181話 帰還


「ということが事の次第です。本陣では多少の混乱があったようでして」


「これが混乱で済むかっ!!」


 ボア族副族長アルターの説明に義清は声を上げた。

義清は本陣と近衛師団とで起こった合戦騒ぎを、たった今アルターから知らされた。


「伝令は出したのだろうな、アルター。本陣に正しいこちらの状況は伝わっているのだろうな?」


「出しました。しばらくすれば騒ぎも収まるかと思います」


 義清は苦い顔で晩餐会場の窓の外を見た。

義清の視線の先には王都郊外の闇でなおもチラつく光がある。

暴筒が斉射されているのだ。


 恐らくへプラーの放った捜索隊が、撤退した近衛師団を補足したのだろう。

これを攻撃するために、突撃前に暴筒の斉射で近衛師団を圧倒しようというわけだ。


 大方、へプラーは騎兵の後ろにスケルトンの筒衆を同乗させでもしたのだ。

鎧を脱いでしまえばスケルトンはかなり軽くなる。

それに暴筒と弾薬だけ持たせて同乗させたのだ。


 アルターが伝令を大禍国本陣に送ったと言っても、到着するにはそれなりに時間がかかる。

勘違いから近衛師団と戦った本陣では、伝令が着くまで近衛師団殲滅をあきらめないだろう。

伝令が着くまでは、本陣は義清たちが暗殺されているかもしれないという、疑心暗鬼に囚われたままだ。


 義清はチラつく光を見ながら、頼むから近衛師団は全滅してくれるなと祈る思いだった。

報告によると少なくとも近衛師団の半分が壊滅したらしい。

しかし、あと半分は残っている。

近衛師団の騎兵隊も組織だって撤退できなかったとはいえ、死んだわけではない。

時間をかければ近衛師団自体を再建できるはずだ。


 これ以上騒ぎが大きくなれば、王国に新参者としてやってきた大禍国の立場が危うい。

近衛師団は大禍国に責任追及をしてくるだろう。

近衛師団再建には金がかかる。

その金は大禍国が多少なりとも出してやる他ない。


 全滅した近衛師団を再建するより、半分なくなった近衛師団を再建する方がずっと安くすむ。

そうすれば大禍国から出ていく金も少なくて済む。


「だいたい、なぜ近衛師団はこんなタイミングで王都にやってきたのだ?」


義清は苦々しくアルターに聞いた。


「不明です。ただ先に仕掛けてきたのは近衛師団だと聞いております」


「本当か?まあ嘘だとしてもこちらは、そう主張し続けるしかないな」


「報告では、最初に少数の近衛師団が威力偵察を行った後に、中途半端な数の近衛師団騎兵隊が突撃してきて戦闘になった模様です」


「なんだって近衛師団はそんな馬鹿みたいな戦術を取ったんだ」


「不明です。しかし、その後はまともな戦術で戦っております」


「……」


 義清もまさか近衛師団が王宮にいる大禍国と戦うために、大禍国本陣に部隊を進めたという、奇妙な偶然まで推測することはできなかった。


「よし、帰るぞ、アルター」


「事がここまで多くなった以上は、御自分で指揮を取ると?」


「そうだ。この際晩餐の外聞など気にするときではない。帰ってワシが直接部隊バカどもをまとめ上げる」


「御意、すぐに出発の準備を整えます」


「下で飲んだくれてるラインハルト、ゼノビア、エカテリーナ、ベアトリスは全員馬車にでも詰めてしまえ。ボア族もヴァラヴォルフ族も本陣に帰るまでワシが直接指揮を取る」


「従いますかな?」


「脅してでも従わせてやる!!ここまで騒ぎがでかくなったらシュタインベックあたりが気づくのも時間の問題だ。さっさと引き上げるぞ」


「宰相代理殿にとっては今日は厄日ですな」


「言ってる場合か。まごまごしてるとシュタインベックまで相手しなければならなくなる。行くぞ」


 そう言って義清は晩餐会場を出ると、大急ぎで帰還準備に入った。

そして、大急ぎで義清たちが王宮裏門から出発した頃


「義清公!!義清公はどこだ?大禍国領主の義清公はいったいどこにいる!!」


シュタインベックの義清を探す声が晩餐会場に響き渡った。

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