第29話  親分のおやびん

 トゥナが放ったレーヴァテインの切っ先は、盗賊の親分を無慈悲に貫いた……と思いきや、彼に刺さることなく股の間を抜き、地面へと刺さったのだ。──や……やばかったな……本当に刺殺したかと思ったぞ……。


 盗賊の子分達は、その姿を見て冷静ではいられなくなったのだろう。決闘が完全に終わってはいないが、それを見て駆けつけようとした。


「動かないで! この親分さんがどうなってもいいのかしら?」


 そう言葉にしたトゥナの眼光は鋭く子分たちを威嚇いかくした。盗賊の親分の股の下を刺しているレーヴァテインを、グリグリと動かしいつでも斬れるぞ? と、警告するかのように……。

 当然盗賊子分達は、それを見て動けなくなってしまった。


「カナデの言った通り、トゥナン勝ったカナ! でもすっごい悪人っぽいシ!」


 う、うん……。俺もまさに同じことを思っていた……。


 そ、それにしても、先程の見せ技には驚かされたな! まるで事前に打ち合わせた、剣舞けんぶのような美しさだった……。

 完璧にトゥナの筋書き通りに動かされたな、あの親分さん。哀れだ……。


「きっ、貴様! 卑怯でヤンス! お、お、お、親分を人質に取るなんて!」


 俺は、この時の子分たちの発言に耳を疑った。──おいおい……何て盗賊らしからぬ台詞だ……コイツら本当に盗賊なのか? 向いてないにも程があるだろ?


「あなた達……面白い物言いですね? 私達は冒険者ですよ? 騎士や聖人じゃないのです。そもそも? 多勢に無勢で襲ってきた、あなた達に卑怯とか言われたくないですね」


 う、うむ。その通りだ! 問答無用で切り殺されなかっただけありがたく思ってもらいたいものだ。


「あの~……カナデさん~? 私達が、襲われたんですよね~? どうしてでしょうか……? なんか心がざわざわします~……」


──言わないでくれ! だんだんコッチが悪いことしている気がしてきたけど……間違いなくこっちが被害者だ。大丈夫自信を持て!


 鑑定眼越しに見る子分達を見ていると、状態異常混乱が明記された……。──へ……へぇ~……状態異常ってこんな感じに見えるのか? こんな状況で知る事になろうとは……。


「お、親分を解放してくれでヤンス……。あっし達はどうなってもいいでヤンスから!」


 そう言葉にしながら二歩、三歩と子分達は暑苦しい台詞ともに前に出てきた。──あ~……だめだって……指示に従わないと……。本当にやっちゃうだろ?


 トゥナは剣を引き抜き「動くなと言ったでしょ?」と、盗賊の親分の喉元へ刃を突き立てた。──だめだ……直視できない……。


 この時、俺に一つの案が浮かんだ。そうだ、馬車を直そうか! っと……。

 外れた車輪をハメ直すべく、荷台の荷物をハーモニーに指示して、一度外に出すことにした……。何かしていないと、いたたまれない気持ちになってしまうからだ。


「お……お前ら、それでも盗賊か! 俺の事はどうでもいい! だからさっさと逃げろ! こいつ普通じゃねぇ!」と親分が言ってしまったのだ……。


 横目で見ると、彼らの状態異常が混乱から大混乱に……。──嫌な予感がしてならない……。


「親分!」っと子分達が叫びながらパニックを起こした。

 統率を失った彼らは、思い思いの行動を取ったのだ。一人は武器を構え、一人はその場にしゃがみ込む……。一人は何故か踊り出し。もう一人に関しては立ったまま状態異常が気絶に変化している。


 そう……それが悲劇を生むとは知らずに。


「──動かないでと言ったでしょ!」


 そう言うとトゥナは片足を上げた……。そしてその足は、盗賊の親分の足と足の間に、無慈悲にも勢いよく振り下ろされたのだった……。


「ぐぎゃあぁぁあいfはおsj!」


 親分の口から発せられた音は、声にならない声となり森中に木霊した……。


 俺を含め、その場にいた盗賊もつい股をおさえ、本能のまま身震いをし、呼吸をする事すら忘れてしまう。

 こんな惨禍さんかを目の当たりにするとは、誰しも思っていなかったのだ……。


 しばらくうめき声を上げ、力なく泡を吹き出し意識を失った親分。その姿を見て子分達の膝は次々に折れていった。──鑑定眼を使うまでもない……彼のライフはもうゼロだ……。


「お……親分……」


「な、何て事をするヤンスか…」


「くっ、親分のおやびんが……」


 子分達は一人……また一人と涙していった。もう彼らには戦う意思は残されていない。この戦いはトゥナの完全勝利だな……。むなしい戦いだった。


──って!  それより誰だよ、親分のおやびんとか言ったヤツは!


「カナデカナデ? 親分のおやびんって……何カナ?」


 ほら見ろ! こうなったじゃないか! 俺はミコの声を無視して、聞かなかったことにした。


 トゥナはその盗賊たちを見て勝利を確信したのであろう。足をどけながら小声で「小者だったわね……」っとボソッと呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。──それって……おやびんの事じゃないよね? コイツら盗賊達の事だよね……? って使っちまったし!


「カナデカナデ! 親分のおやびんって何カナ! 何なのカナ!」っとうるさいミコに俺は、後でトゥナに聞きなさい、っと満面の笑顔で言い聞かせることしか出来なかった。


 項垂れる子分達を横目に、トゥナが俺達の所へと軽快に歩いて戻ってきた。何となくこの時、俺の股もキュッとなった……。


「トゥナンお帰りカナ!」


「ただいま、ミコちゃん。ふふふ、どう、カナデ君? あなたに剣も抜かせなかったし、誰の命も奪わなかったわよ?」


 何故か、ドヤァーッと言う雰囲気でふんぞり返るトゥナ。彼女はもしかして気づいていないのだろうか? 一人の男性としての命が未来永劫失われた事に……。


 心の平穏を取り戻すべく、横目で見ながらもせっせと働いていたのだろう…… 俺はいつの間にか、馬車の荷物を下ろし終えていた……。


 それにしても……この状況、どうしたらいいものだろうか? 目の前に見える、戦意を失った者達が膝を折るこの光景……。ここは地獄か? 


 まぁ、ひとまず「おい、お前ら!」と、俺は強めに言った。


「はい!」っと、盗賊の子分達は声を揃えて返事する。ビシッと気をつけをしながら……。──なんか本当に哀れに思えて仕方がない。


「もう二度と悪さをしないって約束しろ。お前たちの事情次第じゃ助けてやらんでもない!」


「──カナデ君、どうしてなの? 」


 まぁ、トゥナが驚くのも当然だ。こんなやつらでも曲がりなりにも犯罪者だ。野放しにしたらまた何かするかもしれない。


  俺は自分の考えをトゥナに、小声で耳打ちするために近づいた。


「犯罪者を何処につき出すかとか、よく知らないけどさ? どうやって連れてくんだよ。馬車には乗りきらないし、殺したくも無いだろ? 馬に乗せて並走させてもいいけど逃げられる可能性もあるしさ?」


 俺は今回の依頼者であるハーモニーの顔を見ながら「雇い主としてはどう思う? 俺個人としては連れて行って依頼のリスクが上がる方が良しとしないんだけど……?」と聞いてみる。


「そうですね~……。ロープで引きずりながら行くって手もありますけどね……。結構距離があるので到着後にはボロ雑巾の様になるかもですね~」


 ボロ雑巾って……そんな風になるならここに縛って置いて行くぞ?


 連れて行く方法がない以上、殺すか何かしないといけないだろ? それなら恐怖で縛られてるウチに個人的には何とか更生させてやりたい……。

 後、恐怖で縛られてるとかはトゥナには言わない、今の俺もその一人だ。


「お前らも、自分達が盗賊なんて向いてないの身に染みただろ? 割に合わないって。」


 俺の言葉に、盗賊一同細かく首を縦に振る……。──何だよ……この生き物。


「もう、悪さしないよな? 返事は!」


「はい、絶対にいたしません!」っと、盗賊達はビックリするほどピッタリ声をハモらせた。


 パチパチパチパチと、ハーモニーも手を叩いている。何かがお気に召したのかな?


 俺はふと、盗賊親分を見た。──やばいな……マジで死にかけてるじゃないか……仕方ない。


「じゃぁ、一人は親分さんを馬に乗せて医者に見せてやれ! 残りは人質だ! 馬車の修理と、ついでに事情説明もしてもらうからな! その事情次第でお前らの処遇を考える。いいか!」


 俺がそう言うと盗賊子分達は慌てふためき、森にざわめきが起こる……これは、嵐の予感だ。

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