第232話 謎の人影

「ミコ、あの人影を追うぞ!」


『ガッテン承知カナ!』


 人影は集落から離れるように、森の奥へ奥へと向かっているようだ。──集落のエルフなら、わざわざこんな方に向かわないよな……。


 人影の逃走方向に降り、俺は木を影に隠れることにした。

 草木を踏みつける音がする……先ほどの人影が近くまで来ているようだ。


「──くそ、何で俺がこんな目に合わないといけないんだ! アイツ等の言うことを聞けば上手くいくはずじゃなかったのか!」


 何処かで聞いたことある男の声だ。

 ……独り言? 内容から察するに、コイツが今回の黒幕であることは間違いない。

 よし、捕まえてキサラギさんの所に連れていくか!


 俺は気の影から飛び出し、奴の前に立ちはだかった。


「──動くな、止まれ! 動くと斬る……って黒い装い!?」


 この外套と身なり……見覚えがあるぞ? 思い出した! シンシが見せた夢に出てきた、ラクリマの村を焼き払った奴と同じ格好だ!


「──邪魔だ、どけ!」


 男は大声を上げ外套の中から、一本のナイフを引き抜き俺に向かって突きだしてきた。

 しかし、俺が使う抜刀術の本質は【瞬発力】にある。

 面と向かっていたら、力動眼を持っている俺が不意を突かれることはない。

 それに、例え相手が先にナイフを突こうが、よっぽど遅る事が無ければ十分対応ができる。


 相手も気づかぬ程の早さで抜刀すると、男が持っているナイフを斬り落とした。

 文字通り、持ち手と刃の部分を分断したのだ。


「──なっ!」


 ナイフを斬られるとは思わなかったのだろう……男は動揺し、動作が遅くなった。それを見て、俺は男の胸ぐらを掴み木に押し付けた。


「おい、お前! ラクリマ村を焼いた一味か!」


 無銘を男の首元に構える。

 コイツがあの村を焼いた一味なら、俺はコイツらか情報を聞き出さねばならない。

 コイツらの企みを止める……シンシの願いだからな!


 しかし男が返した答えは、俺の質問の内容とは違っていた。


「──き、貴様、あの時のハズレ!」


「な、何でお前がその事を」


 俺は力動眼を戻し、男の外套のフードをずらした……。

 その姿は召喚時、俺に槍を突き立てたあの時の男だったのだ。


「あの時の兵士か……! お前がどうしてこんな所に居るんだ。ラクリマの件も今回の件もお前がやったのか!」


 兵士の男は、不適な笑みを浮かべ「貴様教えるとでも思うか? だがこれだけは教えてやる。俺はな、貴様がこんな国に逃げたからこんな所に居るんだよ!」と答えた。


 ケラケラと狂ったように笑い声を上げる男。


「貴様のせいだ! 何もかも貴様が悪い」


 と、訳の分からない事を口にした。

 少し痛い思いをさせてでも、尋問してやる!


 ……そう思った時だった。


「──ガフッ! ゴボッ……!?」


 グローリア兵は、口から血を吐き出したのだ。

 俺は視線を落とすと、男の胸部には剣の先端が突き出ている……。


「──だからヒューマンは使えぬのだ、教えただろ? 捕まったら自害せよ……っと」


 低く、重い声と共に、剣は兵士の男から引き抜かれていく。

 それと同じくして、大量の血液が俺の目の前で噴水の様に溢れ出した。


「ゴフッ、お、俺を裏切ったのか……!? ゴホッゴホッ」


 兵士の男は膝から崩れ、そもまま倒れた。

 とどまる事を知らない鮮血は周囲を赤く染め、兵士の男が助からないことを告げているかの様だ。


「何を寝惚けた事を……元より貴様など、我が同士では無いわ!」


 木の影からは、低い声の主である別の黒ずくめの男が現れた。

 その男の手には一振りの剣が握られており、切っ先からは血が滴り落ちている。──木の幹に穴が空いている所を見ると、あの剣で幹事兵士の男を貫いたのか!


 信じられなかった。目の前の男はなんの躊躇ちゅうちょも無く、人の命を奪うために剣を振るった……。


 目の前で起きた、突然の人殺しの現場を見て、俺の頭は整理が追い付かない。

 そして何事も無かったかの様に、男は振り返り歩き出したのだ。


 ──そ、そうだ……止めないと!


「ま、待て、どこに行く! まだお前に話がある!」


 逃がすわけには行かない。こんなことを容易にする男だ、きっとコイツが今回の件もラクリマ村の件も関係している! そんな予感がしたのだ。

 

 しかし俺が呼び止めると、突如強い風と共に草木が舞い視界が遮られた。


「──なっ……!」


 男の背中には禍々しい形の翼が生えており、羽ばたき飛び立とうとしていた。

 今まで見てきた種族に翼など無かった……俺の知らない、未知の存在だ。


「逃がさない!」


 俺も後を追うように飛ぼうとするが、体が浮く気配がなかった。

 翼が生えた男は、次第に見えなくなっていく。──くそ、飛べよ! 逃がす訳には……。


『カナデ無理カナ、魔力切れだシ……』


 ……こ、こんな時に。

 

 結局俺は、飛び去っていく黒い装いの男を見ていることしかできなかった。


 赤く染まった大地の中心にいる人物は、どうやら息を引き取ったようだ。

 目は開いたまま、もうピクリとも動くことは無かった。


「ザマァ……っとは言えるものではないな」


 俺はしゃがみこみ、彼の瞳を閉じさせた。──結局、何も知ることが出来なかった……。

 返り血を浴びた自分の体を見て、彼の言葉を思い出す。


「すべて貴様が悪い……か」


 彼の発言の意図は分からない。

 ただ、この男がここで殺された経緯に自分は無関係ではない、知らない間に何か大事に巻き込まれている気がする……。

 俺はそんなことを思い、物思いにふけるのであった。

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