生徒会長のなでしこ先輩がこんなに真っ黒なわけがない

石狩なべ

第1話 入学式


 桜が舞い散る。その中に新たな記憶と新たな人々の声が刻まれていく。

 レンガが敷かれた道に、おしとやかな乙女達が歩いていく。

 私立聖ゴルバチョフ・ロイヤル女子学園。略してGL学園の入学式。

 ここに来る乙女達は、箱入り娘のお嬢様か、お金持ちのお嬢様達がとにかく多い。おしとやかでお金持ちで、日本男児が守りたくなる女の子のイメージの乙女達は、全員この学園に入っていることだろう。萌え系も可愛い系も美人系もお色気系も全部だ。本当に女子力ぱねえぜ。ぱないぜ。ぱなそにっくだぜ。


 特に、目立つのが生徒会長、白鳥撫子しらとりなでしこ

 高校二年生になったばかりなのに生徒会長に抜擢されたようだ。

 美しい肌に、美しい瞳。艶やかな髪の毛。この世の者とは思えない撫子人形のような白鳥先輩。


 白鳥先輩が新入生に向けての挨拶のために講堂のステージに上がった途端、私と同じ新入生、および、二年生、三年生の乙女達が、先輩に目を奪われた。


「新入生の皆様、ようこそ。私達の学園へ」


 白鳥先輩の声が響いた途端、乙女達が息を呑んだ。瞳を白鳥先輩に集中させた。白鳥先輩の美しい声が講堂を包む。乙女達がうっとりする。この講堂の乙女達全員が白鳥先輩の虜になる。


(……虜?)


 トリコ?


 ――トリコ×コマツさん?


(はっっっ!!)


 私は首をぶんぶんと振った。


(ああ、いけない。私ったら! 今は美しい白鳥先輩という人のご挨拶中だというのに!)


「春は出会いの季節。どうか、皆様、怖がらず、この学園に身を委ねてください」


(ああ、美人。すげえ美人。すげえや。美人すげえや)


 周りを見てみれば、皆うっとり。


(うわ、すげえや。皆、美人)


 美人に囲まれた凡人。


(私、なんでここに入学出来たんだろう)


 美人に囲まれ、ちょこんと座るのは、私。


(制服が可愛いって理由で受けたら受かっちゃった)


 私、中学校のクラスで下から二番目だったのに。


(お金ないから辞退しますって言ったら特待生制度お勧めされちゃって)

(受けたら)

(なんか受かっちゃった)


 テストちんぷんかんぷんだったのに。


(なんで?)


 美人に囲まれた私がぽかんとする。


(なんで凡人の私がここにいるんだろう)


 授業料0円! 入学金0円! スマイル0円!


「今日から皆様は、この学園の一員。この学園に入れたことを誇りに、日々を過ごしてください」


 にこりと白鳥先輩が微笑む。

 美しい笑みに、乙女達が拍手を送る。

 先生達も満足そうに拍手をする。


(美人には拍手が似合うなー)


 私も拍手を送る。

 美人な白鳥先輩は、美しく微笑する。



(*'ω'*)



 入学式が終わり、クラスで自己紹介タイムが行われ、空気を読みながらおしとやかに自己紹介をして(おしとやかというより、私がコミュ障で基本無口だから最低限のことしか言えなかった。だって最初の挨拶で滑ったらどうするの。この先三年間このクラスかもしれないのに。無理だよ。そんなヘマしたくないよ。日本人って失敗を恐れる生き物なんだよ。誰だよ。失敗を恐れるなって言った人。誰だよ。筋肉は裏切らないって言った人)、最初の顔合わせは終わり、私はどでかい宮殿のような学園の周りを一人で歩いていた。


(ぬわあああああああん! 疲れたよもおおおおおん!)


 私は高く伸びをして深呼吸する。


(ああ、制服可愛い)


 くるんと回ればスカートひらり翻す。


(これがかの有名なお嬢様学校か)


 私は家が遠いからこれから寮生活。つまり、寮に帰らなければいけない。


(コミュ症発揮だよ。もおおおおおおん)


 私は木々に囲まれた庭のようなところを歩く。桜が舞っている。


(なんだか漫画の中の世界みたい)


 宮殿のような学校。春。四月。出会いの季節。


(……そういえば)


 私はそっと、鞄のチャックを開ける。


(小野寺桜子先生の新刊も、学園ボーイズラブだったはず!)


 私は袋を覗く。新刊が入っている。


(たはぁ)


 見たい。


(人の気配は)


 無い。


(よし)


 私は辺りを見回し、道の影に隠れる。鞄を地面に置き、その前にしゃがみ、袋から小野寺桜子先生の新刊を取り出す。


(ま、待ってたーーーー!!)


 ガチムキムッチリ男子学園パラダイス~ヤらないか~。


(これこれこれぇぇえええ!!)


 私は表紙を撫でる。マッチョで筋肉質なイラストを撫でる。


(素晴らしい。私はもう少しでようやく16歳になれる。高校生。寮生活。親はいない)


 つまり、


(私一人)


 つまり、


(18禁小説を見ても、叱られない!)


 家にいた時は大変だったなー。

 18禁のBL漫画が読みたくてもお兄ちゃんに没収されて、18禁のBL小説が読みたくてもパパに没収されて、唯一味方でいてくれたのは、ママだけだった。


「何よ! BLくらい見てもいいじゃない! この子が可哀想よ!」

「ママぁぁああああ!!」

「駄目だ! そいつはまだ15歳だぞ! 見てみろ! 18禁だぞ! 18禁は、19歳以下は見ちゃいけないんだぞ!」

「お兄ちゃんの言う通りだ! 19歳になるまで我慢しなさい!」

「ママぁ……! お兄ちゃんとパパが、18禁のBL作品を見ちゃいけないって……! うえええん! クラスの皆……皆見てるのにぃぃいい!!」

「ああ、可哀想に! いいじゃない! BLくらい! ボーイのラブくらい! 見せてあげてもいいじゃない!」

「母さん! これを見ろ! 弟×兄CPだぞ! 18禁だぞ! こいつ、これを読んで、筋肉がムキムキの俺を犯す気なんだ!!」

「お兄ちゃんの言う通りだ! お兄ちゃんが妹に犯されるなんて、あっちゃいけない! だからボーイのラブ作品は、まだお前には早い!」

「ママぁあああああ!!」

「ああ、可哀想に!」


 入学式に送ってくれる最中に、ママが本屋に寄ってくれた。もうしばらく会えなくなるから、これを読んで元気出すのよって。


「元気でね」

「ありがとう! ママ! 大好き!」


 そして、この本は私の家宝となった。


 ガチムキムッチリ男子学園パラダイス~ヤらないか~。


(ああ、ドキドキする!)


 私はビニールをびりびり破き、丁寧にブックカバーを装着させる。


(うふふ。服を着せてるみたい)


 にやにやしながら作業を行っていると、遠くから誰かの声が聞こえてきた。


「なでしこ様」


(うん? なでしこ様?)


 私はちらっと視線を辿る。声がする方から、白鳥撫子先輩と、関係者の女子生徒が歩いていた。


(生徒会かな?)


 ま、そんなことより、私は読書優先。遠くからは、足音と会話が聞こえる。


「なでしこ様、新入生へのご挨拶、素晴らしかったですわ」

「乙女らしいお言葉でしたわ」

「皆様、なでしこ様に夢中でしたわ」


 乙女達が声を揃えると、白鳥先輩が微笑む。


「当然」


 白鳥先輩が笑う。


「当たり前だ」


 白鳥先輩の声色が変わった。


「これくらい出来ないで何が生徒会長だ」


 白鳥先輩の目が変わった。


「当たり前のことを褒められても、何も嬉しくない」


 白鳥先輩が周りを睨みつけた。


「群れるな。目障りだ」


 私はぽかんとした。

 周りにいた女子生徒たちは顔を青ざめ、一歩引き、頭を下げた。


「申し訳ございません! なでしこ様」

「大変失礼致しました!」


 白鳥先輩が頭を下げる女子生徒たちに振り向く。


「土下座は?」


 私はぽかんとした。

 頭を下げた女子生徒たちが、全員綺麗な土下座をした。


「「大変失礼致しました! 美しいなでしこ様!」」

「当然!!」


 白鳥先輩が鼻で笑った。


「分かったらもう二度とつまらないことで褒めるな。耳障りだ」

「失礼致しました。私達のなでしこ様」

「もう二度と当たり前のことで貴方様をお褒めしません!」

「美しいなでしこ様、申し訳ございません!」


(……)


 講堂で見た白鳥先輩との違いに、私は一つの答えを導き出した。


(あの人、双子なんだ!)


 いや、なでしこ様って言ってたし、それはない。


(女って怖いなあ。なるほど。あれが本性ってわけだ)


 何あれ。土下座プレイ? 虐めですか?


(うわあ、怖い。すごい美人で良い人そうだと思ってたのに)


 私、あの人には近づかないようにしようっと。







 ぽき。




 私は見下ろした。木の枝が、私の足によって踏まれていた。


(あ)


 即座に女子生徒達がこっちを睨んでくる。白鳥先輩が振り返る。


「何奴!?」

「怪しい奴!」

「木の枝を折った奴!」

「くせ者な奴ですわ!」


 びゅん、と何かが投げられる。私の横を通過する。耳にかすむ。私は振り向く。側にあった木に、クナイが刺さっていた。


(クナイ!?)


 私は目を見開いて確認する。クナイが光っている。


(なんでクナイ!? なんでこの時代にクナイ!? ここはブォルトの世界じゃねえんだぞ!? ニャルトの世界でもねえんだぞ!?)


「確保」


 白鳥先輩が言うと、女子生徒が全員で私のいる方をめがけて走ってきた。


(いいいいいいい!!)


 逃げないと! 逃げないと、この本が見つかる!! 私の家宝が、見つかってしまう!!


 私は黙って地面を蹴る。しかし、走り出す前に、足を掴まれ、体を掴まれ、腕を押さえられ、手を押さえられ、頭を押さえられた。思わず私は悲鳴をあげる。


「いだだだ! ぎぶぎぶぎぶぎぶ!! なんだこれ! 忍者か! あんた方クノイチか!」

「誰だ!」

「くせ者!」

「何奴!」

「木の枝を折った奴!」


 乙女達にもみくちゃにされ、押さえられる。


「名を名乗れ!」

「誰だ!」

「何奴!」

「見たことない奴!」


 私はぎぶあっぷする。潰されながら声を出す。


「し、新入生です……」

「新入生がこんなところで何をしているの!」

「まさか、なでしこ様を追って……!?」

「きっといつものパターンだわ。なでしこ様に一目惚れしたんだわ!」

「こ、この小娘、一目惚れだなんて! なんてえっちな奴なの!」

「なんて破廉恥な奴!」


(えーー。一目ぼれって破廉恥なのーー?)


「持ち物検査よ!」

「鞄を!」


 ――持ち物検査!?


 私は秘められた力を発揮する。覇気を発揮して吐き飛ばす。


「ふんぬ!」

「「きゃーあ!」」


 乙女達が弾き飛ばされる。私は慌てて鞄を探す。


(まずい! 鞄には、私の家宝が!)


 あれ、鞄はどこだ?


 私は鞄を探す。小野寺桜子先生のファンキーホルダーB.S.O.Lとアルファベットで書かれたBL好きだとはバレないであろうキーホルダーを付けた鞄を探す。


 しかし、鞄は既に誰かの腕の中。


「あっ」


 私は慌てて地面を蹴った。


「だめっ!」


 私は腕を伸ばした。鞄を掴んだ。顔を見上げる。目が合う。


 鞄を持ってた白鳥撫子と、目が合う。


 私の目の中に白鳥撫子が映る。

 白鳥撫子が私を見る。

 私の目が白鳥撫子を見る。

 白鳥撫子が目を見開いた。

 私は白鳥撫子から鞄を引っ張った。

 白鳥撫子は離さない。

 私は更に白鳥撫子から鞄を引っ張った。

 白鳥撫子は私を見つめる。

 私は顔を赤くさせて、白鳥撫子から鞄を引っ張った。


「ふん、ぬぅぅわあああああああん!」


 びくともしない。


「は、放して! それ、私の鞄! 人の鞄を勝手に取り上げるなんて! 生徒会長でもやっていい事と悪い事がありますよ!」


 白鳥撫子は黙る。


「ちょ、何これ! 全く動かない……だと……!? その細い腕に、どんだけの力があんの!? ちょ、まじ、これ、ちょ!」


 白鳥撫子が手を上げた。


(え? なんで手を上に上げるの? 誰も、この問題わかる人、手を挙げてーなんて言ってないけど!)


 私は目を閉じる。


(叩かれる!)


「ひゃっ!」


 ぎゅっと体を強張らせる。



 感じたのは、頭をぽんぽんする優しい衝撃。



(……うん?)


 きょとんと瞼を上げる。白鳥撫子が、私の頭を優しくぽんぽんと撫でていた。


(……ん?)


 ぽかんと白鳥撫子を見上げる。白鳥撫子が私の頭から手を離した。鞄のチャックを開けた。バッ、と開く。


「あ」


 私の声が出たと同時に、白鳥撫子が目を細める。ゆっくりと腕を引く。一冊の本を取り出す。ブックカバーを外される。カバーが、地面にポトリと落ちる。筋肉質のムキムキマッチョの男達のイラストが現れる。


 ガチムキムッチリ男子学園パラダイス~ヤらないか~。


「「ぎゃああああああ!!」」


 乙女達が悲鳴をあげた。白目を剥いて、全員倒れる。口から泡を吹く。皆が痙攣して、ぴくぴくと体を震わせて動けなくなってしまった。

 私は顔を青ざめ、体を震わせる。

 白鳥撫子は冷静に本の表紙を眺めた。


「ほう。ボーイズラブ。18禁指定がある」


 白鳥撫子の目が、あたしを向いた。


「なんてことだ。18禁は、19歳以下は見てはいけないのに」


 こんな物を持ち込むなんて。


「指導だ」


 白鳥撫子が本を鞄に入れ、私の手首を掴んだ。


「うぉっと!」


 引っ張られる。


「ひっ!」

「黙れ」

「ひいい!」


 泡を吹く乙女達を置いて、白鳥撫子が怯える私を引っ張る。向こうから人が通る。


「ご機嫌よう。なでしこ様」

「ご機嫌よう」


 白鳥撫子がにっこりと美しく微笑んだ。私は顔をしかめた。また向こうから人が通る。


「ご機嫌よう。なでしこ様」

「ご機嫌よう」


 白鳥撫子が美しく高い声で挨拶を交わす。私は眉をひそめた。向こうから先生が歩いてくる。


「こんにちは。白鳥さん」

「こんにちは。先生」

「あら、新入生の子?」

「はい」


(あ)


 私は助けを求めようと声を出す。


「た」


 しかし、白鳥撫子に手で口を塞がれた。


「むがっ」

「具合が悪いようで、今から保健室に連れて行くところなのです」

「まあ、引き止めてしまって悪かったわね」

「とんでもありません。それでは、先生。失礼致します」


 白鳥撫子が美しくお辞儀をし、私の口を押さえ、肩を掴んだまま引っ張っていく。


(拉致だ!)


 私は先生に振り向く。


(助けて! この人、誘拐犯! 助けて!!)


 生徒会室が近づいてくる。


(あああああ! ラスボス部屋がすぐそこまで!)


 レベル1の私は足を引きずらせるが、白鳥撫子は全く動じない。そのまま私を連れて行く。


(この人! この細い腕から、どんだけの力が出るの!?)


 生徒会室の扉が開け、白鳥撫子が私を中へと投げ入れる。


「ひゃっ!」


 地面に転がると、白鳥撫子が扉を閉めた。がちゃんと、鍵も閉めた。


「ぎゃああああああ!!」


 私はそれを見て、悲鳴をあげ、ささのはさららと部屋の奥へと後ずさる。


「やめてください! 殺さないでください! 私、まだ死にたくない! ギロチン刑だけはご勘弁を!」

「指導だと言っているだろ」


 白鳥撫子が腰に手を置き、顎をソファーに、クイ、と動かした。


「座れ」

「……座らせて、何するつもりですか……?」

「黙って座れ」

「……」

「早く」

「……。……」

「はーやーくー」

「……。……。……」


 低い声に逆らえず、私は黙って座る。白鳥撫子は向かいのソファーに座り、没収した私の鞄を横に置き、また本を取り出した。


 そして、美しい白鳥撫子先輩の顔になって、微笑んだ。


「貴女にお聞きしましょう。これは何ですか?」

「……本です」

「何の本ですか?」

「……私の本です」

「どういう内容ですか?」

「……男の子が、学園生活を送る、話です」

「なるほど」


 白鳥撫子が本をぺらりと開く。そして、美しい声で、音読を開始した。


「タカシの鼓動を感じて、ヒロシの胸が高鳴っていく。生唾をごくりと飲み込む。嘘だろ。タカシ、本当に僕とする気なの? しかし、タカシの目は本気だ。ヒロシ、愛してる。タカシ……。見つめ合う二人。互いの吐息を感じる中、タカシの手が動いた。ヒロシのいけない所を触っていく。あ、駄目だ。そんなところ。いいじゃないか。ヒロシ、じっとして。あ、駄目、駄目なのに、体が、言うことを聞かない。タカシの手がヒロシの天井を向くあそこに触れていく。あ、そ、そこは、まだ。何言ってるんだ。ヒロシ、お前の可愛いチェリーボーイが、ビッグボーイになってるじゃないk」

「やめてくださーーーーい!」


 私は青ざめた顔で耳を押さえる。白鳥撫子が口元を押さえ、信じられないという顔をし、演技めいた口調で言った。


「こんな破廉恥なものを持ってくるなんて、なんて下品なお方なのでしょう!」

「はい! もう結構です! お願いです! それ返してください!」

「返してほしい?」


 低い声が聞こえた。私は白鳥撫子を見上げた。白鳥撫子は、黒い笑みを浮かべて、にんまりと笑って、私を見下ろしていた。


「どぉーしようかなぁー?」


 面白そうに、にやにやと、足を組んで、ぶらんぶらんと、片足を揺らす。


「先生に渡しちゃおうかなー?」


 私は顔を青ざめ、体を震わす。少し涙もじわりと出てくる。


「んふふ。泣いているのか?」


 白鳥撫子が本を机に置いた。


「返してほしいなら」


 白鳥撫子が掌に顎を乗せて、私を見下ろす。


「一つ条件がある」


 私はこくりと頷く。


「まず、私の素性を誰にも漏らさない」


 私はこくりと頷く。


「そして、この先、お前には私の猫になってもらう」


 私は頷こうとして、眉をひそめた。


「猫。知らないの? にゃーって鳴く、猫」


 私の眉間に皺が寄った。


「私、猫が欲しかったのです。いると癒されるし、肉球の手がたまらなく可愛いではありませんか。ああ、猫、欲しいですわ」


(……それ、つまり)


 暇潰しの玩具になれって、ことでは……?


 私は片目を引き攣らせる。白鳥撫子はにっこり笑った。


「猫、なりますか?」


 私は瞬きする。白鳥撫子は、にっこり笑った。


「猫になりますか?」


 私は黙る。白鳥撫子は、にーーっこりと笑った。


「猫にならないとどうなるかわかってるな?」


 低い声で早口で言われ、私はこくこくこくこくと頷いた。


「それではどうします? なりますか?」

「……」

「なりますか?」

「……な……」


 他に成すすべのない私は頷いた。


「なります……」

「よろしい」


 白鳥撫子がにこりと微笑み、私の鞄を退けて、隣をぽんぽんと叩いた。


「じゃあ、おいで」

「……え」

「こっちに来て」

「……えっと」

「来い」

「はーい」


 私はそそっと移動する。白鳥撫子の隣に座る。ちょこんと座ると、白鳥撫子が微笑む。


「うふふ! そうそう。従順な子猫ちゃん! うふふ!」


 白鳥撫子が私の肩に手を回した。私の肩がびくりと揺れる。自然と体が強張る。白鳥撫子が笑った。


「大丈夫。痛い事はしないから」


 私の顎を掴む。


「その本もお前に返そう。持ってきたことも黙っててやる」


 私の顔が白鳥撫子に向けられる。美しい美女の顔が、私の目の中に映る。


「今からお前の主人は私だ」


 白鳥撫子が黒い笑みを浮かべる。


「そうだ。飼い猫には名前を考えないと」


 猫だろう?


「まる」


 ああ、可愛い。


「まる」


 ほら、主人に懐かないと。


「まるはご主人が大好きだろう? 大好きなら表現をしないと」


(は?)


「やれ」


 なでしこ先輩が命令する。


「大好きを表現しろ」

「……」


(どうやって?)


 私は考える。


(うーん)


 大好き?


(あ)


 私はひらめいた。なでしこ先輩ににっこり笑う。


「先輩、大好きです!」


 私の顔が、なでしこ先輩の手に鷲掴みにされた。


「猫が喋るな!!」

「んな無茶なっ!」


(ああ、鼻が痛い! 思い切り鼻がぶつかった! これ、鼻血が出るパティーンだ! だって、すごく痛かったもん!)


「もう一回。猫っぽく」


 なでしこ先輩の手が離れる。私は鼻を優しく撫でた。


(次失敗したら、鼻をやられる!)


 私は考える。


(えーー? 猫の愛情表現? 何それ? どうやるのー?)


 大好きを表現?


「……。……。……」


 一つひらめく。


(いけるか?)


 なでしこ先輩の膝を見る。


(やったらやったで怒られそう)


 でも何もしなくても怒られそう。


(……えー……)


 なでしこ先輩がにこにこしている。私は意を決める。


(どっちにしろ鼻をやられるなら、私のターンは、やってからやられるのカードを選ぶぜ!)


 私はなでしこ先輩の膝の上に、ごろんと頭を乗せた。


「っ」


 なでしこ先輩が驚いたように目を丸くする。私は膝の上で、膝枕状態で、下からなでしこ先輩を見上げる。


(わあ、本物の美人ってすごいな。下から見ても美人なんだ)


「……」


 なでしこ先輩が私を見下ろす。


「……なるほど」


 なでしこ先輩が頷いた。


「そういう表現もあるか」


 なでしこ先輩が微笑む。


「いいだろう。合格だ」


 私の頭を、優しく撫でた。


「まる。今日からお前は私の猫だ」


 わあ。なでしこ先輩の撫で方、なんかくすぐったい! あひゃひゃひゃひゃ!


「沢山可愛がってやる」

「だからお前は私を大好きでいろ」

「いいな?」

「絶対だぞ?」

「私を嫌いになったら」


 なでしこ先輩が本に指を差した。


「全校朝会で、見せ物にしてやるからな?」

「先輩、それ、笑顔で言う言葉じゃありません」


 なでしこ先輩が、にこにこしながら、顔の青い私の頭を撫で出した。



(*'ω'*)



(ぬわああああああああああん!! 疲れたよもおおおおおおおん!)


 なでしこ先輩に解放された私は帰り道で伸びをしていた。


(とりあえず、命は助かった。私はまた明日から生きていける。そう。このBL小説と共に)


 ガチムキムッチリ男子学園パラダイス~ヤらないか~。


(ぐへへ。部屋に戻ったら早速読もうっと)


 私は寮へと入る。


(そういえば、私の使う部屋、すっごく広かったんだよな。高級ホテルみたいなんだよな。ロフトなんだよな。私、上がいいな。高い所からちょっとした下を見下ろしたい)


 私はエレベーターを使う。


(最上階っていうのがすごいよなあ。それで0円なんだっけ? 私、運がいいなあ。恵まれてるなあ)


 私はエレベータから下りる。部屋の扉がすぐに現れ、取っ手を捻ってみる。


(あれ、開いてる)


 相手の人、帰ってきてるんだ。


(ご挨拶しないと)


 私は扉を開けた。


「あ、初めましてー。私、新入生の……」


 部屋のソファーに白鳥撫子が座っていた。


「……。……。……」

「お帰り。まる」


 にっこりと、なでしこ先輩が笑った。


「私と相部屋だなんて、運がいいな。いいか? 私のことを好きすぎるからって、夜這いは駄目だぞ」

「……。……。……」

「まあ、手を洗って座れ。疲れただろ。テレビでも見よう」

「……。……。……」

「私は新喜劇が好きなんだ。ほら、早く座りなさい」

「……。……。……」

「まる」


 なでしこ先輩がソファーをぽん、と叩いた。


「早くしろ」

「はーい」


 私は顔を青ざめ、血の気が引いて恐怖に震える体を無視して、なでしこ先輩に言われた通りに手を洗うべく、洗面所に向かった。


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