第18話 孫劉連盟

 荊州は劉表の死により後継者争いが熾烈極まり、次男である劉琮は曹操に降ったが、長男の劉琦は江夏で曹操軍に追われた劉備たちを救出し、長江を渡り大陸南方、江東への逃亡を促した。


 江東では父・孫堅文台、兄・孫策伯符を次々に失った若き孫権仲謀が大都督・周瑜公瑾を伴い勢力の拡大と安定を図っている。

諸葛亮と周瑜の腹心である魯粛子敬の取り成しにより、劉備と孫権の同盟が結ばれることとなった。


 周瑜は諸葛亮の涼し気な風貌と、そこから発せられる捉えどころがない風のような声色の言葉に複雑な思いを抱く。腹心の魯粛はもちろん、主の孫権も諸葛亮の言葉をまるでまじないにでもかかったような表情で受け止めていた。


「さすがに、張昭らは 文官の立場がなくなることを恐れて諸葛亮に警戒を見せてはいたがな」

「そんなに諸葛様は恐ろしい方なのですか?」


 小喬は合いの手を入れるように尋ねる。


「うむ。恐ろしい。主君の敵は、今は曹操でいつ劉備が敵となるかわからぬが、わたしの宿敵は諸葛亮だ」

「まあ。宿敵だなんて。これから一緒に協力なさるというのに」

「何も刃を交わすことだけが戦いではないのだ」


 孫劉連盟は結ばれるが、諸葛亮に対する周瑜の競争意識が幾度となく解散の危機を招く。その度に温厚な魯粛が二人の間を取り持つのだった。


 孫劉連盟軍と曹操軍は赤壁の戦いに置いてまさかの曹操軍が惨敗する。大損害を被り、曹操はしばらく国力回復のため戦を休止することとなった。

劉備は周瑜が南郡へ進軍している間に荊州4郡を手に入れる。そのことによって孫劉連盟はまた分裂の危機にあった。結局、劉備が蜀を取ったのち孫権に荊州を渡すということになった。


 そして今、甘夫人の命が尽きようとしていた。


「玄徳様。今までありがとうございました。そろそろあたしは糜夫人の元へ参ります」

「甘夫人……」

「まあ、そのようにあたしのためにお泣きになって……。天下人はそのように涙を流してはいけませんよ……」

「わかった……」

「あたしは幸せでした。ただ阿斗様と殿のお世話がもうできないことが残念です」

「ああ、いかないで欲しい。でも……糜夫人が亡くなった後、それでもよく仕えてくれましたね。礼を言うのはこちらです。ありがとう甘夫人」


 優しく微笑みを見せた後、劉備に握られていた手の力が抜けた。


「うっ、ううっ――」


 母が亡くなり、糜夫人を長坂坡の戦いで亡くし、今、甘夫人も逝った。戦いの中、夫人の中に安らぎを得ていた劉備はしばらく心の中が虚ろになったような気がしていた。


 その様子を義兄弟3人、関羽、張飛、趙雲はもとより、軍師、諸葛亮も心配せぬはずはなかった。

諸葛亮はこれからの外交に向けて強気であらねばならないこの時に、力を落とす劉備をどうにかせねばと思案しているところに魯粛からの使者がやってくる。

 劉備の夫人が亡くなったことを聞きつけて、孫権の妹である孫尚香との縁談の話を持ってきたのだった。これについて諸葛亮は好機だと考える。孫権と親戚になれば曹操も攻めにくくなるであろうし、何よりも女人の援助が劉備には必要であろうと思っていた。

しかし、夫人を失ったばかりの劉備は頭を横に振るばかりである。


「殿、これは外交なのです。甘夫人をなくされてお辛い気持ちは分かりますが、孫劉連盟を生かす道でもあるのです」

「孔明。外交であることは、よい。承知した。しかし、知っての通り私は女人である。どだい無理な話であろう」

「それが都合の良いことに孫尚香様は男嫌いなのです。女人がお好みのようで自分を守らせる兵士も全て女人です」

「それがまたどうして……」


「曹操殿と違って玄徳様はお隠しになっていますが、ご存知の方はご存知のようですね」

「そうか……」

「さんざん嫁入りを渋っておられたようですが、玄徳様にはどうやらご好意を持っているらしいです」

「なるほど……。しかし親子ほど歳が違う。亡き孫堅殿と近い年回りであるに」

「とにかくお目にかかりたいと」

「わかった」


 気乗りせぬことではあるが劉備にとってもう自分の身体も心も自分だけのものではなかった。こうして外交手段として孫尚香の待つ、江東を訪れることとなった。


諸葛亮は趙雲を供としてつけ、劉備を江東に向かわせた。長江の上で船に揺られながら、劉備は趙雲を呼ぶ。


「子龍、ここへ」

「はっ、我が君」

「久しぶりですね。こうしていられるのは」

「ええ。こうして水の上に漂っていると何をしに参っているのか忘れそうです」

「ふふっ、全くだ」


 兵士たちの手前、抱き合うわけにはいかないが、少しだけ指先を触れ合わせるだけで劉備も趙雲も満ち足りていた。

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