蒼の夢

@reznov1945

第1話

「あー!むりむりこんなの絶対わかんないっ!」

椅子を後ろに傾けながら、教科書を放り出す。

正直なんでこんなことをしなくちゃならないのか全く解らない。数学が出来なくても、生きていくのに支障があるとは思えないし。明日誰かに見せてもらおうかな……

私はふと、スマホに手を伸ばした。通知は無視して、twitterのタイムラインを追う。誰かがRTしたのが目にとまる。

「数学ができなくても良いのは、社会に数学が高度に組み込まれているから……?」

そう言われれば確かにそうかもしれない。私がやらなくても、誰かがやっておいてくれている。私はそれをありがたく使わせてもらえば良いんだから、やっぱり出来なくたって構わないんじゃないだろうか。

そうそう、だからこんなことしてないでもっと他のこと。

そう思いかけて、でも、私がこの課題を出さなかった報いは私だけが受けることになるんだっていうことに気がついてしまって、結局今は出来なきゃいけないんだ、ということになってしまった。はぁ。

でも、一旦こうして集中も切れてしまったし、少し気分転換しよう。少しくらいなら、何も問題はないはず。空気も入れ替えないと、風邪をひいてしまいそうだし。上着を羽織って、バルコニーに出た。

高層階からの夜景は最高、なんていう煽り文句があるけれど、それは周辺の環境にもよるんだってよくわかった。周りが普通のマンションだらけだと、夜景って言うほどのものはまぁ見られない。ただ、ここは大きな川が近いおかげか、西には視界が開けていて、綺麗な夕日は見られる。今日は、満月が上るのを見てる。並んだマンションの隙間から顔を出す、大きな満月。その前を、何かが落ちていった。ような気がした。

「え、え?」

手摺から身を乗り出して、下を覗く。なにも、ない……?


「おや、失礼」


声は後ろから。一瞬で血の気が引いて、もう振り向けなかった。

多分声の主は、私の横から手摺を乗り越えて、飛び降りていった。月明かりで明るいのに、何故か一際暗い所へ向けて真っ直ぐに落ちていって、吸い込まれていった。音もしない。何もない。本当に、吸い込まれて消えたみたいに。

蒼いコートがなびいていたのだけが、印象に残った。

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