第236話 絶壁

「あ、あの? どう思ってるってどう言う意味でしょうか?」


 動揺のため、つい敬語になってしまった……。

 キサラギさんの、子供みたいな無邪気な笑顔を見れば分かる。この人、俺をオモチャにする気だ!


「くくっ……いやのぅ、わっちの孫はどうも奥手のようじゃと思うてな? 見ておるとこう……節介を焼いてやりたくなってしまったのじゃ。……老婆心と言うやつかの?」


「キ、キサラギ様。べ、別に私達はそんな関係では……だから、もっと言ってやってください~!」


 ──おいハーモニー、本音を隠せ! 建前が無くなってるぞ!


「かっかっか、ぬしらは本当に面白い! ……奏よ、このハーモニー、今はちんちくりんやも知れん」


「──ちんちくりんって! ひ、酷いです~……キサラギ様」


 キサラギさんの発言に、ハーモニーは瞳に涙を浮かべた。しかし俺は、その言葉を否定するすべを持たない……。すまない、ハーモニー!


「急くなハーモニー。わっちはな? 今はちんちくりんな娘でも、将来有望じゃと、そう言ってやりたかったのじゃ」


 将来……有望だと?


「実はの、わっちも三十過ぎる頃まではちんちくりんなもんじゃった。ハーモニーは昔のわっちに、よ~う似とる」


 う、嘘だろ? こんな綺麗なキサラギさんがちんちくりん……そう言った成長をするエルフもいるってことなのか?

 そんなことを考えながら、俺はハーモニーとキサラギさんを失礼ながら見比べた。


 そして視線は自然と胸元に吸い寄せられる……二人とも絶望的に──まっ平らなのだ!


 それを見て、つい「はぁ……」っとため息をついてしまった。


「どこ見てため息をついてるんですか~!」

「どこ見てため息をついておるのじゃ!」


 ──あ、バレた……。


「まったく、ぬしはやはり、紛うこと無き響の孫じゃ! そのデリカシーの無さもそっくりじゃな!」


 おい、じいちゃん……あなたキサラギさんに何をした! 怒り方が尋常じゃないぞ!


 そんなやり取りをしていると、キサラギさんが飛ばした蝶が戻ってきた。


「ダイロンからかの? ……あ~、すまぬ。どうやら薬を出すのに手間取っておるようじゃ。ハーモニー、薬剤庫まで手伝いに行ってはくれんかの?」


 ハーモニーは「私ですか?」とその場を立ち、可愛らしく敬礼してみせた。


「分かりました、急いで行ってきます~!」


 ペタペタ道場を走り部屋の外へと走っていく……。

 本当に将来有望なのだろうか? ヒヨコは鶏になれても、ペンギンはペンギンにしかなれないんだぞ?


「──ぬしとハーモニー……二人を見ておるとな、どうにもあの頃を思い出してしまってのぅ……。決して恵まれた時代だったとは言えん。しかし、故人と知った今でも、あやつの……響の隣に居りたいと、そう思ってしまう。……わっちはどれ程歳月を重ねても、女々しいままなのじゃな……」


 何処を見つめているか分からない。光が点っていない瞳で、彼女は確かに何かを見つめていた。

 それは遠い昔の自分や、じいちゃんの幻影なのかもしれない。


「なぁ奏よ。ぬしが勇者の血を引いておることは、疑う余地もない。おそらく、今後もぬしには危険がつきまとうじゃろう。えにしとは、尽未来際じんみらいさいそう言うものと決まっておるのじゃ」


 唐突に真面目な表情を向け、キサラギさんは俺に忠告をした。


「出会いがあれば別れもある。……ただこれだけは心に留めておけ。諦めなければ、縁はまたぬしらを結びつける。……わっちが奏──あやつの孫であるぬしと、会えたようにな」


「諦めなければ……縁はまた結びつける?」


 キサラギさんは、小さく頷いた。


「奏よ、ぬしに会えたこと、心から嬉しく思っておるのじゃ。長生きも悪いことばかりではないの……響に会えんのは残念じゃがな。ぬしは息災でおるのじゃぞ?」


「あぁ、色々とありがとうございます。キサラギさん」


 キサラギさんは、じいちゃんの死をこの短い時間でもう受け入れつつある……何て強い人なんだ。

 自分が好きだった人が亡くなったと聞かされ、俺はすんなりその事実を受け入れる事が出来るだろうか?


 いや、キサラギさんのあれも強がりなのかもな? 長く生き人の生き死を多く見てきた故の強さ……粋であり粋じゃない。

 

 それは、とても悲しい慣れなのかもしれないな……。


「──さて、準備にはまだ時間がかかりそうじゃな。少し、昔話を聞かせてやろうかの。……なに、響との馴れ初めの話を惚気のろけたくなっただけじゃ。逃げるのは許さんぞ?」


 この後俺は、昔のじいちゃんの話をエーテルの準備が出来るまで聞かせてもらった。

 勇猛で頑なで……今では考えられない程悲惨な戦争の物語。

 ただ少しだけ、彼女の言う縁と言うものが分かった。

 ……そんな気がしたのだった。

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