番外編 研磨バトル3~終わりは滑らかな刃の如し~

 トゥナと呼ばれていた嬢ちゃんが火種を持ち、ローソクの前に立った。


「それじゃ~始めていいわね?」


 その言葉に俺様と小僧が頷き、姉ちゃんの手がゆっくりと動き出す……。


 淡く揺らめく炎が、徐々にロウソクの芯へと近付く。

 まだ若干肌寒い時期のはずだが、頬を伝って流れる汗。久しぶりの緊張感と高揚感だぜ……。


 しかし、フィーデス一の看板を背負っている〔いません〕俺様が負けるわけにはいかねぇ。なんたって俺様は、この物語の主人公〔ではありません〕。勝負の厳しさってのを教えてやる!


 ロウソクの芯に火種の炎が重なる……。


──火がともった! 勝負の始まりだ!


 俺様は真っ先に飛び出し、普段から慣れ親しんでる作業台に向かい席についた。


 これで勝ちは決まったようなものだ! 今この鍛冶屋に、まともな道具は俺の回りにしかねぇ。


 事前に、道具の状況を調べずに勝負を挑んだ小僧が悪いのだ。勝負ってのはな? 始まる前からの下準備が勝敗を分けるんだ…………。


──な! なにぃ!


 自身の荷物入れから、次々とバリエーション豊かな研磨石を取り出す小僧の姿が視界に飛び込んできた。


 あ、あいつ、なにもんなんだ! あれだけの数の研磨石。日常的に持ち運びしてる奴なんて始めてだぞ?

 もしかしてヤツは、鍛治場破りなのか? そ、それなら油断してっとやられちまう!


 俺様は目の前のすいっちスイッチを押し、この部屋に一台しかない魔道式回転研磨石グラインダーを動かした。


 これで荒削りすれば、仕上げにかける時間が長くとれる。もちろん、小僧には貸してやらないがな! ザマァみろ!


 小僧を見ると完全に口を閉じ、店に置いてあるタライに水を張り研磨石を湿らせながら、何やら包丁を覗きこんでいる。


──そして、一番荒い研磨石を取り出し荒削りを始めた!


 一定のリズムが店内に木霊する。音の大きさもリズムも一定だ、俺には分かる……こいつやはり、只者ではない! 音を聞けばわかる!


 ふ、ふむ……。包丁から研いでるようだな、しかもアイツかなりできると来たものだ……。

──しかし! 俺にはアイツより時間に余裕がある。この音を聞いてあせるがいい!


必~殺技! 魔道式回転研磨石グラインダー


 心の中で熱く叫び、鍬の刃を押し当てる。キィィィィィィィっと甲高い音が店の中を支配した。

 石を叩いたりする農具は、刃こぼれが多い。これがあると無いのとじゃ全然違う!


──どうだ! これを見れば恐れおののくだろ? っと小僧を見るが、それでも焦った様子が全く無い……。──くそ! ダメだったか……。

 お、俺様も作業に集中しよう、ヤツに気を取られていたら負けてしまう。


 大丈夫だ、落ち着け……。包丁にしても鍬にしても、俺の手にかかれば切れっ切れのスッパスパに鍛え直してやんよ!


 魔道式回転研磨石グラインダーを使い、鍬と包丁の刃こぼれが消えるところギリギリまで削り取る。

 研磨はやり過ぎると鋼が減って寿命が縮まる、削りすぎないギリギリを見極めるのも職人の技術だ!


 包丁と鍬、両方の粗削りを終えた。ここからは俺も研磨石で研いでいく。


 粗いものから使い、順に目の細かい研磨石に変え削るのがポイントだ!


 包丁を研ぐときは包丁を動かし、鍬は動かぬよう固定して研ぐ。


 刻々と流れる時間、研磨に集中し額に汗を流す俺とヤツ……。部屋の温度も心なしか上がって来た気がするぜ──。


 あれ? なんか退屈そうにしていた嬢ちゃんが動き出して……。


「空気がよくないわね、換気しましょう」


 ギィィィと言う音と共に、窓とドアを開け冷たい空気が中に入ってきた……だと?


──部屋の中の気温が……あ、上がってきた気が……。


 ロウソクが徐々に短くなって残りわずかだ……。勝負もクライマックスに差し掛かろうとしているな。


「どうした小僧! まだヤってるのか? 俺はカエリ※1も取って、もう完成したぜ?」


 どうだ、この見事な研磨は! スッパスパだぜスッパスパ! 鍬で野菜だっても切れらぁ!

 それを聞いてビビったのか、小僧の手が一瞬止まる。そして……ゆっくりと小僧の口が開いた。


「本当にそれで終わっていいのか? あんた、それじゃぁ二流どころか三流以下だぜ?」


 小僧はそう言うと、再び研磨石を湿らせながら「本当の研磨ってやつを教えてやるよ」と言葉にしながら、ゆっくりと刃と研磨石を優しく重ね合わせた。


 先程まで研磨の音で満たされていた部屋は、風の音しか聞こえてこない。──俺には分かる……。こいつ、なにかをやる気だな?


 ゆっくりと小僧の手が動き出す。それが徐々に……徐々に早くなっていき、小僧の口か開かれた。


「帯刀流奥義! 弐ノ型 残心!」


「──カナデ君……何でよ」


 小僧がそう叫んだ瞬間、信じられない光景が目の前に広がった……。


「──て……手が何重にも見えるだと! いったいどんな早さで削っているんだ!」


 こんな現象は見たことがない! 三重にも重なって見える研磨なのに音は一定のリズムでムラが無く、鍛冶屋なら誰しも感じるであろう〔ありません〕心地よさがそこにあった……。


 小僧は手を止めると、指で刃を触りカエリを確認しながらソレを削り取って仕上げを行う。


 お、俺はこの小僧に勝てたのだろうか……? いや、俺の方が有利な状況だったんだ! ま、負けるわけがない。


 そしてロウソクの火が消えた……勝負の終了の合図だ。


「はい、終了です」と、研いだばかりの刃物を無造作に持つ嬢ちゃん。──なんだかんだ、最後まで見てたな……この嬢ちゃん。



──────────────────


三話目でも終わりませんでした! 結果は次回に!


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