テッペン

蜂屋えんらい

第1話 はじまり

ーー新宿、歌舞伎町。

空はもう白んでいた。

朝焼けがどこか懐かしく、きゅ、と締め付けられる胸に手を当てれば、生温い感触。


「……誰のやねん…」


吐瀉物まみれの手を見下ろす。

それをそれと認識すると、朦朧とした脳みそが働き出し、酸っぱい臭いが鼻をつく。

Tシャツをはたき、大まかなものをコンクリートに落とす。手についたものは自販機になすった。


「…誰のて……俺か……」


か細いツッコミは、カラスの鳴き声に消えた。





俺こと光江 幸一は、テッペンを目指していた。


「男やったら、何か一つでテッペンとらなあかんで」


小学生の時に、父に聞かされた言葉だった。

その“テッペン”という響きは、子供心にとてもかっこよく聞こえたものだ。

さぞきらきらとした瞳で父を見上げたことと思う。俺は父を尊敬していたのだ。

この父の期待に添えたい。

この父を越えたい。

テッペンを取りたい。

男心に火をつけた言葉だったのだ。


しかしテッペンを取る、というのは簡単なものではない。


勉強は人並み、かといって運動もそこそこ。高校の時にバスケ部のキャプテンはやったが、県大会にもいけない仲良しバスケ同好会だった。

芸術、音楽、広く手を伸ばしては、才能がないとその道を退いた。


テッペン、俺には無理やでおとん。


大学も卒業するころ、何者にもなれない自分を恥ずかしがるように、せめてとすがりつくように上京した。

家賃8万円のマンション。エレベーターで荷物を運んでいく。

とても新生活を始めるような感情が湧かない。死に場所でも探しにきたような心地だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る