第2話 一日目の夜
制服が可愛いという理由だけで入ったGL学園。皆のマドンナ。生徒会長の
寮に帰ると何故かなでしこ先輩が私の部屋にいて、実は部屋の相方がなでしこ先輩だと知って顔を青ざめていたところ――テーブルに並べられた素晴らしきディナーの数々に、私は目を輝かせ、涎を垂らした。
(むふぉおおおおお! なんじゃこりゃあぁあああああ!!)
まるでフランス料理。
まるでイタリア料理。
まるで日本高級料理。
まるでスイス料理。
まるでエトエトラ。
(え? え? 何これ。しゅごい! しゅごいよ! これしゅぎょいよぉう!)
とにかくきらきら輝く料理達。全て、なでしこ先輩の手作りである。
「食事にしよう」
髪の毛を一本にまとめたなでしこ先輩が華麗にエプロンを外した。
「ここの寮は朝食はあるが、昼食と夕食が無くてな。作るしか無いんだ」
「な、なでしこ先輩、料理出来るんですか!?」
私が愕然として訊くと、鼻で笑われる。
「当然! こんな事も出来ず、何が生徒会長だ! 笑わせるな!」
「先輩、生徒会長は関係ないと思います」
「お前にキッチンを渡したらどうなるか知れない。今夜は私の手料理を味わうがいい。ペットの食事を用意するのも、主人の役目だ」
(ご飯用意してくれるの有難いなあ。猫になるのも悪くないかもしれないなあ)
私は手を合わせる。
「いただきます」
私は端から手を付ける。
「あむ」
その瞬間、私の目が見開かれる。
(美味しい)
ママの手料理より美味しい!
(こんな料理、初めて!)
私の手が進む。
(何これ! 食べてみれば、外サクサク! 中がしっとり! こっちはどうだ! はっ! 噛めば噛むほど味が出てくる! これはなんてハーモニー! いっつ、べりー、でりしゃす!)
私は黙ってむぐむぐ食べる。口の中に詰め込む。箸が止まらない。なでしこ先輩はおしとやかに食べる。画面が無駄にでかいテレビから関西弁と笑い声が聞こえる。
「おい、ちゃんと噛め」
私はごくりと飲み込む。ぎゅっと物が詰まる。苦しくなってうずくまる。
「お茶」
全力でお茶を飲む。物が通る。息を吐く。また箸を進ませる。
(お米も美味しい! おかずも美味しい!)
いっつ、べりー、でりしゃす!
「……おかわり貰ってもいいですか?」
訊くと、なでしこ先輩が手を差し出す。
「お茶碗」
「あ、はい」
お茶碗を渡す。
「どれくらいだ」
「同じくらいで……」
なでしこ先輩が盛り付け、私に渡してくる。
「はい」
「ありがとうございます」
受け取って、テーブルに乗せて、再び食べ始める。
(うほっ! うめえ!)
そして、食事と言ったらこれ!
(だん! 麦色のやつ!)
おかわりした麦茶。泡と合わせて9.5対0.5。ごきゅごきゅ飲み込む。
(っっはぁ! うめえ!)
それではゆっくり、食べていくよ。
(あーーうまーーー)
こんなに食事が自然と進むのは、多分、今日一日で疲れが溜まっていたからだろう。そして食事がこんなに美味しいから、より進むのだろう。
(そういえばご飯システム聞いてなかったなあ。私一人だったら今晩何も出来なかったや)
「夕食は私が作る。お前は皿を洗え」
「はい」
「時間は19時。ゴールデンタイムのテレビ番組が流れる時間には食事が出ていると思え。つまり、それまでにはここにいろ」
「はい」
「寮の門限は21時。ご飯が食べたくば19時には部屋にいろ」
「わかりました」
「よろしい」
私はチラッと空のロフトを見る。
「なでしこ先輩」
「なんだ」
「ロフトあるじゃないですか。下のお部屋は全部先輩にお渡ししますので、あそこを私のお部屋にしては駄目ですか?」
「ああ」
なでしこ先輩が納得したように声を出した。
「そうだな。猫は上にいたがるものだ。いいだろう。勉強部屋なり、なんなり、お前の自由スペースにしろ」
「ありがとうございます。感謝します」
(よし! 明日引っ越し業者が来たらテーブルを上に運んでもらおう!)
あとは、お布団一式と、本棚。タンスはロフトにあったやつを使えばいいから……それくらいだっけ?
(ふむふむ。一人部屋としては快適)
小さな階段になってて上りやすいし。
(素晴らしい)
「ご馳走様でした!」
「食べたな」
「普段はこんなに食べません」
「残りは明日に置いておくことにしよう」
なでしこ先輩が立ち上がる。
「風呂に入ってくる。片付けておけ」
「はい」
なでしこ先輩が部屋に付いてるお風呂へ行ってる間、私は後片付けをする。
(昔からそうなんだよなあ。私、おままごととかしてても、いつもご飯の片付け担当ママで、ほらほら、早くお風呂入ってきなさい! っていう役だったんだよなあ)
私はラップで残った物達を包み、冷蔵庫に入れていく。食べ尽くしたお皿は洗剤で綺麗に洗っていく。
(アルバイト、お皿洗いとかいいかもなあ。手がふやけるかもしれないけど、クリーム塗って何とかしておけば大丈夫かもしれないし)
お金ないから、週二日とかでもアルバイト出来ればいいんだけど。
(どこか雇ってくれそうな所、無いかな)
まあ、そんなことは後で考えるとして、
(よおおおおし! なでしこ先輩がお風呂に行ってる間に!)
私は鞄と共にロフトに向かって走る。
(私は! これを! 読む!)
ガチムキムッチリ男子学園パラダイス~ヤらないか~。
(うっほおおおおおおお!!)
私は制服のまま、何もないフローリングにごろんと寝転がり、文庫本をバッと開く。
(ふわあああああああ!!)
モザイクで表示されるであろうデトロイトメタルシティなイラスト。
(これこれこれぇぇぇえええ!!)
筋肉むちむち!
(ああ! BL! 私は! ようやく18禁のBLが読めるのね!)
私は字を追っていく。じっと追っていく。
(ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……)
頭の中で読んでいく。
(ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……)
頭が字で集中する。
(ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……)
「……まる。上がったから、お前も入れ」
(ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……)
「……まる?」
(ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……)
「……」
なでしこ先輩が階段を上がる。私は本に集中している。
(ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……)
なでしこ先輩が私に近づく。私は本に集中している。
(むほっ!?)
こ、こんな初期段階で、こんなえっちなことを!
(うわぁぁぁあああ!)
夢に見ていたエロシーンに、目が輝いていく。
(舌を絡ませてキスするなんて、なんてえっちなの!)
キスって、そんなキスもあったんだ!
(うわあ、エロイ……! エロいよ……!)
唾をごくりと飲み込む。
(これが……! 18禁!)
私は字を目で追う。
おい、やめろよ。タカシ!
ははは! からかっただけだって。怒るなよ。
な、なんだよ、もう……!
ふてくされる顔は赤く染まり、胸がどきどきして止まらない。
あ、どうしよう。変なキスされて、俺のシーソーが、上に上がってきて……!
おいおい、どうしたんだよ。ヒロシ……。お前の何もなかった地面に、
「バベルの塔が建ってるぜ」
耳元で聞こえた乙女の声に、私の息の根が止まった。
「っ」
驚きすぎて口から出てきた魂を、なでしこ先輩が掴み、私の口の中に押しやった。
「おい。風呂に入れ」
「はっ! 一瞬、天国にいるお爺ちゃんが私に手を振っているのが見えて……!」
振り向くと、お風呂上がりのなでしこ先輩が私に乗っかるような形で、私を見下ろしていた。
「むふぉっ」
お色気むんむんのなでしこ先輩に、思わず声が出る。
「はわわわわわっ!」
近づいてはいけない存在に私は慌てて逃げ出し、壁に背をつく。なでしこ先輩がそんな私を呆れた目で見ている。それでも私の視界には、女神のように美しい、お風呂上がり特有の、少し頬を赤らめた色気たっぷりのなでしこ先輩が映っている。
(これが、本物の美人ってやつか!)
すげえー。美人すげーえ!
壁にくっついてなでしこ先輩に見惚れていると、なでしこ先輩が文庫本のページを開いて、目を通す。
(あ、それ、あかんやつ)
「……どうやら主人の私が風呂に入ってる間に、お前は法律では禁止されている描写に触れてしまったらしいな」
いけない猫だ。
なでしこ先輩の目がぎろりと光った。
「指導だ」
私に近づいた。
「ひえっ」
私が逃げようと右に行くと、なでしこ先輩がいる。
私が逃げようと左に行くと、なでしこ先輩がいる。
「あばば!」
私は何とか逃げようと試みるが、なでしこ先輩に詰め寄られ、端の端に追い詰められた。
「あばばばばば!」
「大丈夫、怖い事はしない」
なでしこ先輩がにやける。
「抵抗するな」
(あ、終わった)
私の人生、短かったなあ。
(さようなら。ママ、パパ、お兄ちゃん。そして大好きなBL)
私は息を止める。なでしこ先輩との距離が1となる。顎を掴まれる。上に持ち上げられる。目の前にはなでしこ先輩。
「まる。自分の罪を分かっているか?」
私は目を横に動かす。再びなでしこ先輩を見る。言ってる意味がよくわかりませんという視線をなでしこ先輩に送り、瞬きした。なでしこ先輩の冷たい目が私を見る。
「お前はまだ19歳になってもいないのに、18禁小説を読もうとした。そして、エッチな描写を見ていた」
私は頷く代わりに瞬きした。
「知識もないのに、そんなことをしては駄目じゃないか」
私は再び目玉を横に動かす。再びなでしこ先輩を見る。その通りです。という視線をなでしこ先輩に送り、瞬きした。
「お前はこの学園の生徒手帳を読んだか? 今一度読み直せ。不埒な真似は許さない」
でもこの本を返してくれたのは先輩じゃないですか。それは私の本です。どうしようが私の勝手だと思います。という目でなでしこ先輩に訴える。
「分かってないな。まる。私は、知識がないうちに、そういうものを読むなんて、いけないと言ったんだ」
なでしこ先輩が近づく。
「私が指導してやる」
なでしこ先輩が私の顎を掴んだまま、首を傾げた。
「正しい知識さえ植え付ければ問題ないのだから」
(え)
なでしこ先輩が近づく。
(あ)
――私の唇に、なでしこ先輩の唇がくっついた。
(は!?)
目を見開く。なでしこ先輩との距離は0となる。
(はぁぁぁあああ!? 何、これ!)
ふぁっ。
(なでしこ先輩の唇やわらかーい)
でも、キスって硬いんだね。知らなかった。
(なんかふわふわしてると思ったら)
思ったより、硬いんだね。
(まー、歯も当たってるし、骨だし、唇ってただの肉の塊だし、そうだよねえ。硬いよねえ)
私に正しい知識が植え付けられる。
(そうか。キスは硬いのか……)
でも、なでしこ先輩の唇は柔らかい。ふわふわしてる。
「ちゅ」
「ん」
唇が動く。
「むちゅ」
「ん」
唇が動く。
「ちゅ、ちゅ、ちゅ」
「ん、ん、ん……」
私の肩がぴくりと揺れる。なでしこ先輩が気にせず私の顎を押さえつけ、唇を当てる。後ろには壁。前にはなでしこ先輩の唇。もう私に逃げられる場所はない。
(これが指導ってやつなのかあ)
唇が動く。ぺろりと、舐められる。
「んっ」
変な声が、鼻から漏れる。ぴくりと体が揺れる。しかし、なでしこ先輩は気にしない。どんどん私の唇を舐めていく。
(あ、舐められてる)
小説にあった描写みたい。
(……こんな感じなんだ)
ぼうっとしてると、私の口が薄く開いた。その間になでしこ先輩が入ってきて、ようやく自分の口が開いていたことに気付いた。
(あ)
時すでに遅し。
(入ってくる)
なでしこ先輩の舌が、私の口の中に入ってきた。
「……ん」
体が強張る。手を動かすと、なでしこ先輩が上から押さえてきた。
「ん」
舌が動く。熱い舌が私の引っ込ませた舌を見つけて、突いてくる。
(あ)
絡まれる。
(……あ)
熱い舌に絡まれて、私の舌も熱くなっていく。
(……)
なでしこ先輩の吐息を感じる。熱い舌を感じる。体が強張る。ぎゅっと体に力が入ると、なでしこ先輩の手が、私の手から腕に移動して、腕から肩に移動して、肩から背中に移動する。
(……ん)
とんとん、と優しく背中を叩かれる。
(ふぁっ)
撫でられてるという表現の方が正しいか。
叩かれているという表現の方が正しいか。
優しく、とんとんと手が私の背中に当てられる。
(あ、これ)
ママによくやってもらってたやつ。
(寝る前とかに、小さい時に)
ぽんぽんしてもらってたやつ。
(落ち着く)
なでしこ先輩の手が優しく私の背中をとんとんする。
(何これ。すごい……)
熱い舌と優しい手の動作で、頭がぼうっとしてくる。
(舌が熱い)
舌同士が絡み合う。
(あ、唾が)
垂れる。
(ん)
ごくりと飲み込む。微かに、くすりと、笑い声が聞こえた。
(……え?)
舌が離れる。唇が離れる。なでしこ先輩が離れた。
(ふぁ……)
私の瞼が開けられる。息が絶え絶え。肩を上下に大きく揺らし、浅い呼吸を繰り返す。
「……」
なでしこ先輩は、実に涼しい笑顔で私を見下ろしている。
「……。……」
私は浅い呼吸を繰り返す。
「……。……。……」
なでしこ先輩の腕が、私に伸びる。
(へ……?)
優しく、そっと抱きしめられる。
(わあ)
ママの腕の中みたい。
ぼうっとしていると、なでしこ先輩が私の頭を優しく撫でてきた。
「ディープキス、というのは、今したキスのこと」
なでしこ先輩の声が耳に響く。
「お前が読んでた描写そのままだ」
私の頭が撫でられる。
「覚えておけ。これがそういうキスなのだと」
なでしこ先輩が私の耳に小さく掠れた声をかける。
「返事は?」
「……ふぁい……」
「よろしい」
満足そうに笑って、私の背中をとんと叩いた。
「風呂に入って来い」
「……ふぁい……」
返事をするが、なでしこ先輩が私を離さない。
「……」
私は先輩の背中をとんと叩いた。
「せんふぁい……」
「なんだ?」
「おふろ、はいれあふぇん……」
「温めておいたから、入っておいで」
「ふぁーい……」
私がふらふらと動き出すと、なでしこ先輩がようやく私を放した。解放された私はふらふらと動き出す。ゆっくりと立ち、階段を下りる。ふらふらとボストンバッグに移動する。中から着替えを取り出して、ふらふらとお風呂場へ歩いていく。
(お風呂……)
シャワーを浴びる。
(ふわぁ……)
湯舟に入る。
(ふわぁ……)
唇に触れてみる。
(ふわぁ……)
お風呂から出る。タオルで頭をごしごし拭く。
(ふわーーーーーあ! さっぱりしたーーー!)
目がしゃきーん!
扉をぶわぁーん! と開ける。なでしこ先輩がおしとやかに本を読んでいた。
(あ! よく見たらテレビの下にゲーム機がある!)
私はばたばたばたと走っていく。
(スマッシュシスターズがある!)
私はばたばたばたと興奮する。
「なでしこ先輩、これやっていいやつですか?」
「私の私物だ」
「なでしこ先輩、これやっていいやつですか!?」
「壊すなよ」
「はぁーい!」
ばたばたばたとゲーム機をセットする。
「待て」
「むぶっ」
なでしこ先輩に頭を鷲掴みにされる。
「まる、まさか、その頭でやるつもりか?」
「なでしこ先輩、頭が、あたま、あの、頭が、割れそうです。スイカみたいに、ぱっかーんっていきそうです」
「まずは髪の毛を乾かせ」
「自然乾そ」
なでしこ先輩が私の頭を掴んだまま、私を地面に引きずる。
「いだだだだだ! 先輩! なでしこ先輩! 私! 悪い事してません!」
「大人しく座れ」
「はーい」
大人しく正座待機。なでしこ先輩の腕が伸びる。私の頭に被せていたタオルで優しく拭き取っていく。ふわふわふわふわ。なでしこ先輩がドライヤーをかける。ぶわぁ。
「……」
優しく、髪の毛にかけていく。
(あ、これ)
ドライヤーの音めっちゃでかいのに。
(先輩の手が優しくて)
なんか寝ちゃいそう。
なでしこ先輩の手が私の髪の毛を優しく持ち、ドライヤーの風を熱くない程度に当てていく。どんどん髪の毛が乾いていく。
(あ、なんか……)
意識がふわふわして、うとうとしてくる。
(言葉は乱暴なのに、優しい手付きだなあ)
ふわふわふわふわ。
(真っ黒いくせに、器用な人だなあ)
うと。
(ああ、駄目駄目。寝たら駄目)
うとうと。
(私、ゲームやるまで寝れない。本も読んでない)
うとうと。
(こらこら。ドライヤーに集中して。爆音うるさいでしょ?)
ごおおおおおおお。
(爆音……)
うと。
(だめ……)
うとうと。
(うーん……)
うとうと。
(羊が一匹足す一匹で二匹になって……)
うとうとうとうと。
……。
かくん。
「はっ」
私は慌てて首を立て直す。
「寝てません」
「うるさい」
「すみません」
「大人しくしろ」
「はい」
大人しく黙って正座待機。ドライヤーに当てられる。
(もう寝ないぞ)
私は意識をしっかり保つ。
(もう絶対に寝ないぞ!)
……。
かくん。
(はっ!)
私は涎を拭く。
「寝てません!」
「歯を磨いてこい」
「はい」
私は洗面所に行き、全力で歯を磨く。
(よし! 歯を磨いたぞ!)
扉をぶわぁーんと開ける。
「磨きました!」
「明日の準備は?」
「してきます!」
時間割を見て、スクールバッグに教科書とノートを入れる。文庫本は入れない。汚れたら困るもん。私はなでしこ先輩に振り返る。
「しました!」
「トイレは?」
「行ってきます!」
私はトイレから戻ってくる。
「行ってきました!」
「スマホの充電は?」
「充電します!」
電源タップでなでしこ先輩の隣をお借りする。
「充電しました!」
「もう寝るぞ」
「えっ」
時計を見る。22時。私はきりっとしてなでしこ先輩に振り返る。
「なでしこ先輩! 健全な16歳は、22時には寝ません!」
電気を消される。
「ひえっ」
強制就寝。私は暗闇の中、手を挙げる。
「なでしこ先輩!」
「なんだ」
「実は、まだ引っ越し業者さん来てないんです!」
布団グッズは明日届くんです!
「だから、ソファーがありますよね? 今日はあそこで寝てもいいですか?」
「何を言ってる。お前の寝る部屋はこっちだ」
「え?」
私はきょとんとして、なでしこ先輩の後ろについていく。なでしこ先輩がずっと閉ざされていた襖を開けた。
(ふぁっ!?)
私は目を見開く。襖の先には、美しく整われた和室。
(あれ、お布団が二人分)
二人用お布団。
(……なんで?)
「寝るぞ」
なでしこ先輩が布団に入る。
「……何をぼやっとしている」
布団に入ったなでしこ先輩が呆然とする私に手招きする。
「早く来い」
「え」
どこに? と訊く前に、なでしこ先輩が隣をぽんぽんと叩いた。
「ここ」
「え」
「早く」
「あの」
なでしこ先輩が私を睨んだ。
「早く」
「はーい」
私は布団の中に入る。隣にはなでしこ先輩。
「電気消すぞ」
「はーい」
部屋が暗くなる。畳の匂いが充満する。日本人ってなんだかんだ言って畳の匂い好きな人多いと思う。私も好きだもん。だから何となくそう思う。
「お休み。まる」
「お休みなさい」
なでしこ先輩が後ろから私を抱きしめて、目を閉じる。私は後ろからなでしこ先輩に抱きしめられて、目を閉じる。
……。
(うん?)
抱き締められている。
(うん? なんで?)
もぞもぞ動くと、舌打ちされる。
「うるさい」
低い声で言われる。
「黙って寝ろ」
「はーい」
離れるのを諦めて、瞼を閉じる。
(……ああ、でも、なんか寝れそう)
睡魔がもう寝てしまえと囁いてくる。
(なんか、なでしこ先輩の腕の体重と、お布団が心地よくて)
うとうとうとうと。
(ああ、でも、うとうとしなくても、もう寝ていいんだ)
もうここでは眠れるんだ。
(じゃあ、もう寝よう)
スマホもテーブルの上に置いてきちゃったし。
(寝ちゃおう)
大人しく、なでしこ先輩の腕に包まれて眠る。
(ゲーム、明日帰ったらやろう)
(本も、明日読もう)
(どこまで読んだっけ?)
私の意識は、そこで途切れた。
「……」
まるが分かりやすいくらい大人しくなる。すやすやと眠っている。入学式初日で疲れたのだろう。なでしこがぎゅっと抱きしめ、暖かいまるの体を引き寄せる。
「まる」
なでしこが唇を近付けた。
「お休み」
ちゅ、と、まるのほっぺにキスをした。
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