第56話 USG 4&1
──ハーモニーとの結婚疑惑翌日。
宿を出た俺とトゥナは、朝からハーモニーのお迎えと、腐葉土の最終確認の為に教会へと向かった。
この教会に来るのは何度目だろうか……? なんかこの町に来て、ほぼ毎日通っている気がするな。
「──あ、おはようございます。兄さん、トゥナの姉御。今日も朝からご足労おかけしております」
教会の入り口まで来ると、ホウキで外を掃いてるビーキチが深々と頭を下げる。
毎日のようにウサミミ生えてるおっさんとお話し合い。そろそろ胃に来そうだな……。
「朝はまだまだ冷えます、どうぞ中へ入ってください」
ドアを開け、俺達を迎えてくれるビーキチ。その立ち振舞いは、包容力のある母さんのような……。──なんだろう。口調が可愛らしくて、他の面子と違ってマトモだから若干癒されてる俺が……。
──っていやいや! ウサミミオッサンに心安らぐとかないわ……。あれ? 俺、もしかして少し疲れてるのか?
中に入ると、シータが今日も子供達と遊んでいる。
その姿を横目に、更に複雑な気持ちになりながらも、奥の畑まで歩いていく。
しかし、彼等が来てから、教会が目に見えて綺麗になってるな? 真面目に働いている証拠なのであろう。──散々な出会いだったけど、いい方向に進んだようだな。
裏庭の畑に出ると、今日も暖かい日差しが差し込んでいる。そしてそこでは、親分とハーモニーが二人で農作業をしていた。ウサミミ成分零の光景だ。
「あ! おはようございます。トゥナさん、カナデさん~」
そういって駆けつけてくるハーモニーに俺とトゥナは「おはよう」と挨拶をした。
俺達の近くに来るハーモニーは若干頬を染め、中々目を合わそうとはしない。
「度々、お恥ずかしいお姿を御見せして申し訳ございません~!」
そう言いながら、頭を下げるハーモニー。俺は彼女の謝罪の意味を理解し、ニヤけてしまいそうな口元を手で隠した。
彼女の顔は頭を下げている為分からないが、耳が赤い。──きっとコレは、顔まで真っ赤だなんだろうな……。
トゥナが俺を肘で小突き「カナデ君、からかったりしたダメよ?」と事前に釘を刺してきた。──我ながら、俺も信用ないな……。
中々顔を上げようとしないハーモニーに、少し気を使う事にした。
「ほら、気にしてないし何も見てなかったから、顔をあげろよハーモニー」
そう言いながら俺は頭を撫で回す。今日に関しては彼女からの抵抗は一切なかった。
──すると突然……思いもよらない方から耳に痛みが走った。
「イタタタタ! 耳が~~耳が~!」
犯人は言うまでも無く、トゥナだ。
彼女は「止めなさい……カナデ君」と俺の耳を
最近のトゥナは、手が出るようになってきたな……。これは、お互いの距離が縮まってきた故だと信じたい。
「おはよう~。相変わらず楽しそうよねぇ~貴方達」
距離で言うと十メール前後だろうか? やたら遠くから挨拶する親分。
か、完全に、口調がおねえになっている……。勇ましかった親分の姿はもうそこには微塵もないな……。
「お、おはよう」と俺は遠巻きに挨拶をすると、親分はバッチバチとウィンクをしてきた……。俺は、それから目を背ける事しか出来ない。
挨拶も終えたので、腐葉土の前まで歩いて行く。掛けられていたシート代わりの皮をめくり上から触ってみる。
「温かいな……いい感じだ」
俺の隣にトゥナが居ないことを良しとしてか、親分がこちらに向かって駆け寄ってきた。本日も、内股で小指をたてながら……。
真隣まで来て俺の近くにしゃがみこむ親分。しかしその距離感はおかしく、肩がふれあう距離まで近づいている。──本当にやめてほしい。
「親分さ……」
話しかけようとすると、小指で俺の口を塞ぐ親分。
「私とカナデちゃんの仲でしょ? おやびんって呼んで」
そう言って再びのウィンク。──胃の中身が出てしまいそうだ。
悲しいことに、親分はどうやら体も心も……そして、名前までも失おうとしている。もう見てられない!
目の前には新たな生命体である、おやびんが本人公認の元、正式に生まれたのであった。
……よし、親分は居なかった。そう言う事にしておこう。
「今確認したけど、いい感じに仕上がってきてるから。腐葉土に熱が出てるけど、それが普通だから気にしないように。でも、これからは一週間……。あぁ~七日に一回はかき混ぜてくれ、乾燥してたら水をあげながらな」
そう言いながら俺は、親分との思い出〔ありません〕と共に雨よけの皮を閉じた。──サヨナラ……親分。初めましておやびん。
「葉っぱの形が崩れかけてきたら完成になるから。使うときは土に対して二、三割りぐらいにしてくれ。山にある土みたいな臭いなら正常、異臭がするようなら使うのを止めるように」
おやびんに最後の注意を促す、もうすぐ俺は町を出る。今後は彼ら……彼女ら……どっちだよ!
……ま、まぁ作業の指揮者をバトンタッチする時が来たのだ。
「カナデちゃんわかったわ、おやびんに任せて」
真剣に聞いてくれるのは非常に嬉しいよ? おやびん……でも、近いから。とっても近いから!
俺は手でおやびんの顔を押さえ、距離を取るようにしながら「後、おやびんにこれやるよ」と、マジックバックから一本の包丁を取り出して渡した。
「おやびんが、元気になったお祝いだよ」
とある理由で手にいれた包丁を、おやびんに渡す。失ったものが大きかった彼? に、前々から何かしてやりたいと思っていたんだ……。
それを受け取ったおやびんは「ありがとう……。カナデちゃんからの初めてのプレゼント、大切にするわ」と言いながら、鼻水を垂らし泣くおやびん。
感動的な場面……なのだろうか? バッチイから……。
「カナデ君、そろそろ!」
「あぁ! 今いくよ」
俺の渡した包丁を抱き抱えながら「もう行くのね……?」と、ちょっと悲劇のヒロイン気取りのおやびん……。
「ひどいわ! ひどいわよ! カナデちゃん!」
その場で崩れ落ち座り込むおやびんを無視して、トゥナとハーモニーの三人で教会の出口へ向かった──。
──俺達が教会の出口に着くと、聖母様にウサミミのおっさん達、そして多くの子供たちが打ち合わせたようにそこにいた。
「わざわざお見送りに来てくれたの?」っ
と答えるトゥナに「もちろんでヤンスよ」とエースケが答える。
「腐葉土の説明はおやびんにしておいたからな? 子分達、これからお前達に任せたぞ?」
俺の言葉に子分達が一斉に「チッチッチ」と人差し指を振る。──何だこれ……ちょっとイラっとするな……。
エースケが一歩前に出て、得意気に前歯を光らせ先程の行動の説明を始めた。
「兄さん、あっしらは心を入れかえたでヤンス。これからは……」
台詞を途中で止め、溜めを作る。
「
「──関係各所に怒られるわ!」
ポーズを決めた四匹を順番に叩く。──つい手がでてしまった。しかし、後悔はしていない。
恐る恐るトゥナを見ると、さすがに引き気味の彼女の口から「ウサーズにしなさい」との命令が下った……。
どうやら、反論の声はないようだ。
「本当に……お別れまで締まらないんですね~?」
そんな俺達を見てか、お腹を抱え日溜まりのような笑顔で笑うハーモニー。
「まぁ、お別れってのはこれぐらいがいいだろ?」
「そうですね~」
笑いすぎた為か、純粋に悲しんでいるのかは分からない。しかし、ハーモニーは瞳に涙を溜めている。
その中、突如聖母様が前に出てきてハーモニーを抱きしめた。
「気をつけて行ってくるのよ? いつでも帰ってきていいから」
頬擦りをしながら涙する聖母様。
それに対して「行ってきます、ママ~」とハーモニーは聖母様の頬にキスをした。
お別れを済ませた俺達は、教会から足を踏み出す……。後ろから多くの人達に見送られて……。
何人かが泣き声を上げ、それでも「行ってらっしゃい……」と声をかけてくれる。
そんな声に後ろ髪を引かれるが、一歩、一歩と俺達は新しい冒険へと足を進めた──。
──そして、いつしか教会から離れ、振り替えっても誰も見えなくなった。
ハーモニーは何かを思い出したように、俺とトゥナの目の前にちょこんっと移動する。
「ふつつかものですが、これからよろしくお願いしますね~」
先程の
「よろしくね? ハーモニー。そしてまた、いつか会いに来ましょう」
俺が頭を撫でるのを、心地良さそうに目を細目るハーモニー。その瞳からは流れ星の様な一筋の涙が流れた。
少し撫でられた後「子供扱いしないで下さい~」と彼女は走り出す。そして、少し離れこちらを振り返る。
「ありがとうございました~。二人共、大好きです~!」
ハーモニーの瞳から流れてた涙はいつしか止まっている。彼女は、雨上がりの虹の様な明るい笑顔を、俺とトゥナに向けた。
そう、今この時から正式に新しい仲間が加わったのだ。
次の冒険に胸を踊らせている、らしくない自分に気付き俺は驚く。そして二人に肩を並べて、歩調を合わせながら歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます