1年目、夏①

 永い地区ミーティングがようやくどうにか終わりました。毎週、ホントに長時間、いい加減にして欲しいですね。スタートが13時で只今の時刻は17時50分。これでも先週よりは早いのです。例えばね、このミーティングがDMの雑談ばかりだとか、頻繁に休憩を取っていれば時間短縮の余地もありますが、ひたすらに情報が落とされます。そう、落とされるのです。DO(地区)ミーティングとは、DMからSVへ膨大な情報が伝えられる場です。効率を重視するコンビニエンスストアにおいて、会議とおでんだけは時間を惜しみません。ひたすらにお店へ伝える情報をノートに記入し、時に3桁を超える資料を受け取りながらミーティングを消化していきます。

 さらに長時間の一方通行ミーティングを乗り切ったからといってすぐに帰宅できるはずもなくむしろここからが本番。降ってきた情報をまとめたり、店舗毎の資料を作成したりと、翌日以降の打合せの準備を進めなくてはなりません。自分が理解した上で、担当店が動き易いように雑然とした情報を整理するのです。事務所を出るのは早くても21時以降ですね。一定量の睡眠が必要な人間族にとってはかなり過酷かと思います。そしてやはり、ベテランが早く上がり、私のような新人SVは最後まで居残る慣例があります。私達のようなわかてSVが―


 一番下っ端の私と、直近までそのポジションにいた柳SVが居残りです。今週も。現在の時刻は21時5分前。他地区のSVもぼちぼち帰り支度を始めています。この位の時間になるとさすがにDMクラスはいませんので雑談も増えてきます。伸び伸び仕事をしていると言ったほうが良いのでしょうか。

 「どうですか、谷口さん。全店舗分の入力終わりましたか?」

優しい口調で柳さんが訪ねてきました。決して急かすためではないということは後々分かります。居残り組の私達に与えられた追加業務は前年の夏ギフト(お中元ギフト)の件数。無論、自分の担当店だけではなくDOの全SV分。約60店舗分。総数の入力だけであればそんなに時間はかかりませんが、週毎の件数も打ち込みます。予約業務の目標はとにかく前年超え。昨年の件数を上回れば問題なし。反対に下回ってしまうと何を言われるか、どんなに詰められるか分かりません。予約開始から締め日まで毎週のDOミーティングで検証していくのでしょう。

「はい。打ち込み終わりました。みなさんに送信して宜しいですか?」

「はい、お願いします。早いですね。そうしたら上がって下さい。」

「柳さんはまだ上がらないんですか?」

「僕はもう少しかかりますので・・・」

「お手伝いしましょうか?」

「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。もう少しですから。」


 仕事ができればどんな振舞いも許される、ということはもちろんありません。ただ業務成績が振るわないと、たとえ不条理な指示を受けてもなかなか反抗できません。自分の意見を言いづらくなり、「はい」と「分かりました」意外発言できなくなってしまいます。仕事をしているのに仕事をしろと言われ、働いているはずなのに働けと言われ、頑張っているにもかかわらず頑張れと言われる。これが柳SVの置かれている立場です。そして私の当面の目的が決まりました。逆襲の柳。フフ・・・特別な感情はありません。あるんは人間社会への個人的興味が少々。


一夜明けて。思い通りに事を進める為には、文句を言わせぬよう自分自身の成績を高める必要があります。ということで、まずは自分のことからですね。

 梅雨入りしたとのこと。けれども全く雨が降りません。梅雨入りが発表されてから雨が降らなくなりました。家を出ると雲は分厚くいつ降ってもおかしくない空合いですが、眩しさに邪魔されず天を見上げることができてしまいます。車の中も蒸し蒸し、温度よりも湿度の方が気になる季節ですね。私は日本の梅雨、夏、要するにこれからの2、3ヶ月が苦手というか、嫌いです。今朝も溜め息ひとつ家を出て、外の気候にうんざりしながら車に乗り込みました。

 昨日のミーティングの内容で絶対に外せない課題は2つ。う~ん・・・正確ではありませんね。優先順位が群を抜いて高い2つの指示。ひとつはお中元ギフト。もう一つは調理麺。前者は予約業務なのでどうにかするには時間と経験、計画性と長期的視点が必要です。現状では準備不足、手駒不足。後者からいくことにします。


 「そうですか―良かった。どうにか長続きしてくれるといいですね。」

「まー、まー、なんとかやってみますよ。」

希乃店の従業員募集の件はひとまず落着しました。全部で6件の面接を行い、その内、高校生と大学生を1名ずつ採用したとのことでした。それを聞いて一安心すると共に、ここからが本番です。定着するか戦力となりうるか、オーナー不在でも店を任せられるか。その教育は経営者の仕事です。各店舗の従業員はオーナーさんに雇われているのであり、SVに従業員を指導したり命令する権利はありません。それではどうやってオーナーさんに協力するか。そこがSVの腕の見せ所です。

 オーナーさんに資料をお渡ししました。間違っても他の人に見せないで下さい。店に置いておくのではなく持ち帰って頂くのが望ましい、というメッセージと共に。

「え、ん~~。ああ・・・なるほどね。了解しました。」

オーナーさんも簡単に目を通しただけで私の言わんとすることをご理解頂けたようです。『ゆとりとさとりの若者達』。別に書籍や雑誌の切り抜きなどではありません。私の作成した資料です、死神時代の記憶を基に。当人達からすれば腹立たしいことこの上ない内容ということだけは間違いありません。

 「では、これで失礼します。お忙しい所すみませんでした。調理麺、くれぐれも無理しないで下さいね。」

30分も滞在しませんでした。

「本当にいいの?DMから何か言われない?」

「ん?DMさんは関係ないですよ。本番は梅雨明けからです。今、頑張ったってそんなに売れませんよ。売れたら発注するような形で構いません。欠品するくらいでOKと考えて下さい。廃棄予算を昨のは7月以降ですからね。梅雨時は客数が減ります。気持ちは分かりますが勝負する時ではありませんよ。」

 3年以上経験を積んだオーナーさんであれば、コンビニ経営の1年間の流れというものが把握できてきます。SVがどんな話をしているのか、その意図は、要求は何かということがおおよそ理解できてしまいます。SVの評価に直結する商材は何で、どうなるとDMに詰められるか。『DMから言われない?』にはオーナーさんの親心みたいなものが込められていたのかもしれませんね。

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