第205話 追跡者

 俺の驚きの声に、新刊を手にした男が振り替えり、目があってしまった。──し、しまった……。でも、どちらにしても、あの男に声を掛けて、新刊を返して貰わないと行けないのか。


 しかしどうだろうか? こちらを見る男の表情はみるみるうちに緩んでいき、非常に気持ち悪い満面の笑みとなったのだ……そして──!


「──ティ~~~アさんじゃないですかぁ~~!」


 こ、こいつ……ティアの事を知ってるのか?


 隣に立っているティアを見ると、彼女は両手で顔を覆い隠していた。


「ティアさん……アイツ、もしかして知り合いで……」

「──知りません! 私、ティア様じゃありませんから!」


 食いぎみだ……。

 私、ティアじゃないって……流石にそれは、ちょっと無理があるだろ?

 あのティアがここまでの反応を示すとは……アイツ一体何者だ?


 非常に気持ち悪い男は、人波を掻き分け俺達の近くに来てティアを覗き込む……。


「ほら、やっぱりティアさんじゃないですか~?」


 目の前まで男が来て諦めたのか「あら? どちら様でしたっけ?」と、両手を下ろした。──目が……目が冷たくよどんでいる!

 

 彼女の対応を見ても分かる。

 目の前の男のテンションに反して、ティアは彼を歓迎していないようだ。


「やだな~ティアさん。俺ですよ俺、忘れちゃいましたか?」


 それだけ言葉にした男は、左手の指を二本立て目の前に構え、右手は天井に掲げ足を大きく開き、体を若干傾けた……そして──。


「──俺様の名は、追跡者ホ~~ムラ! 大陸をも横断し、貴方に会うために現れた愛に生きる勇者です!」


 う、うわ~……ダサいな。追跡者とは、彼の二つ名なのだろうか?


「前にも再三さいさん言いましたが、私を付け回すのはやめて頂きたいのですが? 貴方これで二度目ですよ? 大陸横断してまで着いてくるの……」


 ──ってただのストーカーかよ!

 大陸横断してまでってかなりヤバイ奴だな……しかも二度って。


 確かに、ティアは黙っていれば顔もいいしスタイルもいい……聡明そうめいだし、ギルドでの地位も信頼も厚いかもしれない。

 中身を知らなければ、俺も冒険中に冒険した可能性も大いに考えられる……。


「ティアさん。それでも、このストーカーさん凄い人なんですよね? 二つ名付いているほどですし」


「──だ~れがストーカーだ! 私は愛に生きる男、追跡……」


「──いえ、ただのCランクの冒険者ですよ? ギルドに登録出来る二つ名は、関係者につけられるものと、自己申告でつける方法がありますので」


 ティアに言葉を遮られた為か、ちょっと肩を落とすストーカーの男……。──こいつ、もしかして自己申告で追跡者って二つ名を? なんて恥ずかしい……。


 ストーカーの男に哀れみの目を向けていると、ティアがとんでもないことを口走った。


「カナデ様、他人事のような視線を浴びせてますけど、カナデ様にも立派な二つ名が登録されていますからね?」


「──おい、その事についてもっとしっかり説明してもらおうか!」


 なんだよそれ、何も聞いてないぞ? 誰だよ、俺をはめたやつ!


「いえ、エルピスのリーダーが二つ名もないのはどうなのか? っと言う話をメンバー皆様と相談しまして、その結果立派な二つ名をつけさせて頂きました。決して、前笑われた時の仕返しとかじゃありませんよ?」


 ──発案者はお前か! なんで知らない所でこそこそ動いてるんだよ! もうそれ、嫌がらせだろ?


「ちなみに……どんな名前だよ……」


「最終的に、ちまたに浸透してたものになりましたね。よくご存じですよね? 鍛冶場荒しのカナデ様」


 そいつかい! 言ってもまだ三件だぞ? 三件ぐらい、その辺の冒険者もやって……はいないか?


「貴様! いい加減にしろよ? 俺のティアさんと、な~に仲良く話してんだ!」


 お、二つ名の事で、ストーカーを忘れてた……。

 コイツは他っておいてもいいけど、手に持ってる物は返して貰わないとな。


「すみません、ストーカーさん。実は、その手に持っているものを返して頂きたいのですが」


「誰がストーカーだよ!」


 しまった……怒らせてしまったか? 興奮させては、良い方向に運ばないだろう。しかたない、ここは謙虚に敬意を持って、相手に接しよう。

 周囲の視線も集まってきてるしな……。


「すみません、ストーキングキングさん。その本を、返して……」


「──貴様! わざとだろ!」


 おかしい……。王様扱いしたら怒ったぞ? まぁ、同じこと言われたら俺も怒るけどな。


 ストーキングキングは、手に持っている本を俺に向けた。


「おい、貴様。この本は貴様の物なのか? 俺様のティアさんを汚すような事を描きやがって……。万死に値するぞ!」


 そう言いながら本は地面に投げつけられた。

 その様子を見たティアは、手で口許を押さえ、顔からは血の気が引いたようにも見えた。


「こんな下品な物……こうしてやる!」


 ストーキングキングは、右足を大きく上げ思いっきりティアの新刊に向かい、足を振り下ろしたのだった!

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