第68話 イードル港
ロッククラブの襲撃から数日が経ち、現在もイードル港に向けての移動中。
海が近づいたからなのか? 風に若干潮の香りがする。それと、この焼き付ける様な太陽……。どうやら気づかぬ間に夏が来ていたみたいだ……。
「なぁ、この世界って四季って言うものは無いのか? つい最近まで冬だったよな?」
「四季……ですか? この世界にはない言葉ですね……。カナデ様の世界の事は分かりませんが、季節は太陽が登る方角で判断が出来ます。住んでる地域でも季節の長さはまちまちですね。夏だけの国や冬だけの国もありますよ」
──四季って単語は無いのに、夏や冬はあるのかよ!
それにしても、太陽が登る方角が変わったのは夏の訪れを指していたのか……。へ、へぇ~異世界って凄いな? この様子だと、世界が丸いって地球での常識も当てにならないかもしれないぞ……?
「カナデさんの世界の話、興味ありますね~色々と教えてほしいです~!」
御者席からハーモニーの声がした。俺もこの世界について色々と興味が湧いてきたな……。
「カナデ君の世界の話? 私も興味あるわ!」
そうだな……。こんな嘘みたいな世界なんだ。俺だけじゃなく、トゥナやハーモニーからしても地球の話は信じられない常識ばかりに決まっている。
「そうだな、時間があるときに少しずつ情報交換していこうか?」
また一つ、旅の楽しみが増えたかな?
何も無かった広大な平原を抜け、崖の手前で馬車は止まった。目の前には、まるで視界の全てを埋め尽くす程の青が、ソコには存在した。
青く輝く海に、海草が生い茂り海を彩る。そして、雲一つない青空。地平線の先まで続く青、
「──怖くなるぐらいに……綺麗だ……」
人工物が存在しないその世界は、美しくもあり、そして恐ろしくも感じた。
自分の知識の中の世界では、これだけ海と空しか見えない光景を見たことがない。
自然の巨大さに圧倒された。これ程までに、世界は青く……これ程までに、広大なのか……。
「カナデ君……どうしたの?」
そんな風景に心を奪われ惚けていた俺を、トゥナの声が現実へと連れ帰る。
「いや、何でもないよ。ただ……思ったよりこの世界って広いのかな~って思ってな」
俺の何気ない言葉に、トゥナは口元を手で隠し、クスリと可愛らしい笑顔を見せた。──な、何かおかしな事を言っただろうか?
「カナデ君面白いこと考えるのね? そう言われると……確かに気になるわね。世界って、何れぐらい大きいのかしら?」
「興味深い話ですね? いつかエルピスで世界の果て探しにいきましょうよ~」
ハーモニーの提案に「それはちょっと……」と否定した。──俺は鍛冶をしたいんだ……。世界には興味はあるが、巡りたくはないぞ……。
「も~う……。カナデさん~ノリが悪いですよ~?」
そんなやり取りをしつつ、馬車は移動を再開し、崖沿いの街道を進んでいく。
ハーモニーの「すぐそこですよ~」と、ティアの「もうすぐ着きますね」の声を聞いてから、かなりの時間馬車を走らせた。
「──全然……着かないじゃないか……」
おそらく、ハーモニーとティアの進む時間が俺達一般人と違うのであろう……。すぐそこ、もうちょっとが、まさかこんなに長いとは……。
進んできた街道から、大きめの洞窟の中へと差し掛かる。そして、馬車は洞窟の中へと進んでいく。
内部は、外壁が不自然に削れている……気がする。人工的なトンネルなのだろうか? 洞窟内を少しばかり奥へ進むと、目の前から眩い明かりが差し込んだ。──眩しい……。
──明かりに目がなれると、視界一杯にイードル港だと思われる町並みが広がっていた。
「これは……見事なものだ……」
前方の海には、何隻もの船が停泊しており、それを囲うような形で町並みが作られている。港町と言うだけあり、大小の船が所狭しと並んでいるのだ。
異世界の港ってこんな風になってるのか……。本やテレビの中ぐらいでしか見ない、木造の大型船が沢山だ!
──んっ? でも何か違和感があるな?
「ティアさん? イードル港って、私が来た時はもっと活気があった気がしたんですけど……」
「フォルトゥナ様もそう思いましたか? 私も全く同じことを考えておりました。活気もそうですが、波も風もほとんど無いのに、こんな昼間から船がここまで残ってるのは、どう考えても異常です……」
そうか……違和感の正体はこの活気の無さだったか。確かに船員の姿らしき人影が、ほとんど見当たらない。船が出てないから市場などが賑わっていないって事か?
「カナデ君、嫌な予感がするわ。情報収集の為ギルドに行かない? どちらにしても、依頼の報告もしないといけないし……」
確かに、情報収集をするならその方が効率的か? この港のギルドが、船が動いてない理由を知らないとも思えない。
「あぁ、俺も賛成だ。ハーモニー、まずはギルドに向かってくれ!」
俺の指示に「分かりました~!」と返事をして、ハーモニーは手綱を操作した。
ギルドは町の入り口付近で、港へと続くメインの大通りに面していた。
船から届く荷物を搬入することもあるためか、馬車を中にいれて倉庫に横付け出来るようになっている。
その為、俺達は荷下ろし班と情報収集班の二班に別れる事にした。──ティアめ……荷物を下ろす所まで依頼内容に組み込みやがって。
今回の班分けは、情報収集班がトゥナとハーモニー、荷下ろし班は俺とティアだ。別に、依頼内容に荷下ろしが含まれてたから、その復讐ってわけではない。断じてない!
実の所、今回はティア自ら率先して協力をしてくれたのだ。本人
作業を開始すると、そこそこ荷物はあったもののティアが働いている姿を見た職員が、荷下ろしを手伝ってくれた。その為、こちらの班は思いの外、仕事が早く終わってしまったのだ。──暇になったな……何かやることは……。
「──そうだ! ティアさん、約束ですし本はお返しますね」
俺は、マジックバックから一冊の本を取りだし、それをティアに返却した。言うまでもない、例の本だ。
「内容はともかく、絵はかなり上手なんですね。驚きました。」
自分が出ている為、BL本だったがしっかりと中身を確認した。お世辞抜きに絵が上手い……。周囲の人がこれを手にして、ざわつく気持ちも分かるな……。
「お褒め頂いてありがとうございます」
彼女は、嬉しそうな笑顔で同人誌擬きを受け取ると、大切そうに自信のバックにしまう。
そして、バックから出した手には、一冊の別の本が握られていた。
「実はこれの著者も私なのです、描かれている絵も私が描いたのですよ?」
手に持っていたのは、何処かで見たことのある図鑑の様な物だった。──あれは確か、 前にギルドでモンスターの生体情報を教えてもらった時に見せてもらった本だ!
「スゴいじゃないですか! その本、前に見せて貰った時、絵付きの解説がとても見やすかったですよ!」
俺の素直な感想に「ありがとうございます」と照れた顔を見せるティア。彼女の能力がこのように生かされるなら、とても素晴らしいのに……と、素直に感心した。
「著者って事はもしかして、将来の夢は世界を巡り、その図鑑を完成させる! って奴ですね!」
彼女の図鑑が、魔物を
しかし、俺の回答に「いいえ、これはただお仕事なので」と笑顔で否定された。
ち、違った! 恥ずかしい!
「そ、そうですか……? 俺の勘違いでしたね」
恥ずかしさを誤魔化すかの様に、俺は笑顔を見せた。こんな時、笑っていればなんとかなるもんだ。
「それに……夢は他にありますので……」
そう言葉にしたティアは、頬に手を当てモジモジ、クネクネし始めた。──この人のこう言う時って、嫌な予感しかしないんだよな……。
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