第165話 刃物について

 ラクリマから出発する直前、ティアの着替えの待ち時間。

 その間に少しだけ時間を貰い、ハーモニーへ刃物の使い方を教育することにした。


 言うまでもないが刃物を扱う、それが大変危険な事だと分かって貰うためだ。


「それじゃ~ハーモニー君。ただいまから、刃物についてのお勉強をします!」


「なんですか、その話し方は~……」


 ハーモニーのツッコミを華麗にスルーした俺は、紙とペンを出し説明する事にした。


「刃物とは、という構造を持っていて、尚且つ何かを切る、または斬る、削るなどの用途に使われる道具の総称名なんだ」


 説明を始めると、ハーモニーは隣へと座り、真剣に俺の手元を見る。

 近すぎて、少しドキドキするぐらいに……。


「実はこの刃物……別称『切れ物』は『切れ者』と言う単語の語源でもあるんだけど……今回は関係ない!」


「カナデさん、皆さんを待たせてしまいます。いいから先に進んでください~」


 ──くっ、小粋なトークが!? もしかして、さっきの事根に持ってるのか?


 紙に絵と字を書き説明した。真剣に話を聞く彼女の姿勢は、模範生そのものである。


「おほん! 一口に刃物といっても『調理道具』『工作道具』『農具』『武器』など、いくつもの種類があるが、切る原理に大きくは違いはない」


「切る原理ですか?」


「あぁ。刃物はなぜ切れるか、考えたことってあるか?」


 俺の質問に対して、ハーモニーは左右に首を振る。──良かった……普通の女の子刃物について考えたことあるって言われたら、それはそれで恐ろしいからな。


「刃にあたる先の部分。そこはとっても! 非常に細い! 面積が小さいと、小さな力でも刺さったり切れたりする。それは何となく理解できるかな?」


「う~ん。先端が尖っている物で刺されると、簡単に刺さる……それと同じでしょうか?」


 彼女の回答に、頷いて答える。


 ハサミなどは、その原理を上手く利用し作られているんだよな。この世界で馴染みがあるかは分からないが……。


「使い込む事で刃の先端は徐々に丸くなる。包丁でも、使っていると切れ味が悪くなるだろ?」


「はい。だから定期的に研ぐんですよね?」


「正解だ! 使ってると刃が丸くなる。それを鋭利にするのが研ぐって言うことなんだけど……実は、それだけじゃない」


 マジックバックから包丁を取り出し、刃の部分を握ってみせた。


「ペティナイフなんかだと、こんな持ち方をするだろ? 多少なら力を加えても切れない……不思議じゃないか?」


「それって、込める力が足りないからですよね~?」


「半分は正解だ」


 もう半分に関しても、普段から料理をする彼女は薄々気づいているだろう。

 花を持たせてくれた……ってところだろうか?


「実は刃物の刃には、目に見えないほどの細かい凹凸があるんだ」


 紙にノコギリのような絵を書く、刃物を拡大した時の絵だ。


「つまり。細かい凹凸で削る力と、面積の極端に小さい、刃にあたる圧力で物を切っている訳だな」


 握る包丁を前後に動かすようなジェスチャーをする。

 

「なるほど」っと言っているところをみり限り、納得はしてもらえたのだろう。


「まぁそれでも、無銘ほど斬れる物だと刃を引かなくても切れるかもしれないから、取り扱いは十分注意をしてくれ」


 それだけ注意をすると、包丁をマジックバックにしまう。そして、この先がもっとも重要な部分だ……。


「つまり何が言いたいかと言うと──刃物は人に向けないように! っと……」


 片付けの為ペンを手で持ち、紙を掴んだ。


「──いてっ!」


「だ、大丈夫ですか~!」


 油断していた……。持った紙の端で、手を切ってしまった。──最後が本当に決まらないな……俺は。


 ハーモニー俺の手を掴み、にじみ出る血を見つめた。


「こ、この様に紙でも、擦る力と圧力が掛かれば指ぐらいは斬れるわけで……」


 指導する側が怪我をするとか、恥ずかしいだろ……。

 反面教師と言うていで、つい誤魔化すような台詞言ったときだった時だった──。


「──ハ、ハーモニー!」


 なんと。ハーモニーがそのまま、俺の指を──咥えたのだった!

 沈黙の中、チュパチュパとなまめかしい音が一室に響く……。


 一旦思考が停止したが「ちょっと!」と、彼女の口から指を引き抜いた……。

 しかし、ハーモニーは手を離そうとはしない……。


「ほら。血が止まるまで我慢して下さい~!」


 そう言いながら顔を近づけ、指を再びしゃぶる……。──こんなの……色々と勘違いしそうになるだろ?


「「…………」」



 い、いつまでこうしているつもりなのだろうか……。 

 な、何か話した方がいいのか? 何て言うか凄く恥ずかしいぞ、これ!


「も、もうそろそろ……止まったんじゃないか?」


 ──恥ずかしさのあまり、止めるよう彼女にうなした時だった……。


「──っ!」


 彼女が咥える指に痛みが走った! 言うまでもない──噛まれたのだ!


「ハーモニーさん……今歯を立てませんでした? また血が出てしま……」


「──気のせいれふ~!」


 その後の俺は、幸せな気持ちと噛まれる恐怖で、何も言うことが出来なかった。──実はハーモニーのやつ……エルフじゃ無くて吸血鬼なのでは?


 それはしばらく続き、俺の指がふやけた事は言うまでもないだろう。

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