第4話 お友達


 GL学園での生活が始まって二週間が経とうとしている。

 寮では、学園のマドンナであり生徒会長のなでしこ先輩との生活。教室ではお嬢様達に囲まれた生活。


 私は完全に孤立していた。


(友達が出来ない!!)


 私は小さく机を叩いた。


(どうして!? どうしてお友達が出来ないの!)


 私はうなだれる。


(お友達欲しい!)


 周りを見る。


(う……)


 きらきらきらきら!


「ごきげんよう」

「あら、恭子さん、今日の髪型も素敵ですわね」

「里香さんも、素敵ですわ」

「次は移動教室ですわよ」

「一緒にいかが?」


 おしとやかなお嬢様達がきらきらきらきら!


(あ、これは無理だ)


 私は一般人の凡人。


(これは友達出来ないわ)


 私は一人で立ち上がる。


(うう。一人寂しい……)


 立ち上がると、横を通り過ぎたお嬢様が筆箱を落とした。


「あ」

「あ」


 私とお嬢様の声が重なる。私は率先して落ちた筆箱を拾う。


「落とされましたよ」

「どうもありがとうございます」


 お嬢様がにこりと笑う。私もにこりと笑う。筆箱を差し出す。お嬢様は受け取る。筆箱についてるキーホルダーが光る。


 B.S.O.L。


(え?)


 私は見る。B.S.O.L。


(これは……)


 まさか。


「小野寺……」


 ――お嬢様の手が、びくっ、と揺れた。


「え?」


 見上げると、お嬢様は何食わぬ笑顔。私から筆箱を奪う。


「失礼」

「え」

「失礼」

「ちょ」


 お嬢様が早歩きで教室から抜け出す。私は追いかける。


「お、お待ちになって!」


 片言のお嬢様語を発し、お嬢様を追いかける。廊下に出ると、お嬢様がそそくさと廊下を歩く。


「お、お待ちください!」


 私は追いかける。廊下を走る。お嬢様は早歩きで歩く。私は追いかける。お嬢様の肩を掴む。


「お待ちを!」


 お嬢様が私の手を払った。


「ふはっ!?」

「これはこれは」


 お嬢様が振り返る。


「一体、わたくしに何の御用でしょうか?」


 私と同じクラスのお嬢様。伊集院加奈いじゅういんかな。微笑みを絶やすことなく、私を見つめる。私はごくりと生唾を呑み、加奈お嬢様を見つめる。


「その筆箱のキーホルダー」


 B.S.O.L。


「それは、小野寺桜子先生ファンクラブ限定キーホルダー。なぜ貴女のようなお嬢様が、それを……」

「ふっ」


 加奈お嬢様が笑った。


「よく気付いたな」


 加奈お嬢様が構える。


「そう。私こそ」


 ポーズを決めた。


「小野寺桜子先生ファンクラブの一人!」


 私は目を見開く。


(こ、これは……! 選ばれし人間のみが出来ると言われているポーズ!)


 ジ ョ ジ ョ 立 ち !

 私は一歩後ずさる。


「貴様、スタンド使いか!」

「ばれてしまってはしょうがない!」


 加奈お嬢様がスマートフォンを取り出した。


「三平方の定理!」

「ここで三平方の定理だと!?」

「天才ですから!」

「茎わかめぎぶみー!」

「どうやら話が通じるようだな! いいだろう! 私とどっちが強いか、力比べをしようではないか!」

「やれやれだぜ!」


 私はスマートフォンを取り出した。お互いのスマートフォンを向けて、振った。


「「おらおらおらおら!」」


 ぴろりん。伊集院加奈、というアイコンを登録する。


「伊集院さん、移動教室、良ければ一緒に参りませんか」

「ふっ。そこで殺し合おうということですわね。よろしくってよ」


 私と伊集院さんが一緒に美術室に移動する。美術室は自由席のため、お嬢様達が話しやすそうな人のところとくっついて座る。

 私と伊集院さんが隣同士で座り、授業が始まる。先生が粘土で作品を作りましょうという企画を立て、皆が粘土をこねこねする。

 私と伊集院さんは粘土をこねこねしながら、小声で話す。


「ねえ、かなちゃんって呼んでいい?」

「私はなんて呼んだらいい?」

「私、まるって呼ばれてるの」

「まる……? どうして?」

「先輩が勝手にそう呼んでるの」

「先輩って、なでしこ様?」

「あ、うん。寮が同じ部屋で……」

「え!? なでしこ様と同じ部屋なの!?」

「うん」

「えっと、……まるさん?」

「まるでいいよ」

「ふふっ。じゃあ、まるちゃん。まるちゃんはなでしこ様の親戚か何かなの?」

「ううん。他人。偶然部屋が一緒だっただけ」

「ああ、そうだったんだ。……ねえ、まるちゃん、なんで皆がまるちゃんに近付かないか知ってる?」

「え?」

「ほら、まるちゃん、初めての授業の日から、毎日なでしこ様と登校してるでしょ? 皆、それで、まるちゃんがなでしこ様の親戚か、従妹か、はたまた血の繋がってない妹か何かだと思って、恐れ多くて近付けないでいるんだよ」

「え、何それ。初耳なんですけど」

「なでしこ様って、ほら、理事長先生のお孫さんだし、すごく美しいし、もう、アイドル的存在でしょう? 近付いたら生徒会の人からふしだら! って指導が入るから誰も近付けないでいるのに、貴女が能天気な可愛いお顔でなでしこ様の隣を歩いてて、皆びっくりしてるんだよ」


(へー。なでしこ先輩って理事長先生のお孫さんなんだー)


「でも、そうだったんだ。ふふっ。怖い人なのかと思ってた。違うなら、普通にお友達でいられるね」


 かなちゃんがにこりと笑った。


「ねえ、まるちゃん。良かったら、今日のお昼一緒にいかが?」

「かなちゃん、お友達と食べてるんじゃないの?」

「私ね、お昼はいつも図書室で食べてるの。知り合いがいて」

「そうなんだ」

「だから、良かったらお庭で食べない?」


(わーい。お友達とお昼ご飯だー!)


 なでしこ先輩には、後で連絡しておこう。私は笑顔で頷く。


「うん。いいよ」

「えへへ。やった」


 私とかなちゃんが微笑み合う。


「桜子先生の話もしようよ。ね?」

「そうだね。ここでは出来ないもんね」


 おしとやかに粘土をこねくり回し、ある程度の作品に仕上げる。かなちゃんは短時間で粘土をこね、ネオアームストロングサイクロンジェットストロング砲を完成させる。完成度ぱねえぜ。


 そして、約束通りにお昼休みに学園の庭のベンチで、私は売店でパンを買って、かなちゃんはお弁当を広げて――BL小説を広げた。


「どゅふふふふふ! まる氏! 小野寺桜子先生作品で、この本は欠かせないでござるよ!」

「かな氏! かな氏! 拙者、この作品、表紙は見た事ございまするが、何せ基地では18禁読書禁止令が出されていた身分でござったため、未だ拝読しておらず」

「まる氏! それはいけないでござる! この本は小野寺桜子先生作品では、伝説となった一冊でござるよ」

「というと?」

「まず、CP」

「ごくり」

「後輩×先輩」

「年下攻めでございまするな。最高でございまする」

「しかも後輩は見た目は大人しそうに見えた腹黒系年下。一方、先輩は不良系年上」

「強気受けでございまするな。極上でございまする。ごきゅり」

「物語は非常にべたでござる。腹黒後輩による、愛ある虐めシチュエーション」

「素晴らしいでございまする」

「しかも、超えっちでござる」

「ごっきゅん」

「まる氏、この本を、大事に出来るでござるか?」

「何?」

「この本、譲ってあげてもいいでござるよ」

「な、な、ななななな! かな氏! 正気でございまするか!」

「これから共に戦い合う仲、この本は、ほんの贈呈品でござる」


 かな氏が本を差し出す。


「受け取るがいい!」

「有難き幸せ!」


 私はかな氏に土下座する。


「ありがとう! ありがとうございまする……!」

「何。これを読めば、次の戦いは大丈夫でござる。心して読むように」

「早速、ページを開くでございまする」


 私はページを開く。


「うっほww ぱねぇww」



(*'ω'*)



 ピンポンパンポーン。


「……」


 ピンポンパンポーン。


「……。……」


 ピンポンパンポーン。


「……。……。……」


 ピンポンパンポーン。


「……。……。……。……」


 ピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポン。


「……。……。……。……。……」


 ピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポン。


「あの猫はどこに行きやがりましたの!」

「早くお捜しを!」

「なでしこ様が大変ですわ!」


 どん!


「ひい!」

「早く! なでしこ様がお怒りですわ!」

「まるを見つけなさい! 早く!」

「どこにいらっしゃるの! あの野良猫!」


 どん! どん!


「まる! まるはどこ!」

「なんで呼び出してるのに来ないの!」

「教室にもいません!」

「どこなの! まる!」

「まるーーー!!」


 ピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポンピンポンパンポン。



(*'ω'*)



 私はかなちゃんと夢中になって話し込む。


「まる氏には、少し刺激が強いかもしれないでござる。しかし、このプレイは最高でござる。これを読むと、他が読めなくなるでござる。どゅふふふ!」


 私は口を押さえる。


「てぃ、Tバックプレイ……!」


 私とかなちゃんが文字を見つめる。



 卓郎の両手首はネクタイで縛られ、身動きが取れない。

 く、くそ。

 暴れれば暴れるほど、ネクタイが締まっていく。

 先輩、抵抗しないでくださいよ。

 は、離せよ!

 何言ってるんですか。ここは、もうこんなになってるくせに……。

 優の手が卓郎の下半身に伸びていく。無理矢理穿かされたTバックの紐をつまみ、引っ張られる。

 あっ。

 引っ張られると、布が尻の間に食い込んでいく。

 あ、や、やめろ……!

 先輩って、こんなにエッチだったんですね。だって、ほら。もう、こんなに、ぬるぬる……。

 優の手が、卓郎の卓郎に触れた。

 あっ! やめろぉ!

 卓郎が震え出す。それを見た優はいやらしく微笑み、指をラインに沿ってなぞっていく。

 ほら、先輩、ここですか……?

 あっ、やめ、あぁん!

 先輩ってば、変態なんだから。男の俺に、ここを弄られて、こんなにぬるぬるになるなんて……。

 やめ、触るな! あっ! やめろっ……!

 先輩、ここ、擦れて、気持ちよくなっちゃって、どんどん大きくなってますね。

 優がにやける。

 先輩、このまま先輩のアームストロングに、俺のポセイドンを打ち込んでしまいましょう、ね……!

 ……あっ……!


「ぎゃあああああん!」


 私は鼻血を垂らし、ぶっ倒れる。


「至福でございまする。拙者、もう死んでいいでございまする」

「わかってるでござるな。まる氏。この本のメインプレイは、何と言ってもお仕置きプレイ。無理矢理恥ずかしい格好をさせられて、調教されるでござるよ」

「なんてえっちなプレイでございまするか。こんな素晴らしいエロ本、我々が拝読して本当にいいでございまするか。かな氏」

「何をおっしゃる。まる氏。これはエロ本ではなく、ファンタジー小説でござるよ」

「かな氏。その言葉を誰かが言ってくれるのを、拙者、待っていたでございまする」

「まる氏、このファンタジー小説は、魔法の本でござる。誰かに見られたら全てを失う魔法の本でござる。大切に部屋の中で保管しておくでござるよ」

「了解でございまする!」

「承知ノ助でござるな!」

「承知ノ助でございまする!」

「いいでござるな。なでしこ姫には見つかってはいけないでござるよ!」

「承知ノ助でございまする!」


 あ。


「いけない。忘れてた」

「え?」

「なでしこ先輩に、連絡してなかった」


 私はポケットのスマートフォンを探す。


「私ね、お昼はいつもなでしこ先輩と食べてるの」

「えー? なでしこ様と? すごーい!」

「そうかなー? そんな事ないと思うかなー? かなかなー?」

「あ、まるちゃん。そういえば、前に呼び出しされてたよね」

「そうそう。あれね、指導とかなんとか言われたけど実は……」


 私はスマートフォンの電源を入れた。――着信履歴100件。私の目が飛び出る。


「ふぁっ!?」


 全て白鳥撫子。


「は!? 何!? 何事!?」


 ピンポンパンポーン。


『……さんは、至急、早く、至急、急いで、速やかに、生徒会室へ、来てください。繰り返します』

「……あれ? まるちゃん、なんか放送流れてない……?」

「ふぁ!?」


 LIME履歴有。


「ちょ、待て! 待て待て待て!」


 二件、白鳥撫子。


 <まる。

 <見つけた。


「え?」


 途端に、上からすさまじい風が吹く。バタバタと音が響く。私とかなちゃんがゆっくりと空を見上げる。ヘリコプターが飛んでいる。


「……」


 ヘリコプターが目の前に着陸した。扉が開けられる。サングラスをかけたムキムキマッチョメンが下りてくる。全力疾走で走ってくる。かなちゃんがぽかんとする。私は立ち上がる。全力で地面を蹴ると、ムキムキマッチョメンに捕まった。


「おふっ」


 肩に担がれる。


「おぶっ」


 ムキムキマッチョメンが私を担いでヘリコプターに全力疾走して戻っていく。私はかなちゃんに手を伸ばす。


「かなちゃーん。早退するねー」

「伝えておくねー」


 かなちゃんが手を振る。私も手を振る。ムキムキマッチョメンが私をヘリコプターに放り投げた。


「ごふっ」


 なでしこ先輩が腕と足を組んで待っていた。運転席の人に低い声を出す。


「出せ」


 扉が閉まり、ヘリコプターが再び飛んでいく。外ではムキムキマッチョメンが敬礼する。かなちゃんが敬礼する。ヘリコプターは空高く飛んでいく。


 私の意識も、空高く飛び上がりそう。


(……)


 無言のなでしこ先輩。隣で固まる私。沈黙。お通夜状態。無言。空気が重い。私は俯いて、ひたすら顔を青ざめる。


(……連絡、忘れてた……)


 ヘリコプターがゆらゆら揺れる。私の意識もゆらゆら揺れる。


(これは完全に、私のミスだ……)


 ちらっと、なでしこ先輩の膝を見る。


「……あの……先輩…」

「お前」


 同時に、なでしこ先輩の低い声が私の声に被さる。


「自分の立場を分かっていないようだな」


 なでしこ先輩の手が、私の顎を掴んだ。そのまま、ぐいと引っ張られる。


「っ」

「指導だ」


 なでしこ先輩の鋭い目が、私の間抜けな目を睨んだ。


「お前が誰の飼い猫か、はっきり分からせてやる」

「あっ、ご、ごめんなさっ……」


 私の体がたじろぎ、手が滑った。ずっと大切に持ってた文庫本が足元に落ちる。


(はっ!)


 表紙が現れる。


 凸凹でこぼこ♥ムキむちコンビ~先輩に愛のお仕置き~。


 なでしこ先輩の目が文庫本の表紙を見る。私は青ざめる。なでしこ先輩の手が、私の顎から離れる。ゆっくりと、文庫本に伸びる。


(ま、魔法の本が……)


 ぺらりと、なでしこ先輩がページをめくった。


「……。……。……」


 見られた。


(……そして……全てを失った)


 沈黙するヘリコプターは、寮に向かって進んでいた。



(*'ω'*)



 寮の部屋。最上階。私がお世話になっている一室。

 拘束された両手。何で縛られているかはわからない。

 四つん這い状態。姿勢を崩したくとも、両手の紐が何かに下げられているのか、そこで固定されて、姿勢を崩せない。

 着替えさせられた体操着。この学園の体操着、ハーフパンツのはずなのに、なんで私はブルマなんて穿かされてるんだろう。

 瞼を覆う布。お陰で目を開けられない。


 そう。つまり、


 体操着(ブルマver)の私が、目隠しされて、何かで両手を拘束されたまま吊るされて、四つん這いになっている状態というわけだ。


(お昼を友達と過ごしますって連絡しなかっただけで、この仕打ち!)


 それだけならまだ私も我慢できた。まだごめんなさいを素直に言えた。指導を素直に受けることが出来た。


(うう……)


 プラスアルファが付いてきやがった。

 もじ、と太ももをこすらせる。


(落ち着かない……)


 今の私が身に着けるのを許された下着。


(Tバックのパンツのみ……)


 上は無し。体操着の中は、ノーブラからのTバックという、私ではとても色気が追いつかない間抜けな姿。


(Tシャツから、胸透けてないかな……?)


 つ。


「あっ……!」


 思わず、声が出る。足に力が入る。太ももの裏をなでしこ先輩になぞられたらしい。


「まる」


 低い声が耳に響くと同時に、私の肩がぴくりと揺れた。


「自分のしでかしたことを、分かっているだろうな?」

「はい!」


 私は暗い視界の中、必死に返事を返す。


「連絡を忘れました! 本当にすみませんでした!」


 ――ふう。


「ひゃっ!」


 思わぬ耳への吐息かけに、驚いてすくみあがる。なでしこ先輩の指が、私の横髪に触れた。


「まる、昼は私と過ごすように言っていたはずだが?」

「はい! あの、でも! 初めて出来た友達にお昼を誘われまして! 親睦を深めるために一緒に過ごしたく、そうさせていただきました!」

「勝手に決めるな」


 なでしこ先輩の手が私の首をなぞる。私の体がびくんっ、と揺れる。


「っ」

「お前を飼っているのは私だ」


 私がご主人様だ。


「主人の言いつけを勝手に破るなど、言語道断」


 なでしこ先輩の手が私のお腹に巻き付いてくる。なでしこ先輩の体が私にくっつく。突然の体温に驚いて、私の上半身が揺れる。


「念入りに指導してやる」


 私のうなじになでしこ先輩の唇がくっつく。また体がびくりと揺れる。


「ぁ、」

「それに、お前は主人を無視して、またふしだらな本を見ていたらしいな」


 なでしこ先輩の手が私のお腹をなぞる。


「小説の主人公と同じ姿をしてみるのはどうだ? 世の中では、コスプレ、というらしい。良かったな」


(なでしこ先輩、これは違うと思います!)


 私の体が恐怖でぶるぶる震え出す。


(もう、こうなったら謝って許してもらうしかない! 目隠しだけでも取ってもらわないと、色々と怖い! どう触ってくるかも予想できないし!)


 よし、頑張って謝って許してもらうぞ。いつもみたいに謝れば大丈夫! きっと大丈夫!

 私は見えない中、先輩に向かって声を出す。


「先輩、あの、本当にすみませんでした」

「ああ。謝罪は当然だ」

「ご指導は素直に受けます。ですので、せめて目隠しだけでも取ってくれませんか? お願いします」

「ほう。指導を素直に受けるとは、お前も成長したな」


 目隠しを取れ?


「それじゃあ指導にならない」


 なでしこ先輩が私の耳に囁く。


「だーめ」


 そして、私の耳に舌を伸ばした。


「ひゃあっ!」


 突然感じた熱に驚いて、悲鳴をあげる。


「せ! 先輩、何して……!」


 ぺちゃ。


「あ、み、耳は、舐めるところじゃ、ありません…!」


 くちゅ、ぺちゃ、ぴ、ちゃ。


「はっ、ちょ、これ、ほんとに、ちょ、」


 ぴちゃ。


「ふ、んんん!」


 体が力んで、腰が揺れる。なでしこ先輩の舌が止まらない。


 れろ。れろり。れろれろ。


「あっ、だめ、です。せんぱい、それ、……っや、だめっ……」


 れろれろ。ろれり。れれれ。


「く、くすぐった……ん、んん……!」


 つ。


「ひゃ、こ、今度は、なに……」


 れろり。


「ぁっ! だから、し、舌、耳、なめちゃ……!」


 なでしこ先輩の手が、つー、と体をなぞっていく。


「……な、なでしこ、先輩…? あの、ど、どこ、触る気で……」


 ――っ。


「ひっ!」


腋。


「ははっ」


くすぐられる。


「あははは! ちょっ、せっ!」


指が動けば過敏に感じる。


「きゃはははは!」


なでしこ先輩の手がくすぐってくる。


「ちょ、まじで、ぜ-、はー、たんま! 休憩を! はー! 私の事くすぐったって、何も楽しくないですよ!」


 なでしこ先輩の笑う息が、耳にかかる。


「っ!」

「なんだ? 小説と全く同じ事をしているだけだが?」

「小説と現実は違うと思います!」

「でも、まる」


 こちょ。


「ひひひ!」

「楽しそうじゃないか」


 なでしこ先輩の楽しげな低い声が、耳に響く。


「くすぐられて、笑って、反省してないんじゃないか?」

「せ、っ、せめて、目隠し……」


 手が動く。


「ひっ!」

「お前、さっきからどんな声を出してるか自覚してるか?」

「はへ……?」

「まあ、なんとも……」


 なでしこ先輩の声が鼓膜まで響く。


「不埒な声だこと」

「っ、それは、先輩がくすぐってくるから……!」


 こちょ。


「ひっ、やっ!」

「いやらしい猫め」

「違います!」


 私は必死に否定する。


「私、別にいやらしくありません! なでしこ先輩が、変な触り方するからです!」

「ほーう? まだそんな口が聞けるのか? 面白い」

「ちょ、ちょっと連絡が遅くなっただけじゃないですか!」

「ちょっと?」


 なでしこ先輩の手が私の体をなぞっていく。


「ひゃっ」

「主を待たせること自体、いけないことだ。まる」


 忘れてないか?


「自分の立場」


 お前は、


「私の猫だ」


(ひっ!?)


 なでしこ先輩の手が、Tシャツの中に入ってきた。


「あっ! ちょっ、なっ、何する気ですか!」


 私は体を揺らす。でも、なでしこ先輩の体も、手も離れない。


「やめ、やめて! やめてぇ!」

「指導中だ」


 なでしこ先輩の指が、私の体をなぞる。


「大人しく受けると言ったのは、まるのくせに」


 嘘つき。


「反抗的なお前には、より入念な指導が必要らしい」


 手が登ってくる。


「私に逆らうとどうなるか、その胸に刻んでやる」


(え……? 何これ)


 いつものなでしこ先輩じゃない。


(おふざけじゃない)


 何これ。


(怖い)


 先輩の手が体をなぞる。


(え?)


 くすぐってくる。


(え、え?)


 手が、指が、


(あれ、あれ? あれ?)


 ――何分経った? 何時間経った? 目隠しされて、恥ずかしい格好をさせられて、縛られて、暗い視界の中、なでしこ先輩の指と、手と、声だけを感じる。


「まる」


 肩が震える。呼吸が浅くなる。


「どうした? また気絶したのか?」


 私は首を振った。起きてますって言わないと、また、――噛まれるから。


「まる、お前の主は誰だ」

「……ぱいです……」

「聞こえない。もう一度」

「なでしこ……先輩です……」

「お前は私の?」

「……猫です……」

「だったら、昼はどうしたらいい?」

「……先輩と……一緒に……」


――やっと友達が出来たのに。


(ただ、仲良くしたかっただけなのに)


 じわりと、目を隠す布が濡れてくる。


「……ふぇっ……」

「……?」


 なでしこ先輩の手が、


「まる?」


 肩に、触れた途端、


「いっ」


 私はとうとう拒絶した。


「いやあああああああああああああ!!」


 身を縮こませ、ぎゅっと丸くなる。


「やだ! やだ!! やだ!!!」


 拘束された両手がぶるぶると震える。


「ママぁ! ママーーーーーーーあ!!!!」


 体全体がぶるぶる震え出す。


「うわあああああああん!! あああああああああ!!」

「っ」


 なでしこ先輩の手が私の頬に触れた。


「まる?」


 ―――指導。


「ひゃあああああ!!! ごめんなさい!!!」


 私は小さく小さく座り込んで、がたがた全身を震わせる。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」


 がたががたがたがた震える。


「もう、もう悪い事しません! もうしません!!」


 私は悲鳴のように声を荒げる。


「ごめんなさい! もうしませんから! もう! 先輩には逆らいません! 友達も作りません! 先輩とだけ一緒にいます!!」


 私は涙をぼろぼろ流す。布が濡れていく。


「お願いです! もう何もしないでください! もう悪い事しないから! お願いです! ごめんなさい! ごめんなさい!」

「まる」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

「まる」

「ごめっ」


 ――両手が自由になった。


(あ)


 地面に両手が落ちて、床に掌がくっつく。次に顔から布が取れた。


(あ)


 床に布が落ちる。次に、被さる影。


(ひっ)


 影に反応して、ぎゅっと瞼を閉じる。


(やだ!)


 体を小さくさせれば――ふわりと――優しい布が私を上から包んだ。


(……ん)


 その上から、抱きしめられる。


(はぶっ)


「……」


 ……。……。……。……。


「……?」


 ゆっくり瞼を上げると、ふわふわのタオルケットに包まれた私を、なでしこ先輩が黙って抱きしめていた。


「……」


 背中を撫でられる。


「……」


 ぽんぽんと、優しく撫でられる。


「……」


 またなでなでと、撫でられる。


「……」


 なでしこ先輩が黙る。私を撫でる。布越しから撫でる。なでなでしたり、ぽんぽんしたり、なでなでしたり、ぽんぽんしたり。


「……」


 きょとんと瞬きをする。


「……」


 鼻水が垂れてきて、ずず、とすする。

 なでしこ先輩の手が私の頭に上ってきた。ぽんぽんと撫でられる。


「……お前には、少し、早かった」


 私としたことが。


「ろくな知識もない猫に、早すぎた」


 私を抱きしめる。


「まる、泣くな」


 私を腕の中に閉じ込める。


「泣くな」


 私を胸に押し付ける。


「少し、早かった」


 なでしこ先輩が、私をぎゅっと抱きしめる。


「……泣かないで」


 なでしこ先輩の顔が近づいた。


(あ)


 ちゅ。


 瞼に、優しく、キスされる。


(……ママのキスみたい)


 さっきと違う。


(……優しい)


 頭を撫でる手付きも、さっきとまるで違って、


(……優しい)


 なでしこ先輩の胸に、すり、と顔を押し付けてみる。なでしこ先輩が締め付けない程度に、それでも締め付けて私を抱きしめる。くっつく。ぎゅうってしてくる。耳に囁いてくる。


「……怖かったか」


 私はこくりと頷く。


「……お前が悪いんだぞ」


 私はこくりと頷く。


「……だけど……私も『少々』やりすぎた……ところもある」


 なでしこ先輩が優しく、私の頬を撫でる。


「悪かった」


 だから、


「……泣かないで。まる」


 あまりの優しい手つきに、意識がぼうっとしてくる。

 酔いしれてしまいそうなぬくもりに、頭がぼうっとしてくる。

 なでしこ先輩の手が優しい。

 私を撫でる。

 私を慈しむ。

 私に触れる。

 壊れてしまって崩れたガラスのように、そっと、優しく、触れてくる。


(……あったかい……)


 撫でる手が、触れてくる手が、


(……優しい)


 ぼうっとする。


(なんか)


 ふわふわする。


(すごく怖かったはずなのに)


 涙は引っ込んで、鼻水も止まる。


(ふわふわする)


 優しく撫でてくる手。


(先輩の手が優しくて)


 意識がふわふわしてくる。


(なんか、あったかい)


 ふわふわしてくる。


(あったかい)


 私はなでしこ先輩に自らすり寄る。


(……あったかい)


 私はそこで、瞼を閉じた。


 ――遠い意識の奥から、お姫様の泣き声が聞こえた。


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