第180話 マブダチ

「──カナデさん、カナデ~さん! 聞いてますか~?」


 昼食を終え、エルピスは一つの不安を残したまま、次の目的地に出発した。

 俺はミコと顔を会わせずらく、ハーモニーの隣に逃げ……。いや、避難している最中だ。


「あ、あぁ~すまん。ハーモニーどうかしたか?」


 俺の答えに、器用に片手でトゥナポーズをするハーモニー。──とうとうハーモニーまでそのポーズを……。


「先ほどから私の話、全然聞いてないですよね、上の空ですよ? 事情はお聞きしたので、お気持ちは分かりますが~……」


 大声を出してるところを聞かれてたからな、おそらくトゥナかティアに事情を聞いたのだろう。


「ひとまず今回は、カナデ様が大人になって、謝られたらいかがでしょうか~? その後で再度説得をなされば~」


 彼女の言うことはもっともだ。俺も怒鳴ってしまった以上、謝るつもりではいるけど……。


「そうだな……でも俺は結局、シンシとミコを引き離すしかないんだ。会わせる顔なんて無いだろ?」


「それでも、カナデ様は二人の事を考えての結果ですよね~? 私達も、それが最善な結論だとは思いますよ~」


 本音を言えば、今も間違っているとは思っていない。しかし俺は、あの時正しい事だから怒鳴ったわけではない。

 ミコが残るって言って──それが頭にきて……。


「やっぱり、シンシと一緒にいれる方法を考えてやる方が、ミコの為なんだろうかな……?」


「ミコちゃんが、シンシちゃんと一緒に居る方法があるんですか~?」


「無銘を……シンシに──預ける! そうすれば、ミコはずっとシンシと一緒にいれるから……」


 俺は無銘に触れ、思いを走らせた。──本当にミコの為になるなら……俺はじいちゃんの形見である無銘を手放す事も……。


「カナデさんにとって、無銘はとても大事な物なんですよね~? それに、カナデさんはミコちゃんと離ればなれになっても良いのですか? 少し……見損ないました」


 ハーモニーの言葉が胸に刺さる。それでも俺は保護者として、ミコの幸せを願ってやらないといけないんだ。


「いい訳……無いだろ? でもミコがシンシと居ることを望むなら。それがミコの幸せなら、じいちゃんの形見の無銘だけど俺は……」


 ハーモニーは何を思ったのだろうか? 手綱は強く打たれ、ユニコーン達は急に速度を上げた。


「──ちょ、ちょっと、ハーモニー」


「もう一度、もう一度ちゃんと、ミコちゃんとお話になられた方がいいです~! カナデさんの気持ちを知らないまま別れ離れになるのは……カナデさんも、ミコちゃんも……不幸だと思います~!」


 少し頬を膨らませながら、ハーモニーが俺に強い口調で答えた。その瞳に、少しの涙を溜めながら。


「俺の気持ちは関係ないだろ? ミコが幸せになれれば、それで……」


「──関係ないわけないですよ! カナデさんは大切な物を二つも失くそうとしてるんですよ!」


 手綱を引き、ユニコーン達の歩みを止めたハーモニーは、先ほど溜めていた涙をポロポロと……止めどなく流した。


「な、何でハーモニーが泣くんだよ……」


「カナデさんが泣かないからですよ、変わりに泣いてるんです! 気づいてますか? カナデさん……凄く悲しそうですよ? 皆もミコちゃんと離れるのは嫌なはずです……なんなら、私からミコちゃんに説得を!」


 彼女の頬を伝う涙が、手綱を持っている手を濡らす。

 そうか……そうだよな? ミコから離れること、それが悲しいのは俺だけじゃないんだ。

 悲劇の主人公気取って、自分だけが我慢すればいいとか思ってたのか?


 そんなの──ただの自己満足じゃないか!


「ごめん、俺が悪かった……ありがとうハーモニー、もう大丈夫だから」


 手綱を離し両手で涙を拭い、泣きじゃくるハーモニーの頭を撫でながら、俺は精一杯彼女に優しい声で話しかけた。


「もう一度……もう一度話し合ってみるよ! ミコも、俺も、シンシも……皆が納得できる答えを、俺が見つけ出してやる!」


「本当ですか? それでこそ……私の知ってるカナデさんです……グスッ」


 涙を流しながらも、俺の顔を見て微笑むハーモニー。俺は彼女の頬に伝う涙を拭き、もう一度「ありがとう、ハーモニー」と声をかけた──。


「──お、押さないで欲しいカナ! 自分で、自分で出れるシ!」

 

「──ミ、ミコ?」


 突然だった。勢いよく飛び出してきた、ミコを俺は慌てて捕まえる。


 どうやら荷台には、俺達の話を盗み聞きしていた、当事者とお節介がいたらしい。


「カナデ……嫌いって言ってごめんカナ……」


 手の中に居る彼女は、俺から顔を背けながらも、謝罪の言葉を述べた。


「ミコ……。もしかして、聞いてたのか?」


 ばつが悪そうなミコは黙って頷き、俺の手のひらから抜け出し目の前で「ごめんカナ!」と、今度はしっかりと頭を下げた。


「俺もその……悪かった。シンシの事は、もう一度皆で話し合おう。もしかしたら、なにかいい案が浮かぶかもしれないからな?」


 ミコは俺の頬にすりより、自分の顔を擦り付けながら頬を湿らせ「ごめんカナ、ごめんカナ」と何度も謝った。


「いいんだ、俺も悪かったから。だから俺と仲直りしてくれないか……ミコ」


 俺の言葉に「もちろんカナ……カナデは、カナデはマブダチだシ!」と答え、皆のお陰で無事に俺達は仲直りをすることが出来た。


 その後もミコとハーモニーの涙は止まらず、しばらくの間、俺は二人を慰めるのであった。

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