第7話 聖剣のミコ

 外套の販売店で、先ほど買ったばかりの外套を頭からすっぽりかぶり宿に帰ることにした。

 今日とある訳があって、ギルドで目立ちすぎてしまったため、今後の事を踏まえ否応なく買うことになったのだ。──非常に手痛い出費だ……所持金を確認しておかないと……。


 夕食代わりに露店で買った、謎の肉の串焼きを食べながら現在の所持金の確認作業をする。──おいおい……どれだけ数えても、今晩の宿代を引いたら1200G程しかないぞ……。


「これは中々に絶望的だな…。」


 明日稼ぐ事が出来なければ、明日の晩はこの寒空の中野宿に……。

 予定外の出費がかなり手痛かった……今日はトラブルもあって、日銭も稼げなかったしな……完全に赤字だ!


 困り果てて空を見ると、いつの間にか日も落ちようとしている。見上げる空は地球の物とさほど大差はなく、それだけで何となく落ち着くことが出来た。


 まぁ考えても仕方ないよな? 今日の所は早く寝て、はやく起き。少しでも時間を伸ばして、明日稼げる可能性をあげるとしようか。


 足取りは重いものの、宿の自室に着き、わらに布が引かれた簡易布団に体をあずける。慣れない土地の為か、一人になるとつい思考が後ろ向きになってしまう。

 

「刀で……生き物を殺したのは初めてだったな……」


 今までは山育ちの為、食べるために罠を張りイノシシなどを捕らえて捌く事はあったが、ただ殺すつもりで刃を振るう事は一度も無かった。──誰かを助けるためとは言え、アレは中々に堪えるな……。


 手にはあの時の感覚がまだ鮮明に残っている。俺は、この世界で無事に生きていく事が出来るのだろうか? じいちゃんを……超えることが……。


 そんな事を考える最中、腹部からぐぅー……っと恥ずかしい音が……感傷的になっていても、体は素直なようだ……。


「あぁ~……はらへったなぁ~……」


 流石に串焼き一本じゃ、空腹は満たされないようだ。それでも本能を偽り、刀を抱きしめながら、無理やりまぶたを閉じた。

 

 体と心は思ったより疲れていたのかもしれない。空腹でも、体は睡眠をしっかり欲しているようだ。

 その後眠りにつくまでは、さほど時間がかからなかった。


 意識が飛び、心地よい眠りが訪れる……この時だけは、今いる場所が、どこであろうと関係が……。


 「──っつ!」


 俺は勢いよく上がり、座して刀を構える。──今何か生き物の気配が……呼吸が聞こえた様な……。


 外に目をやると、周囲の建物の明かりはすべて消えており、敷き詰められた様な星々の灯りが夜の街を照らしている。


 朝日も上がってないところを見ると、感覚的に地球で言う所の零時~ 四時ぐらいの間だろうか……。こんな時間に俺に用といったら、何かしらの理由があっての城からの使いか? 聖剣の事がばれたなら暗殺者か何かか?


 念のために、襲撃に対して警戒をする事にした……緊張が走り、額に汗をする。


 すると、唐突に目の前が昼間のように明るく輝き出す。──眩しいが……目が開けれないほどでもない!


「あ~、こんな所にいたカナ!」


 謎の声がした刹那、俺は手に持っている刀を抜刀をする。しかし、今回は斬らず、刃は対象に当たる寸前で止めた。


「ひっ、ひぃ!」


「貴様何者だ! 俺に何の用だ!」


 間違い無い、何かがココにいる! しかし、この程度ならいざとなればいつでも斬ることが出来る。まずは、出来るだけ情報を手に入れなければ……。


 驚いた……光に目が慣れると、ソコには人の顔程のとても小さく、愛らしい妖精のようなものが宙に浮いていたのだ。──さ、さすが異世界だ……。


「な、何もしないから。コ、コロサないで欲しいカナ!」


 そう言いながら目の前の妖精のようなものは、頭の先から羽、足の先まで、怯えるように小刻みに震えていた。


「先に事情を説明しろ……解放するのはそれからだ」


 容姿が愛らしいからと無害とは限らない……油断した隙に後ろからバッサリ切られることも無いとは言えないのだ。


「キ、キミが、ボクのお家をコワしたから…文句をイイに来たんだシ!」


 家を壊した? この世界に来てまだ二、三日だぞ……? しかし、様子を見るに嘘をついている様には見えないな……? 城の関係者なら、流石にもっとましな嘘をつくだろう。俺は刀を彼女の前から引き、ひとまず鞘へと納めた。


 目の前の妖精は解放されたと同時に、体から力が抜けたかのようにフラフラと床に降りた。


「記憶にないんだけど? 人違いじゃないか?」


 無実の罪もいい所だ、この世界に来て俺が斬ったのは聖剣と熊だけだ。俺が犯人であるわけがない。


「──そ、その剣で斬ったカナ! お城の庭デ! ボクの目はごまかせないカナ!」


 城の庭で斬った……? あそこで、俺が? 俺が斬ったのって……。


「聖剣?」


「そう、それカナそれカナ!」


 妖精は藁の布団の上に仁王立ちで立ち、俺を指差しながらそう答えたのだ。──うん、それは身に覚えがある。ってか間違いなく俺だな。


 やってしまったものは仕方がない。ここは大人の対応をしよう。悪い事をしたら謝りなさいって、じいちゃんに教えられたからな。


「すまない、あの時はカッとなってやった。でも後悔はしていない!」


「──ナンダヨソレ!」


 まぁ、俺が間違いなくやったけど、じいちゃんの形見の刀を馬鹿にしたアイツらが悪い。うん、間違いない! 悪いのはあいつらだ。


「どうするカナ! お陰でボクの住むトコロがなくなっちゃったカナ! どうするカナ!」


 欲しいものを買って貰えなかった子供のように、目の前の妖精は布団の上で転がり回る。──これは中々可愛いな……。


「まぁ、そのなんだ……すまない」


 理由はどうあれ、この妖精には全然罪も何もないわけだし確かに悪いことをした。反省しよう……。


 よし! では、謝罪もしたし、もう少し寝ようか……。


 俺はその場で横になり、再び刀を抱きしめ寝ようとしたのだが……。


「コラァ! ナニもなかったかのように寝るなカナ! いいかげんボクが泣くシ!」


 横になると目の前で地団太を踏み、怒り出す愛らしい妖精の姿が……寝るに邪魔なんだけど……。


「そう言われても、俺に何が出来るんだよ? 大体、この刀を馬鹿にしたアイツらが悪い!」


 折れたものは仕方ないだろう……。例え治したいとしても、城に取りにも行けないし設備だって……それをおこなう金さえもない。


「ソレ」


「ん?」


「君が持ってる、それに住まわせて欲しいカナ」


 妖精は、たぶん俺が持つ刀を指差しながら「ソレに、住まわせろ。」っと要求をしてきているようだ……。 

 彼女に見せるように刀を出し、片方の手で刀を指さした。それを見た目の前の妖精は、すごい勢いでウンウン頷いている。


 なるほど…住んだ家を壊した変わりに、新しい家に住まわせろと……。言ってる意味は大いに理解できた。


「お断りします。」


「ナンデダヨウ!」


 いや、良く考えて……まではいないけど、勇者の剣に付いていた妖精が俺の持つ刀に移住とか、面倒事の予感しかしない……。そういうめんどくさそうなのは、マジでゴメンだ。


「ナンダシナンダシ! ボクは聖剣の精霊だシ! この上なく有り難いコトなのカナ!」


 この世界の人間にとったら、もしかしたらそうなのかもしれない。しかし、それは俺にとっても同じ事とは限らないのだよ。


「こいつはとても大切な物なんだ、訳のわからない事に関わる気はない」


 俺の発言に少し頭を悩ませ、目の前の自称精霊は「大切なものなら、なおさらボクに住まわせた方がイイカナ! 後悔させないカナ!」と自信たっぷりの発言をした。


 それにしても後悔させないとか、余程の自信があるようだ……。必死な所も可愛いし、少し話ぐらい聞いても良いのかもしれないな。


「具体的に、どういう風に後悔させないんだ?」


「ボクが剣に住めば魔法が使えるカナ! 後剣が光る様になるシ!」


 なるほど……魔法ね。確かに一般的な俺ぐらいの年頃の男なら、喉から手が出る程欲しがるだろうな。

 しかし、自分で言うのもなんだが、俺は一般的とは程遠い! 剣が打てれば魔法などいらない! むしろトラブルの種になる可能性があるなら、こちらから願い下げだ。


「後は……今回みたいに折れたら無理だけど、刃こぼれぐらいなら自動修復するシ」


「なに? でもあの聖剣は、刃こぼれだらけだったぞ?」


「アレは持ち主がいなかったのと、台座がボクの魔力をムリヤリ吸い上げてたからダモン。ヒドイ話だシ。」


 目の前で腕を組ながら、ウンウンっと一人頷く精霊様。面倒事はあるかもしれないが、刃こぼれが治るのは良い話だぞ?


 刀は上手に切れば、連続で二十回、三十回切れるとは言われているが、ソレは骨等を避けた場合だ。そうじゃなくても、何かに使えば刃は当然痛む。


 その後、刃こぼれを研磨で削る訳だから、刃は痩せ縮んでいってしまうし、研磨にも直せる限界はある。


「よし……その話乗ってやる」


「本当カナ? やったシ!」


 精霊は目の前で宙に浮き、嬉しそうに俺の顔の前を飛び回りながら何度も万歳を繰り返していた。──これだけ素直に喜ばれると、自分の下心が少し恥ずかしくも思えるな……。


「ボクはミコって言うカナ、キミの名前を教えて欲しいシ」


「あぁ、帯刀 たてわき かなでだよ」


「タテワキ? タテワキ……」


 彼女は、腕を組んで何か考え込んでしまった。確かに地球でも珍しい名前だったけど……もしかしたら、この世界だと呼びにくい発音なのかもしれないな。


「カナデって呼んでくれればいいよ。よろしく、ミコ」


「うん!カナデ、よろしくカナ!」


 ミコは満面の笑みで無邪気に笑みかけてきた。その笑顔は、流石聖剣の精霊っと言ったところか? まるでけがれのない生まれたばかりの子供の様な笑顔だ。


「じゃぁ~早速契約するから、剣の名前を教えてほしいカナ!」


「え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る