第157話 語られない過去

「そうですね……六年ほど前でしょうか? 今でも昨日のように思えます……。これは、私とフォルトゥナ様の出会いの物語です」


 そう口にすると、彼女は自分の荷物入れの中から一冊の本を取り出した。

 本当……彼女は何処からともなく、その時必要なものを出すな。実はそれ、マジックバックだろ?


「とても……準備がよろしいのですね」


 これは決して誉めているわけではない、けなしている訳でもないが……目の前の彼女がもっているまさかのアイテムに、一言突っ込みを入れないといけない、そんな気がしたのだ。


「私の傑作の一つですからね。当然、肌身離さずもっております」


 とてもいい笑顔で微笑む彼女は、本を開き物語を語り始めた。


「フォルトゥナ様に出会う前の私は、ギルドでも今ほどの地位はありません、それもその筈です。歳もまだ、十も半ばだったのです」


 しかし、その後の彼女の話では、その若さで一つの研究結果により少しずつ頭角を表し始めたらしい。──ただ、それだけならまだ救いがあったのだろう。

 

「実はですね、私もフォルトゥナ様と少し似たような境遇なのですよ?」


 そう言葉にして、彼女は自身の髪の毛をかきあげる。髪の下からは、先端が少しだけ尖った耳が姿を表した。


「え~っと、可愛らしい耳ですね? 触っても……」


 俺の発言に目を丸くするティア……。何耳かは分からないけど、人間のものとは少々違う。そんなの、誰もが興味を示すだろ?


「えっと、触られるのはご容赦頂きたいですね。私の耳も少々……敏感なので。でも、ありがとうございます」


 そう言葉にしたティアは少し顔を赤らめ、手で口許を隠し「ふふっ」と声を漏らす。──何のありがとうなんだ? それにしても、こうしてると普通に上品で綺麗なお姉さんなのに……勿体ない!


「黙っていたようで申し訳ありません。実は私もフォルトゥナ様と同じ、ハーフなのです。ヒューマンとエルフの混血……」


「ハーフエルフってやつですか?」


「はい、実はこの大陸でも種族差別はほぼ無いとはいえ、神が作り出した存在ではない、ハーフは世間的に忌み子なのです。伝統や規律を重んじるエルフの民は特に……」


 なるほど、確かに俺の中のエルフのイメージはそんな感じだな?


「でも、トゥナは必死になって隠す素振りはありませんよね?」


 たまに帽子はかぶってはいるけど、それがどうしても無いとダメだって雰囲気は無い。普通に帽子のまま、大立ち回りすることもあるもんな?


「それは、彼女が特別に強いからですよ。ハーフでありながらも、自分の生まれに誇りを持っているのかもしれませんね」


 そう言いながら髪を下ろし耳を隠すティアは、苦笑いを浮かべた。

 少なからず彼女は、自身の生まれを呪っているのかもしれないな……。


「ちなみにこの事は、フォルトゥナ様もハーモニー様もご存じです。驚きましたよ、生粋のエルフのハーモニー様は、ハーフである私を侮蔑ぶべつの目で見られるかと思ったのですが……若い頃から特別な環境で育ったためか、その様な偏見を持ち合わせてなくて

、それがどれ程嬉しかったか……」


 目を閉じ、穏やかな顔で微笑むティア。余程それが嬉しかったのだろうな……。


「例え多少環境が違っても、ハーモニーは生まれで人を差別するような奴じゃありませんよ。それに……彼女の冷たい視線も、馴れると癖になりますよ?」


 癖になる……っとまでは思っていないが、真面目な空気に耐えられず、俺は冗談めいた言葉を口にした。


「流石カナデ様ですね、分かってらっしゃいます! 可愛らしい合法ロリの軽蔑の目……ご褒美ですよね!」


 あぁ~ダメだこの大人……腐ってやがる。冗談が冗談にならないぞ?


 この後も結局、話が脱線したまま宿に着く事となった。


「ま、まだ全然お話が出来てないのに宿屋に着いてしまったではないですか!」


 どうやら、当初の目的を忘れていたティアが、宿の厩舎にユニコーンを連れていく俺に詰め寄る。


「いや~残念だ……。折角の機会だけどトゥナの体調が心配だ~」


「──っく! カナデ様、図りましたね?」


 特にそのつもりも無かったんだけどな。自ら脱線していっただろうに。


「まぁ、良いでしょう! フォルトゥナ様の容態の方が確かに優先です。なに、別に今晩カナデ様のお部屋に御伺いして、読聞かせますから何も心配いりませんよ?」


「ハッハッハ」と笑いながら宿に向かった俺は、ティアの発言につい彼女を二度見した。──冗談だろ?


「えっと……俺も一応年頃の男の子なんですが?」


 どうも、うちのクランの人間はそれを忘れているよな? 俺だって年頃の男の──。


「構いませんよ、手を出されても?」


 ──な、何ですと! そ、それは冗談なのか……それとも本気で?


「翌日、ハーモニー様に刺されてもいいならですが」


 俺には──効果が抜群だった!


 彼女のその一言で、一瞬にして血の気が引いた……。たった一言でこの様な気持ちになるとは……まるで魔法のようだ。

 

「……トゥナの容態を見に行こうか?」


 俺は肩を落としながらも宿に入っていった。後ろから聞こえる、「流石カナデ様、ヘタレですね~」の言葉にも反応することは無く。

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