第128話 新たな大陸

 航海最終日となる早朝。


 太陽から降り注ぎ光は肌を焼く……。潮風が肌にまとわりつき、汗がにじみ出る。──しかし、それらが睡眠を妨害しているにも関わらず目を中々開けることが出来ない。


 何故ならば、昨日興奮のあまり中々寝付けなかった為だ。

 今も頭に甚平の上着を被り、太陽光を逃れ、意地でも睡眠を取ろうと試みたのだが……。


「──っおぉ!」


 しかし、突然の大きな船の揺れが、それを許してはくれなかった。


 慌てて外を覗くと、窓枠の外には波が立っており、アウトリガーも畳まれている。──いつの間にか、通常の海域に戻っている? 今のは波による船の揺れの様だな……。


 過去にも例がある、今回は、魔物の襲撃じゃなさそうで胸を撫で下ろした。──はぁ……流石にもう寝る気分ではないかな。


 仕方がないので顔を洗い、身支度を整える。そうは言っても、鏡がないため、自分の姿を確認することは出来ないのだが、まぁこれで良しとしよう。


 事情は察しがついているが、念のために部屋を出て、甲板に向かった。


 通路を抜け船の上に出ると、まず目についたのは大空高く延びる帆柱に吊られているTシャツだ。

 そして、隙間から差し込む太陽の明かりが、否応なく俺の目を覚まさせた。──不思議だ、この明かりに照らされていると、それだけで平常心が保てなくなるんだよな?


 謎のトラウマを抱きつつも、その場で伸びをした。──今日もいい天気だ!


「──開始二日目で、早速朝の訓練は終わりなんですか~? 本当ダメリーダーですね~……」


 聞き慣れた、皮肉まじりのかわいい声が俺を罵倒する。


 普段なら何かと言い返すところだが、今日の俺は寛大だ! 

 寝不足もあるが、何たって本日やっと両足で大地を踏みしめることが出来るのだ! ハーモニーの可愛い罵声など、今の俺にはご褒美でしかない!


「おはようカナデ君、ハーモニーも私も、カナデ君が早朝訓練来るの、楽しみにしてたのよ?」


「──べ、別に、私はた、楽しみになんてしてないですからね~!」


 えっと、ツンデレさんかな? それにしても、楽しみにしてくれてたのか。それなら少し、悪いことをしたな……。


「それで、今日はどうして遅かったのかしら?」


「はっはっは。今日は陸に上がるのが楽しみで、夜寝付けなかったんだよ」


 そう言いながら胸を張る俺を、さげすむような目で見るハーモニー。しかし、気にならいのだよ!


「ふふっ、カナデ君子供みたいね? じゃぁ、明日からは私が起こすわよ?」


 おぉ、マジか! 美少女に起こされるなんて、本気でご褒美じゃないか! 


「──是非お願いするよ!」


 懇願こんがんする俺に、ハーモニーは人を殺せそうな程の、きっつい視線を浴びせてきた。


 蛇に睨まれた蛙とはこの事だろうか? 俺はその視線に、なす統べなく愛想笑いを浮かべ、両手を上げた。


「と、ところで? ティアが見当たらないみたいだけど?」


 こう言うときは話をすり替えるに限る。じいちゃんがよく……言っては無かったけど、都合の悪いときとかはよく使ってたっけ?


「ティアさんは昨日、部屋に戻った途端大量の鼻血を出されて、今は貧血で寝ていますよ~?」


 とんでもないことを平然な顔で答えるハーモニー。──彼女も、えらく慣れたものだ。俺が知らないだけで、鼻血を吹いたのも一度や二度じゃなさそうだな……。


「尊いとか呟いてたわね……。心配だわ……」


 おそらく、トゥナは純粋に心配しているのだろう。

 しかし、俺はティアの頭の方が心配だ。


 ハーモニーも同じことを考えているのか、 何処か遠いと所を見ている気がするんだけど……。


 不意に船の進行方向を見ると、目の前には広大なパノラマ……とでも言うべきだろうか? 見渡す限り広がる、驚くほど広大な大陸が現れた。


「なぁ二人とも、陸地、陸地が見えてきたぞ!」


 あまりにも嬉しくて、つい年甲斐もなくはしゃいでしまった。──これでシャツ呪縛から逃れられる。思えばこの航海、最初から最後まであれに怯えていた気がする。


「──カナデうるさいカナ! お目め覚めちゃったカナ!」


 こいつも居たな……こいつには、終始食料を奪われて……いや、きっとこれからもそうなんだろうな?


 ミコは怒っている様だけど──しかし、今日の俺は止まる事を知らない! このテンションにミコも巻き込んでやる!


「良いから見てみろって! 大陸だよ大陸! もしかしたら旨いものもあるかもしれないぞ?」


「旨いもの? それって美味しいものの事カナ! 早く行くシ! 今すぐいくシ!」


 発言のチョイスを誤ってしまったようだ。マジックバックを飛び出だしたミコは、大陸に向かい合い飛び立とうとしていた。


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 間一髪、何とかミコを捕まえる事が出来た。──こいつの食べ物に対する執念……凄すぎるだろ?


「離すカナ! ボクのご飯が待ってるカナ!」


「落ち着けって! 逃げない! ご飯は逃げないから!」


 そんなやり取りをする俺たちの姿を見て、トゥナとハーミニーは他人事のように、微笑む。


 まったく。この様子だと、大陸についても俺の波乱万丈な生活は、しばらく続きそうだな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る