じわほこ〜お薬な人々〜
@vitamin-mj
第1話 時給50円upの困惑
その時はもちろん、後から思い出しても心が洗われたり癒されたりする、そんな人々を紹介したい。題して『じわほこ〜お薬な人々〜』。読んでくださる方にも、じんわり、ほっこりしていただきたい。
ある女子大生の話。三姉妹の末っ子でのんびり屋さん。大学進学まで常に家族の誰かが彼女をサポートした。放っておけない存在。小さい頃から、姉たちの立ち居振る舞いや状況をよく観察し、じっくり考えて行動するタイプ。家族の中でも友達といてもマスコット的存在だった。いつも『天然』の言葉がつきまとう発言ぶり。言い間違いは常。オーディションはオークション、キャミソールがキシリトール、アスレチックはプラスチック、肉巻きおにぎりは肉巻きベーコン、「肉に肉かい!」ということで、部活の先輩からは「ベーコン」というあだ名を付けられた。どこか憎めない癒しキャラ。大学進学を機に自宅を出て県外で一人暮らし。仕送りで生活をしているが、お小遣いの足しと社会勉強のためにアルバイトをしている。スーパーのレジ打ちが中心の仕事。1年生の後期から始め、真面目な仕事ぶりから1年が過ぎた頃、バイト生のシフトを組む仕事を任されるようになった。
2年生の夏、実家に帰省した折、困っていることがあると言う。聞いた家族は、友達と喧嘩でもしたか、学業不振かと心配がよぎるが、悩みの種を聞いて思わず抱きしめたくなった。「バイトの時給が自分だけ上がっていて困ってしまう。それに見合う仕事はできていないのに50円も上げられるらしい。申し訳ないから、事務室をノックして現状のままでいいと申し出に行ったら、あなたは変わっていると言われた。本当に自分だけ昇給するのって気が引ける。普通に戻してほしい」と泣きそうな顔で報告。1時間50円アップがそんなに重荷になるのか。欲がないというか、無垢というか、世間知らずもここまでくると天使の域。シフトを回すのにはそれ相応の配慮やコミュニケーション力が必要で、それを上手にやり繰りし、急な変更にも対応しているのだから、50円のアップは、その様子を見ていた上司の判断、他のバイト生よりも気を遣い、見通しを持って働いていることへの対価であるのに、「それが申し訳ない」と思う心情、少し分かる気はするが、普通は気が引けてもそれを受け止めて、そのうちラッキーと思って甘んじるだろう。決して裕福ではない苦学生の身、普通は「申し訳ないです」と思いながら、そのうち、「助かる」という思いに変化していくではないか。それを「自分の仕事にしてはいただき過ぎです」と直談判に動く一国民がいることを、公費を私的消費に充てていた某元都知事に囁いてあげたい。
彼女は、真面目に失敗をすることがあって、周りを驚かせたり心配させたりもする。
大学1年生時の春休みに、姉である二女の元を訪ねて遊ぶ計画を立てた。広島から夜行バスで東京まで向かう旅を計画したのだ。子供の頃はインドア派で、あまり外に出たがらず、一日中、家でゲームをしたりアニメ番組を見たりして過ごしても平気だった。通っている大学が、広島県北部の寂しい場所にあるからか、アルバイトをしたり旅を計画したりしながら寂しさを紛らわさなければならなかった。一人旅なんて早々できそうにないと思っていたのに、自分で計画を立て、乗り物の予約もし実行に移したのだから、親元を離れることの必然的な成長は著しかった。
さて、2月23日に、広島の山間部からバスで1時間ほどかけて広島市に出てきて、駅前から東京行きのバスに乗るという時に、該当するバスで運転士さんに名前を告げると、
「名前がありませんね」
と言われる。
「23日のこの時刻で予約したんですけど」
と、携帯の予約画面を見せる。
「調べてみますね」
と詳しい予約状況を確かめてもらったら、何と!1ヶ月後の3月23日に予約を入れていたことが判明した。
一気に血の気が引く。「ガーン」気を取り直して、予約を取り直せばいいということで、即座に空席を確かめる。だが、あいにく一席も空いておらず、目当てにしていたバスで関東入りすることはできなくなった。たちまち頭は半分パニック状態となり、二女にS O Sの電話をかけた。
「新幹線に切り替えて明日の朝からでもおいで」
とアドバイスされ、その日は、カラオケ屋さんに行って、1人カラオケで夜を明かしたそうだ。その話を、親には1ヶ月後に爆笑しながら報告する。
「カレンダーの2月と3月の曜日が全く一緒だったことがこの失敗を引き起こしたのだ」
と、冷静に分析していた。失敗の幅が大きく、それでも周りの方に助けていただいて何とか過ごしている三女・あーちゃん。やらかすことは想定外なことがあるが、見えない磁力のようなものに軌道修正してもらって、最後はちゃんと定位置に落ち着くのだ。彼女のことを放っておけない優しい方々の絶妙なサポートが働いているのだと思う。
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