石原莞爾の推理
「何だと言われても、貴公の邸宅に対して行なわれたテロルに対する捜査だが……」
「それは警察か憲兵隊に任せるべき事ではありませんか? 関東軍参謀長の職務とは思えませぬ」
岸信介は、当り前の指摘をした。
「この通り、憲兵隊を率いて来ておる」
「お待ち下さい。憲兵隊は陸軍大臣の所轄で、軍参謀は陸軍参謀総長の所轄であったと記憶しておりますが……」
「それが……」
東條英機の顔には、五月蝿い事を言いやがって、と云う表情が浮かんだ。
「東條閣下は、部下に規則遵守を徹底させておると仄聞しております。それなのに、指揮系統が全然違う憲兵隊を率いるとは、一体全体、何がどうなっておるのですか? これでは、まるで、2・26……」
「軍内部の事について文官に兎や角意見される謂れは無いッ‼」
「私の邸宅で起きた事件の捜査でございましょう。被害者たる私が、捜査を行なっている閣下を信用出来ねば……」
「さて、時に岸次長。貴公は、本当に被害者なのかな?」
2人の話に石原莞爾が割り込んだ。
「えっ……? 何故、石原閣下が、こんな所に?」
「まぁ、色々と有ってな……」
と東條英機。
「この禿が、俺と会いたくないらしく、逃げ回っていたので追い掛けていたら、結果的に、ここまで辿り着いたのだ。いや、長い旅であった」
「はぁ、なるほど……」
「何故、石原のタワ言を信用する?」
「普段の御自分の言動を省みていただければ、理由は明らかかと……。それはともかく、私が被害者でないとは、何を言われたいのですか、石原閣下?」
「そもそも、生きた人間を、貴公の邸宅内に外から投げ入れた結果、墜死した、と云う推測が間違いでは無いのか? これから、それを実証して見せよう。おい、誰か通訳が出来る者、野次馬どもについて来いと伝えろ」
「えっ?」
「ふむ、石原のヤツは、こう云う点では頭が回るので、御手並み拝見と洒落込むのも悪く無いやも知れぬな」
そして、石原莞爾、東條英機、辻政信、その他軍人と野次馬多数は、ゾロゾロと岸信介の邸宅に入って行った。
「え……え……え……いや、その……何で野次馬まで……」
「野次馬の中に、実験に使うのに、丁度良さそうなのが居たのでな」
「お〜い、判っておると思うが、何か持ち帰るのはかまわんが、ほどほどにしておけよ」
石原莞爾は、野次馬を引き連れ屋敷内に入ると、階段を上っていった。
そして、最上階の部屋の1つに入り、更に庭を臨むベランダに出る。
「なぁ、辻大尉。あの野次馬の中の毛むくじゃらだが、小職には猿に見えるが、どう思う?」
「はぁ、人に似ていますが、毛むくじゃらであれば、猿と判断して差し支え有りますまい」
「なら、人を殺すより罪は軽かろう。可哀想だが、実験に使う事にしよう。おい、毛むくじゃら、こっちに来い」
「ふぎゃっ?」
野次馬の中に混っていた平均的な成人男子より2回りほど大きい体格の毛むくじゃらの人型生物は、自分に対して言われたのだと理解したようで、一歩、前に出る。
「よし、辻大尉、この毛むくじゃらの両手を持て、小職は足を持つ」
「……は……はぁ……了解したしました」
「では『1、2の3』で、この毛むくじゃらを庭に投げ落すぞ」
「は……はい……」
「よし……1、2の……」
「うおぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁ」
「ふ……ふぎゃっ?」
「3‼」
「えいっ‼」
「ふぎゃあああああああ〜ッ‼」
毛むくじゃらの何かは悲鳴を上げながら、見事に地面に激突した。
「と、云う訳だ。見ての通り、謎は何も無い。後は憲兵ではなく警察の仕事であろう。ただ、重要参考人である岸信介氏を拘束しておいて方が良いとは愚考するが……。あ、誰か、最寄りの警察署に連絡を頼む」
「い……いや、待って下さい。何を言われるので?」
「簡単な話だ。外から、この邸宅に生きた人間を投げ込むよりも、この邸宅の上階より、何者かが被害者を投げ落とした、と考える方が妥当であろう。テロルでも何でも無い。この屋敷内の何者かが行なった単なる殺人事件だ。と、なれば、この屋敷の主を事情聴取するのは……」
どがあああああんッ‼
石原莞爾の説明が終らぬ内に、庭石の1つが部屋の中に投げ込まれた。
「ふぎゃあああああああ〜ッ‼」
何故か生きていた、毛むくじゃらは、怒りの咆哮を上げていた。
「困った……もう1つの可能性が生じたようだな……」
「はッ?」
「あの毛むくじゃらの膂力であれば、生きた人間を外から、この屋敷内に投げ込む事も可能なようだ……」
「あの……石原閣下……そもそも、あの毛むくじゃらは……何なのでありますか?」
「そう言えば……」
「あ〜、それについては、朕が説明しよう……。だが、その前に、1つ忠告させてもらおう……。電話が通じる内に、軍の応援を呼んだ方が良い」
「何故……」
まず東條が言った。
「貴方様が……」
続いて石原。
「こんな所に?」
最後は岸だった……。
「まぁ、その何だ……日本で云う『御忍び』と云うヤツかな? ともかく、朕は、あの生物を知っておる。普段は大人しいが、怒らせると凶暴化して厄介な事になる生物を、この高さから投げ落とすとは、とんでもない真似をしてくれたな、石原君」
野次馬の中に居た、その人物は……満洲国皇帝・愛新覚羅溥儀その人であった。
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