしらの制裁を受けてたのか? なんて哀れな……。


 先ほど購入者したばかりのガマの軟膏を、早速意中の相手にプレゼントしているようだ。

 地面に跪き、薬を差し出しながら「どうぞ、ティアさん!」と、いい笑顔を向けた。


 ティアも、商売中だと空気を察したのだろう「あ、ありがとうございます」と、顔をひきつらせながらも薬を受け取った。──よ、よく頑張ったティア! 今日のMVPは君だ!


 その様子を見ていた客は「おい、あの女性受け取ったぞ!」「あ、あの方は、あの麗しき観察者よ!」と騒ぎ始めたのだ。


 こればかりは本当に予定外だったのに、ティアの我慢が功を奏した形となったみたいだな。


「おいおい……あのストーキングキングから貰って笑顔になるって……本当に喜ばれるんじゃ?」


「──だ~れが、ストーキングキングだ!」


 良くも悪くも、奴も有名だったらしいな……十分な宣伝効果になったみたいだ。


 今まで手を出せなかった男性客は、その光景を見てだろう。


「──お、俺にも一セット売ってくれ!」

「──こ、こっちにも二セット頼む!」


 と、騒ぎだしたのだ。


 客は俺のすぐ手前まで押し掛け、会場はごった返した。

 そしてこの後、驚くほど薬は飛ぶように売れ、無事完売することが出来たのだった──。

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