1年目、夏➁
さて、お次は吉森店。こちらは一言で言えば守備型店舗。希乃店が廃棄を必要経費と考えているとすれば、堅実すぎるお店はそれを絶対悪とみなします。進んで勝負を挑むようなことはしません。新規案内で次週、調理麺が4アイテム推奨されています。どんな反応を示しますことやら。
「おはようございます。お疲れ様です。オーナーさんか奥さん、いらっしゃいますか?」
入店前に一通り店内とバックルームの状況を透視しておいたので返答は予測できました。
「谷口さん、おはよう。店長はバックルームで、オーナーは一旦帰りましたよ。」
昼ピーク後、体制が安定していれば一時的に店を抜けたって何の問題もありません。むしろ、オーナーや店長がべったりくっついていないと回らない店舗の方が心配です。従業員トレーニングが進んでいないのかな、と。任せられる従業員がいないというのは次第に店を、経営者を追い詰めていきます。肉体的にも精神的にも。駐車場から店内の様子を伺った時点で出直すという選択肢もあったのですが、奥さんに話を聞いてみることにしました。あまり打合せにも参加されない奥さんなので、たまにはオーナーさん抜きで顔を合わせるのも良いでしょう。
意外にフェイスアップはできているんですよね、吉森店って。オーナーさんがフェイスアップしているのは見たことがないので、奥さんかパートさんが実施しているはずなのですが。昼ピーク後、3便納品前ということでオープンケースがスカスカなのは目を瞑るとして、菓子やソフトドリンク、雑誌など、昼ピーク中に動いたであろう売場がしセットされています。こういうのってSVからするととても気持ちいいのです。嬉しいのです。
「失礼しま~す。お疲れ様です。」
奥さんはバックルームで本点検をしていました。宜しくないですね。お金や伝票の勘定をしている時にお話はできません。
「ゴメンなさい、本点検中に。オーナーさんは帰っちゃいました?」
「お昼寝に帰ったわ。夕方まで戻ってこないかな~。」
どうも女性同士だと言葉が崩れますね。何かこのままお茶にでも行っちゃいそうな雰囲気です。
「アララ・・・分かりました。廃棄の金額だけメモを取らせて下さい。」
「はい、はい、どうぞ。」
ん、音を立てて雨が降ってきましたね。梅雨時ですから仕方ないとは言え、車まで傘なしで行かないと。
「店長、雨降ってきちゃったからマットと傘立て出しますね~。」
「あらま~、おねが~い。」
10分とかからず雑務を終えました。
「お~しまい。それじゃ、失礼しますね。」
「オーナーに何か伝えておこうか。」
「ロックアイスと板氷だけ、欠品させないよう気をつけて下さいとお伝え下さい。」
「了、解。」
鞄の中に折りたたみを入れておかないとダメですかね。でもポッコリ膨らんでしまうのは格好良くないですし。小走りで車まで急ぎます。SVが車を停める位置は入口から最も遠い所というのがルール。広い駐車場の端までは結構あるんですよね。
ワイパーが役に立たないレベルの雨脚。雨音でごまかせるだろうとエンジンをかけてクーラーをつけ、ハンドタオルで髪を吹きます。こんな天気では誰だって外に出たくはありません。大雨や40度近い酷暑では、屋内にいるのが一番安全なのです。外出してはいけません。殊に近年の日本の暑さは異常です。寝ても覚めても熱中症と隣り合わせ。衣服が汚れるとか面倒だとかいう心情を超えてしまいました。命に関わるから、外出を控えたいのです。
だいぶ小雨になりました。さっ、時間がありません。今日は定時で上がりますからね。。続いては葵店長に宿題を出しに行きます。雨上がり直後の日差しは大変に素敵なのですが、気温と湿度の上昇と共に不快指数の高まりが手に取るように分かってしまいます。嫌ですね。
「おはようございます。」
レジにて竹田さんが迎えてくれました。事前にアポイントはとっていません。けれども、当然のことではありますが、お客さんを迎える準備に抜かりはありませんでした。最近は目も当てられない直営店も多いですけどね。
「葵店長はいますか?」
「バックルームに。」
「どうもっ。」
「葵店長、お疲れ様です。」
「あれ、谷口さん、おはようございます。あ、机、使いますか?今、空けますよ。」
エライ、エライ。真面目に仕事をしていたみたいですね、パソコンに何やら打ち込んでいました。
「いえ、机は大丈夫ですけれど、ちょっとだけ時間ありますか。宿題を持ってきました。」
葵店長の隣の椅子に座り、鞄から資料を取り出そうとすると、
「調理麺ですかね?」
「話が早くて助かります。」
私の用意してきた資料は確かに前年(つまりは私が店長の時)の調理麺の販売実績、単品毎の販売データが記載されています。すっと、葵店長が先に引き出しから書類を出しました。内容は私の用意したものとほぼ同様。仕事が早いというか、勘が良いというか、一体何者なんでしょうね。ただし、私の宿題はちょっと違うんですけどね(笑)。
「うん、やることは分かっているみたいですね。さすがです。」
「ありがとうございます。とりあえず調理麺は山口さんにやってもらおうと思っています、今日はお休みなので明日、伝えておきますけど、とりあえず初回の発注で前年を超えておけばOKっすか?」
それでは宿題をお渡ししましょうかね。
「それは天候、気温にもよるので無理はしなくて大丈夫です。その代わり―」
直営店の役割のひとつ。それは実験の場。私は研究の場、研究室と称しています。本音をさらけ出せば音和の為、葵店長のアイデアにすがりたいのです。
只今の時刻、午前0時。場所はとあるマンションの屋上。密会という奴ですね。死神同士、私と竹田さんの。珍しいこともあるものです。一体、何用でしょうか。
「どうですか、調子は?」
「与えられた仕事をこなすだけ。死神の時と何も変わりません。」
相も変わらず冷静沈着。寡黙。怖めず臆せず、というのでしょうか。その性格は人間界で暮らし始めても変わりなし。それでいて性格正反対の葵店長と息ピッタリなのだから奇妙なものです、人間族の相性というのは。ちなみに竹田さんは、死神としても大変優秀でした。何故下界に落とされたのか。
「・・・・・・」
「どうしました?何か用事があるから私を呼び出したんですよね、こんな夜更けに。あまり長居はできませんよ。誰かに見られたら面白くないですからね。」
「米山の爺さんに、また・・・死神の炎が出ました。第4段階。おそらくは、もう―」
視線を合わせることなく無表情のまま、淡々と話す竹田さん。
「そう・・・ですか。」
flame of death。かつて竹田さんは米山さんの炎を消して、現役の死神に目を付けられました。無論、悪いのは竹田さんなので致し方ないのですが。ただ今回はもう、無理でしょう。死神の力を持ってしても延命は難しい。寿命です。まさか、ねぇ。死神としても私のほうが先輩ですが、さすがに―
「毎日お酒を買っていきますか?」
「ええ、例のカップ酒を。飽きもせず、他の商品に切り替えることもなく。もう温めることは少なくなりましたが、毎回フタを開けてから渡します。震える手で受け取って、フラフラ歩いて、おいしそうにすすりながら帰っていきますよ。」
感情が込められることなく、起伏なく棒読みに近い音程で報告をくれます。けれども左拳がギュッと握られているのが目に入り、私は反射的に視線を外しました。性格上、死神には向いていないのでは。
「残念ですね・・・」
嫌な沈黙が続きました。
「どうして私に?」
「独身、独り暮らし。親族なし、友人なし。」
「調べたんですね。米山さんのこと。」
「・・・商圏調査の一環です。今の所、日に2度3度は店に酒を買いに来ます。時に深夜、早朝にも。天候、気温も関係なし。来なくなったらどうしますか?」
あなたが死神でいられなくなった理由が分かった気がします。
「米山さんの住まいは分かりますね。」
「はい。爺さんの足でも歩いて5分程度。ボロアパートの1階です。」
「配達の注文を受けたことにしなさい。店に見えなくなったら宅配を口実に訪問して、状況を確認すること。鍵は開けられますね。」
「問題ありません。」
「古いアパートであれば防犯カメラは設置されていないと思いますが、一応確認して下さい。人を呼ぶ必要があれば警察に連絡すればいいでしょう。」
「なるほど。ふぅ~。悪知恵が働きますね。」
「褒め言葉として受け取っておくわ。」
「谷口さんに相談して正解でした。おやすみなさい。」
竹田さんが人間界に堕とされた理由。それは、死すべき宿命
さだめ
にあった人間を生かしたこと。私の罪は継続されるはずだった生を絶ったこと。
― 余談でした ―
調理麺の売れ行き。まずは順調な滑り出しと言えるでしょう。葵店長の提出してくれた宿題が思った以上にうまくいった形となりました。
私が葵店長、そして山口副店長、竹田さんに依頼した課題―調理麺を沢山売るにはどうしたらいいか。直営店が見事に応えてくれました。それを新店にて実践。ちょっと音和店だけを贔屓することになってしまいましたが、進展ですからね。手をかけ時間をかけるのは当たり前。駆け出しのお店ですからね。
まずは一週間前のお話から。
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