皮肉なこと

一子

皮肉なこと

私は、昔はよく月を眺めていました。何となくお月様に心の癒しを求めていたのでしょう。月はいつも、見えたり隠れたりしながら、地上にあるもの達を照らしてくれていましたから。

しかしいつからでしょう、もう素直な気持ちで月を見ることは出来なくなってしまいました。どうやら月を見て感じることは人それぞれ違うみたいです。

私の愛した恋人は、コオロギの声を聞きながら月を眺めると、昔好きだった人のことを思い出すそうです。いつまでも記憶の中で美しいまま存在し続けるその人に、私はこれからもずっと、とても適わないでしょう。


私が死んだらどうする。どうなる?って聞くと、あの人は『月さえ映えないだろう』『月は映えないだろう』と答えました。

皮肉なものですね。私が生き続ける限り、私の大嫌いな月は輝き続けるそうです。

私は生涯ずっと、あの月に怯えながら生きていかなくてはならないようです。

死んで初めて月は映えなくなる。死んで初めて、心穏やかになれる、安らかに眠れる。私が求める癒しとは、唯一の心の癒しとは、永遠の眠りにつくことなのかもしれません。

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